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私家版 さいたまの石仏

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☆いたやま☆

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自転車とカメラが趣味で、気軽に写真を撮っています。
お地蔵様や庚申塔などの石仏にはまってしまいました。

さいたま市の石仏探しの参考書として
「石の文化財-浦和の石造物」浦和市教育委員会
「郷土の石佛 写生行脚一期一会」酒井 正

私家版さいたまの石仏のホームページ版は
http://saita-seki.jimdo.com/

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2018.05.26
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カテゴリ:越谷市の石仏
ホームページ「私家版さいたまの石仏」はこちら

「越谷市の石仏」シリーズもいよいよ今日で最終回、昨日に続き東養寺墓地の石仏をご覧ください。

東養寺墓地 越谷市東町5-242


入口正面、墓地の奥に向かうと左側に庚申塔などの多くの石塔が並んでいた。


左端 庚申塔 明和2(1765)駒型の石塔の正面 日月 青面金剛立像 合掌型六臂。白カビが厚くこびりつく。


三角形の髪型の青面金剛、前掛けのような衣装は珍しい。光背右脇に造立年月日。


光背右下に八条領、左下に千疋村講中か?足元に正面向き、大きな頭と腕だけの邪鬼。下部にはしっかりとした三猿が彫られている。


その隣 庚申塔 宝暦8.(1758)駒型の石塔の正面 日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。塔の左側面に造立年月日。右側面に講中と刻まれていた。


冠をかぶり釣り目の青面金剛。合掌する姿は威圧的なものはなく、どこか厳粛な雰囲気がある。


足の両脇に二鶏。右の雄鶏は内を向き、左の雌鶏が外を向くという形は珍しい。足元に大きめな邪鬼と三猿が彫られているが風化のために今一つはっきりしない。


続いて地蔵菩薩立像 明和4(1767)ゆったりとした舟形光背。梵字「カ」の下に錫杖・宝珠を持つ地蔵菩薩立像を浮き彫り。光背右脇に造立年月日。


光背左脇 武州八条領千疋村女人講中十五人と刻まれていた。


小型の宝篋印塔を挟んでその奥に庚申塔 元禄7(1694)駒型の石塔の正面 日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。


青面金剛は口を開けてニヤリと笑っているように見える。冠には蛇だろうか?像の両脇に造立年月日が刻まれている。


足の両脇には白カビにまみれた二鶏。足元に邪鬼がにらみを利かし、その下に三猿が彫られていた。


続いて普門品供養塔 安政2(1855)四角い台の上、角柱型の石塔の正面に「普門品供養」台の正面に大きな字で「講中」


塔の右側面に天下泰平 五穀成就。左側面に造立年月日。続いて武州崎玉郡八条領千疋村。


台の両側面にそれぞれ10名ほどの名前が刻まれている。


その隣に光明真言供養塔 寛文12(1672)板碑型の石塔。下部に見事な蓮華を彫る。


中央を浅く彫りくぼめた中、上部に光明真言曼陀羅。その下に「光明曼陀羅者妙□」両脇に梵字「カーン」と梵字「ウン」続いて造立年月日。さらに菩提、主敬白と刻まれている。


右端に庚申塔 寛政4(1792)駒型の石塔の正面 日月雲「青面金剛尊」両脇に造立年月日。下部に講中 十二人。その下に三猿が彫られていた。

以上で「越谷市の石仏」シリーズを終了します。第一回目「平方の石仏」が2017年5月29日。ここまでに丸1年かかりました。平方、増森、大相模方面など、かなり遠いところもあり大変でしたが、今はどの地域もそれぞれに懐かしく思い出されます。なんとか最後までやり切ることができたのは、越谷市郷土研究会の加藤幸一氏が15年間かけて越谷市全域の石仏を調査してまとめた小冊子のおかげです。この偉大なお仕事に対して改めて敬意と感謝の意を表したいと思います。本当にありがとうございました。

さて、次は「練馬区の石仏」を予定しています。これもまた1年かかりそう・・・
またお付き合いください。よろしくお願いいたします。





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Last updated  2018.05.26 21:12:15
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