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![]() ある。局長は、料亭の敷居をまたぐやいなや、「ちょっと失礼」と言って奥の部屋 に姿を消した。招いた側は何かあったのだろうと、いぶかしんで宴席の下座で待っ ていたが、戻ってきた日銀局長の姿を見て、?然としてしまった。 局長は浴衣を着ていた。背広を脱ぎ、着替えてきたのだ。彼にとってその高級料亭 は、勝手知ったる場所というわけである。正座のまま、目を丸くしている銀行役員 を尻目に、日銀局長は浴衣の裾をまくって、床の間を背にした。 常識外れの非礼な行為であろう。しかし、招いた側は怒ったりはしない。むしろ日 銀局長と打ち解けた関係を築けたと思い、喜ぶ。この局長が接待に浴衣姿で現れる という話は、彼の豪傑ぶりを示すエピソードとして、好意的に伝わっている。 かつて、日銀マンは銀行からの接待を水の音に例えて「ざぶん」と「どぼん」とい う隠語で呼んでいた。 比較的料金が安い小料理屋に招かれる場合は、「すそに酒がかかる程度の軽い接待」 だから「ざぶん」、料亭や高級クラブなどでの高額接待は「酒に浸りきってしまう」 ために「どぼん」なのだという。接待はそれほど日常的行為だった。 日銀は、日銀法にもとづく半官半民の認可法人である。 まず、発券銀行としての役目。日本の紙幣を発行できる唯一の銀行である。また、「政 府の銀行」として国庫金の支払いや管理もしている。もう一つが「銀行の銀行」とし ての役割。金融機関は日銀内に口座を持ち、金融機関同士の取引資金はこの口座間で 決済されている。さらに日銀は、金融機関から手形や債券を買い取ったり、それを担 保に貸し付けるなどして、資金を供給している。 役割から見てもわかるように、日銀には財務省のような官庁と違って、金融機関の業 務や金融商品に対する許認可権はない。「日銀考査」と呼ばれる金融機関に対する検 査も、監督権にもとづくものではないのである。 だから「接待を受けたとしても、特定の金融機関に対する便宜供与は存在しない」とい う言い訳がまかり通ってきた。 「御殿女中」。城山三郎は1962年に発表した『小説日本銀行』の中で、日銀マンを こう皮肉った。大奥の女性を意味するこの隠語は、財務官僚を指す「殿様」と対になっ て、今も金融業界で通用している。 「法的には何も権限がない日銀は、財務省という殿様の威光をかさにきて口やかましく 威張る女中にすぎない、という意味だ」。都銀の幹部はそう解説した。 それなのに、金融機関が接待を繰り返して日銀にすり寄っているのは、日銀が「金融市 場の安定」という名目で行うさまざまな操作が、銀行の収益に直結し、生殺与奪権を握 っているという実態があるからである。日銀貸し出しで、その額が日銀の「裁量」で調 整することも可能だったからである。 (読売新聞社会部「会長はなぜ自殺したか」より) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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