居なくなったカブトムシとザリガニを捕獲
僕が子どものころ、近所の川にはザリガニ(アメリカザリガニ)があふれかえっていて、いつでもどこでも捕まえることができた。ザリガニに限らないが、捕まえては生き物を殺したり半殺しの目にあわせたこと、これは今では生き物の哀れみと言うか、どうしたら痛さがわかるようにもなった要因のように思う。現代の子どもは小さいころにこういう経験をしていないから、大きくなっても生き物や人の痛みがわからないと思う。そしてカブトムシだが、夏の夜に、窓ガラスに「コツン」と当たる音が聞こえて窓を開けると、そこにはカブトムシが居た。また野山に行くとカブトムシやクワガタムシなどが樹液を求めて集まっていた。夏休みのラジオ体操の前後には近くの山にいち早く行って、それらの虫を捕まえに行ったものだ。ところが、子どもが生まれて、昔のようにザリガニやカブトムシがいるのかと思ったら、同じ場所が何十年かの間に様変わりしてまったく居ない状態になっていた。私の住む地域は、昔から川が氾濫して床下どころか床上浸水しやすい地域で、家を建てるときには土盛りして石垣を積んで家を建てると共に、洪水時の排水を兼ねて生活用水の小さな川がどの家でもあるところだった。つまり住宅内の小さな川は、石垣で左右の側面は覆われて、魚やザリガニが隠れるのに好都合の環境であった。それが水量の関係で側面や底面がコンクリートに覆われた「排水」のための川に変身、魚はかろうじて生息しているが、ザリガニは全く存在しないところに変わっていた。住宅地の外の田んぼの小川は、完全に用水路化して、ザリガニどころか魚もほとんど見られないようになっていた。カブトムシやクワガタムシをよく捕獲した山は、松食い虫による松の木が枯れるのを防ぐため、ヘリコプターによる航空防除により、山には虫が居ないところに変わっていた。私が何年か前に転勤になった場所、ここではこれらが実は今でもたくさん生息している。カブトムシやクワガタムシ、これは山に行くのが普通なのだが、びわ湖に注ぐ川の河川敷、そこに生えている柳の木、そこからでる樹液にこれらの昆虫が集まっている。昨年にその地域の同僚に教えてもらったのだが、行けば最低でも確実に一匹が捕まえられる。今年もその時期になった。今日の昼休みに行ってみた。いきなり最初の木に大型のクワガタムシを発見、しかし木の室に隠れてしまって捕獲失敗。次に河川敷に生えている自分の背丈以上の葦をかき分けて何本かの木を探索。そのうち、ある一本にカブトムシの雄を発見。手が届かないので、葦で払い落として2匹を捕獲。そして自宅に持ち帰った。今回カブトムシ2匹、虫用のゼリーを与えたところ思いっきり抱えて食べている。手のひらに乗せてみた。この今回の個体2匹は小振りなほうだ。これで、子どもへのお土産が出来た。・・・・と思っていたら、さらに?今日は、地元に貢献するために、職場の敷地横を流れる河川掃除をすることになっていた。ここは魚はもちろんザリガニも非常に多いはずなのだが、今年はまったく見かけない。でもいったん掃除を始め、河川の藻を上げていくと、そこにはザリガニも一緒に。上流に向かっての組での僕は相当数のザリガニを捕獲(下流に向かっての組も小降りなのを中心に何十匹も捕獲していた)、そのうち大振りの7匹を持ち帰った。そのうちの1匹は子どもと遊んでいる最中で6匹しか写っていない。カブトムシのように手のひらに乗せてみたところ、はさみで挟まれて「あいたた」。隣のバケツのザリガニにも同様に挟まれたため、このようにつかんだ状態での撮影。自分の住んでいるところ地域の環境悪化に驚くと共に、今の職場の地域ではいろいろな生物がたくさん生息していること、逆に感動するのであった。そしてカブトムシとザリガニが同時に見た子どもは大喜びで遊ぶのだった。ただし、子どもにとってはオモチャ化しているので、両者ともすぐに死んでしまうことになるのだが・・・