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カテゴリ:酒井 正 石仏画の世界
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33P目 佐知川にある旧覚音院墓地の庚申塔 元文5(1740)江戸時代中期だが、江戸時代初期を思わせる古風な三猿庚申塔。特にこの三猿は個性的で面白い。 県道57号線の水判土交差点から指扇へ向かい1kmほど先、南に駒形神社があるあたりで細い路地を北へ入る。道なりに進むと市営植水住宅(西区佐知川1123)があり、その3号棟の南に小さな墓地があった。現地は袋小路でとても見つけにくいロケーションになっている。 墓地の北側に三基の庚申塔が並んでいた。右端がスケッチの庚申塔。三基の中では一番小さい。 庚申塔 元文5(1740)塔の正面を彫りくぼめて、外に日月、中には梵字「ウーン」の下に「奉造立庚申供養」下部に三猿を彫る。 足をそろえて中腰で並ぶ三猿はあまり見たことがない。ラフな造形だが、それがかえってかわいい。 中央 庚申塔 元禄8(1695)唐破風笠付き角柱型石塔の正面 日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。古いものだが風化がほとんど見られず彫りもきれいに残っている。足の両脇に二鶏を半浮き彫り。岩の上にうつぶせに寝そべり青面金剛に背中を踏まれる邪鬼。全身型の邪鬼の場合なぜか頭を左にしているものが多く、頭を右にしているのは少数派になる。ダイヤモンド型の三猿は正面向きに並んでいた。 左 庚申塔 延宝4(1676)典型的な板碑型三猿庚申塔である。中央に「奉造立庚申供養二世安樂所」右脇に武州足立郡佐知川村、左脇に造立年月日。下部に正面向きの三猿。その両脇に施主 敬白とあり、下の部分に14名の名前が刻まれていた。 今朝アクセスカウンターを見たら500,000回を超えていました。当ブログをご来訪いただいた皆様には心より感謝いたします。本当にありがとうございました。2013年11月のブログ開設以来、約5年半、今日の記事が1008件目になりました。「石仏探訪の旅」はまだ続きます。これからもよろしくお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2019.04.10 20:08:43
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