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私家版 さいたまの石仏

私家版 さいたまの石仏

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☆いたやま☆

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自転車とカメラが趣味で、気軽に写真を撮っています。
お地蔵様や庚申塔などの石仏にはまってしまいました。

さいたま市の石仏探しの参考書として
「石の文化財-浦和の石造物」浦和市教育委員会
「郷土の石佛 写生行脚一期一会」酒井 正

私家版さいたまの石仏のホームページ版は
http://saita-seki.jimdo.com/

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宝来の東、指扇領辻の石仏を見てみましょう。

秋葉道三差路 西区指扇領辻183北​[地図]


県57号線の宝来交差点の北、信号交差点から斜め右に秋葉通りに入り、200mほど進むと、道路左側の三差路の角に記念碑が立ち、その脇に二基の石塔が並んでいた。左は秋葉神社への道標。三差路から西へ進むと県道57号線にでる。


右 馬頭観音塔 寛政5(1793)駒型の石塔の正面に馬頭観音立像を浮き彫り。塔全体が風化のために摩耗している。


三面八臂の馬頭観音。中央の顔が削れているが、口をへの字にしていて忿怒相か?頭上のふくらみは馬頭と思われるが微妙。合掌手以外の持物は三叉戟、法輪、斧、棒、与願印、数珠。


蓮台の左脇に導師 清真寺十世。右脇に造立年月日、年号部分は破損している。蓮台の下、右に助力、左に近里遠郷 善男子 善女子と刻まれていた。

辻の庚申塔南路傍 西区指扇領辻188​[地図]


秋葉通りの馬頭観音の三差路から県道57号線に出てくると、交差点角の住宅の前に小堂が立っている。堂内左に祀られているのは稲荷社の石祠。


右 地蔵菩薩塔 享保18(1733)先のとがった舟形光背に顔をやや左に向け合掌して立つ地蔵菩薩像を浮き彫り。上部に薄く日月を線刻。尊顔の右から左へ「奉納」光背両脇に造立年月日。左脇には施主とあり個人の名前が刻まれていた。

辻の庚申塔 西区指扇領辻162南​[地図]


稲荷社と地蔵菩薩塔の小堂から50mほど北、道路右側に3m近い高さの小堂が立っている。その右脇に雨除けが設けられ石塔が立っていた。


小堂の中 庚申塔 寛保2(1742)唐破風笠付き角柱型の石塔の上に蓮台に座る青面金剛。三橋六丁目の大倭神社の庚申塔と基本的な構成がよく似ていて、そのスケール、充実度ともに甲乙つけがたい。


右ひざで邪鬼を組み敷く六臂の丸彫り青面金剛。輪光背を負い、右上の手に剣、左上の手に法輪。胸前で合掌、腹前に弓矢を持つ。大倭神社の番犬のような邪鬼に対して、こちらは大きな人形ような邪鬼が横たわる。


笠の正面に日月雲。蓮台の上の角柱型の石塔の正面に担がれた二童子を浮き彫り。このあたりの構図は大倭神社とほぼ同じ。力士の下両脇に二鶏が半浮き彫りされている。


塔の最下部。四角い台の上に正面向きの三猿が彫られていた。


塔の右側面に造立年月日。小堂に守られていて銘はくっきりと残る。


左側面に施主辻村とあり、横に個人名が刻まれている。さいたま市のHPによればこの庚申塔は個人所有のもので山口氏が建てたものということだが、この立派な庚申塔がひとりの力で造立されたものとは驚きだ。


小堂の右脇 馬頭観音塔 寛政5(1793)駒型の石塔の正面に蓮台に立つ三面八臂の馬頭観音像を浮き彫り。秋葉通り三差路にあった馬頭観音塔と造立年などの銘も像の様子も瓜二つ。兄弟塔というよりも二基で一対とすべきかもしれない。こちらの馬頭観音塔は雨除けに守られていたためか、ほとんど風化が見られず銘もしっかりと残っていた。


三眼忿怒相の馬頭観音。惜しいことに頭上の馬頭と思われる部分がそっくり剥落。馬口印を結び、持物は三叉戟、法輪、斧、棒、与願印、数珠。衣装の一部が朱塗りされている。


蓮台の右脇に造立年月日。左脇に導師清真寺十世。蓮台の下に助力 近里遠郷 善男子 善男子と、秋葉通りの馬頭観音塔と全く同じ銘が刻まれていた。





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Last updated  2024.01.10 20:51:47
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