JEWEL
日記・グルメ・小説のこと715
読書・TV・映画記録2704
連載小説:Ti Amo115
連載小説:VALENTI151
連載小説:茨の家43
連載小説:翠の光34
連載小説:双つの鏡219
完結済小説:桜人70
完結済小説:白昼夢57
完結済小説:炎の月160
完結済小説:月光花401
完結済小説:金襴の蝶68
完結済小説:鬼と胡蝶26
完結済小説:暁の鳳凰84
完結済小説:金魚花火170
完結済小説:狼と少年46
完結済小説:翡翠の君56
完結済小説:胡蝶の唄40
完結済小説:琥珀の血脈137
完結済小説:螺旋の果て246
完結済小説:紅き月の標221
火宵の月 二次創作小説7
連載小説:蒼き炎(ほむら)60
連載小説:茨~Rose~姫87
完結済小説:黒衣の貴婦人103
完結済小説:lunatic tears290
完結済小説:わたしの彼は・・73
連載小説:蒼き天使の子守唄63
連載小説:麗しき狼たちの夜221
完結済小説:金の狼 紅の天使91
完結済小説:孤高の皇子と歌姫154
完結済小説:愛の欠片を探して140
完結済小説:最後のひとしずく46
連載小説:蒼の騎士 紫紺の姫君54
完結済小説:金の鐘を鳴らして35
連載小説:紅蓮の涙~鬼姫物語~152
連載小説:狼たちの歌 淡き蝶の夢15
薄桜鬼 腐向け二次創作小説:鬼嫁物語8
薔薇王転生パラレル小説 巡る星の果て20
完結済小説:玻璃(はり)の中で95
完結済小説:宿命の皇子 暁の紋章262
完結済小説:美しい二人~修羅の枷~64
完結済小説:碧き炎(ほむら)を抱いて125
連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ63
完結済小説:蒼―lovers―玉(サファイア)300
完結済小説:白銀之華(しのがねのはな)202
完結済小説:薔薇と十字架~2人の天使~135
完結済小説:儚き世界の調べ~幼狐の末裔~172
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:時の螺旋7
進撃の巨人 腐向け二次創作小説:一輪花70
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:蒼き翼11
薄桜鬼 平安パラレル二次創作小説:鬼の寵妃10
薄桜鬼 花街パラレル 二次創作小説:竜胆と桜10
火宵の月 マフィアパラレル二次創作小説:愛の華1
薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説:誠食堂ものがたり8
薄桜鬼 和風ファンタジー二次創作小説:淡雪の如く6
火宵の月腐向け転生パラレル二次創作小説:月と太陽8
火宵の月 人魚パラレル二次創作小説:蒼き血の契り0
黒執事 火宵の月パラレル二次創作小説:愛しの蒼玉1
天上の愛 地上の恋 昼ドラパラレル二次創作小説:秘密10
黒執事 現代転生パラレル二次創作小説:君って・・3
FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars6
PEACEMAKER鐵 二次創作小説:幸せのクローバー9
黒執事 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:碧の花嫁4
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后0
黒執事 フィギュアスケートパラレル二次創作小説:満天5
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士2
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て5
薄桜鬼 現代妖パラレル二次創作小説:幸せを呼ぶクッキー8
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮0
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら1
FLESH&BLOOD 千と千尋の神隠しパラレル二次創作小説:天津風5
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥6
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師4
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~6
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く1
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~2
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら2
PEACEMEKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で8
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して20
天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう)10
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師0
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方0
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岡崎家では、隼人が母・清子の部屋で法事のことを話していた。『香苗さんは嫁としての務めを果たしてないね。昨年も、一昨年も、法事の準備もしないし墓参りもしない・・』『母さん(オンマ)、彼女だって二人の子どもを抱えて忙しいんだ。』隼人がそう香苗の肩を持つかのような発言をすると、清子は「アイゴー」と大袈裟に叫んだ。『お前はそれでも長男かい?嫁の言いなりになるだなんて、家長となる者が情けない。天国の父さんがこれを見たらどう思うかねぇ。』『母さん・・』『隼人、お前だけが頼りなんだよ。お前の為にわたしは身を粉にして働いて、貧しい生まれでも馬鹿にされないようにお前を大学にまで行かせた。お前の代で鄭家(チョンけ)の血が途絶えてしまうようなことがあったら、母さんは死に切れないよ。』『心配しなくても大丈夫だよ、母さん。』清子と話した後、隼人は溜息を吐きながら香苗の寝室へと入った。『お義母様とまた法事のことを話していたのね?』香苗はそう言うと、美白パックをつけた顔を夫に向けた。『なぁ香苗、母さんの気持ちも少しは汲んでくれよ。』『あなたはいつもお義母様ばかりね。その所為で嫁の私がどんな扱いを受けているか知っているの?子ども達にはわたしのような目には遭って欲しくないわ。』『とにかく、祭壇と料理の準備くらいしてくれよ、頼むから。』『家政婦のおばさん(アジュンマ)にやらせるわ。わたしは忙しいのよ。』(全く、母さんと香苗の間で板ばさみになって、どうすればいいんだ・・)隼人はどこにぶつければいいのかわからない気持ちを抱えながら、キッチンへと向かった。 冷蔵庫から冷えたワインを取り出してそのコルクを開け、グラスにそれを注いで一気に飲み干した。「パパ、何してるの?」ふと暗闇の中から声がして隼人が振り向くと、そこには長女の英美理(エミリ)が立っていた。「何でもない、さっさと部屋に戻りなさい。」「お酒飲んでるの?」「うるさい、俺に指図するな!」ついイライラして英美理に怒鳴ると、香苗の父・正雄が出てきた。『こんな夜中に飲んだくれて、一体何様のつもりだ!』『飲まずにいられませんよ、お義父(とう)さん!』『娘の前で、みっともない!』『僕のことは放っておいてくださいよ!』正雄は溜息を吐くと、英美理とともにキッチンから出て行った。 翌朝、香苗が見たものは、キッチンで泥酔し、何本か開けたワインの瓶を床に転がして寝ている夫の姿だった。『あなた、起きてよ!』『放っておけ、そいつのことは。法事の準備は家政婦に任せておけ。』『わかったわ、パパ。』香苗は舌打ちすると、娘達を学校に送る為に正雄とともに家を出た。『法事の準備をお願いね。』『わかりました、若奥様。』香苗達が玄関から出て行った後、通いの家政婦がキッチンへと入ると、泥酔した隼人が唸っていた。『全く、この人が次の家長になれるのかしら?』彼女は転がった酒瓶を片付け、隼人を適当な場所に寝かせると、法事の準備を始めた。「ママ、行ってきます~!」「気をつけてね。」娘達を学校へと送った後、香苗は正雄と遅めの朝食を取った。『香苗、隼人の息子に会わせろ。』『そんな・・パパ、いきなりじゃ・・』『いいから会わせろ!』正雄がテーブルを拳で叩くと、周囲の客が一斉に彼らの方を見た。にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.13
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歳三と千尋がマンションから出て、近くの大型レンタルビデオショップへと向かったのは、夜の9時過ぎだった。「これまだ観とらんよ。」「じゃぁこれにするか?」千尋が手に取ったのは、去年封切されて大ヒットを記録した恋愛映画のDVDだった。「今日は安い日でよかったな。」「うん。ついでにこの前借りとった韓国ドラマのDVDも返せたし。」「韓国ドラマ?沢山あって全部同じに見えるぜ、俺ぁ。」「全然観とらんけん、そげな事言えるんよ。」千尋はそう言うと歳三の腕を引っ張り、韓流コーナーへと向かった。そこには、雑誌やテレビで見たことがあるドラマのDVDが並んでいた。「うちが観とうのはこれ。ここまで観るの長かった。」千尋はさっと、先ほど返却したドラマのDVDが置いてある棚から数枚DVDを抜き取った。そのドラマは夫と親友に裏切られ、妊娠していたもののお腹の子を彼らに殺され、復讐の鬼となる主人公と彼らが織り成す愛憎劇だった。「お前、こんなもん観てるのか?」「まぁ、一度観たらやめられんのよ。うちはもう選んだけん、トシ兄ちゃんも何か選んだら?」「お、おう・・」歳三は千尋にそう言われ、店内をウロウロした。(選べって言われてもなぁ・・観るもんないし。)歳三が溜息をつきながら千尋を探そうとしたとき、誰かに肩を叩かれた。「トシ、トシじゃないか!」「勇か!?どうして福岡に?」「仕事の都合でこっちに転勤になってなぁ。とはいっても単身赴任だが。これから一緒に飲みに・・」「近藤さん、お久しぶりやね。」金髪をなびかせ、千尋が歳三と勇の前に現れた。「千尋ちゃん、綺麗になったな。」「勇さんこそ、結婚されたと聞きましたよ?」「ああ、娘が生まれてなぁ。かみさんと赤ん坊の娘を東京に残してこっちに来るのは気が引けたが、社長命令とあってはなぁ・・」「そうだ、これからDVD鑑賞大会開きません?うちに缶ビール余ってるし。」「そうか、じゃぁお言葉に甘えてお邪魔するとしよう。」 レンタルビデオショップで勇と意気投合し、三人は千尋のマンションでDVDを鑑賞しながらビールを飲んだ。「畜生、そこで抱きしめんか!」「勇さん、声大きい。それにしてもこの男、好かんわぁ。昔の女が泣きついてきたからって、騙されとるのがわからんって・・」「同感だなぁ。妊娠したってのも嘘だな、ありゃ。」歳三と千尋がヒロイン寄りの意見であるのに対し、勇はヒロインの恋人の肩を最後まで持っていた。「彼にはいろいろと事情があるんだ!」「勇さん、そう熱くならんでもよか。」DVDデッキから映画のDVDを取り出すと、千尋は韓国ドラマのDVDを代わりに中に入れた。「こいつは酷いなぁ。主人公が復讐したい気がわかる。大体、親友だった女も女だ!」「何だよこの婆、あれ本当に金持ちの奥様か?」「さぁどうだか。」結局、DVD鑑賞大会が終わったのは夜中の2時頃だった。「千尋君、済まないな。」「今日は泊まっていってください、二人とも。うちがシャワー浴びとる内に、男同士腹を割って話してください。」千尋は笑顔で歳三たちに言うと、浴室へと消えた。「千尋ちゃんはいい子に育ったなぁ。美人で気立てもいいし。うちのかみさんには負けるがな。」「ったく、さっきからそればっかりだな。かみさんにベタ惚れしてるのはもう充分に解ったから、別の話をしろよ。」「そう言うなよ、トシ。お前もそろそろ結婚しないと・・」「ああもう、うるせぇ!」歳三はビールのプルタブを開けると、それを一気に飲み干した。にほんブログ村にほんブログ村
「・・千尋ちゃん、出ないわねぇ、一体どうしたのかしら?」中洲スナック『アクア』で、ママの直美がそう言って携帯を閉じた。「誰かと会うとるんやろ。あいつのことは気にするな。」「そうやねぇ・・」直美は携帯をバッグの中にしまうと、工藤にしなだれかかった。「ねぇ、これからどうすると?隼人さんに千尋ちゃんを見張れ言われても、四六時中見張っとらんわけにはいかんし・・」「隼人さんはあの子に執着しとるからなぁ。まぁ、実の息子の女を横からかすめ盗りたいんやろう。直美、ウィスキーくれ。」「はぁい。」直美は近くのボーイを呼び止め、ウィスキーを頼んだ。「千尋ちゃんも大変やねぇ、あんな人の養女になって。」「大変なのは俺も一緒たい。一日中働き詰めで、ようお前の所にも来れんし。」「ま、たまには遊びに来て。待っとるけん。」「じゃぁ俺行くけん、飲み代はつけとんてくれんね。」「わかった。」 直美の店から出て行き、工藤は近くの屋台に入った。「兄ちゃん、儲けとると?」「あんまり儲けとらん。このごろ不景気やから、そのあおりをもろに受けとる。兄ちゃんはどうね?」「俺も同じようなもんたい。カタギに戻ったがあんまり羽振りは良くなか。」屋台の店主と話をしながら、工藤はちびちびと酒を飲んだ。「ねぇ、うちの料理どうやった?」「美味かったぜ。」「そう。」 一方千尋は、歳三が自分の料理を一口残さずに平らげたことに満足していた。「男の心と胃袋を掴まんとね。まぁ、あの雌犬には出来んことよ。」「お前なぁ・・さっきから辛らつだよなぁ。」「だってあの女、トシ兄ちゃんをうちから奪おうとしとるもん。気に入らんと。」千尋はそう言うと、ビールを一口飲んだ。「ねぇそれよりトシ兄ちゃん、実家には戻っとうと?」「戻りたいのは山々なんだが、仕事の忙しさを口実に帰ってねぇんだよ。理由は解るだろ?」歳三がそう言うと、千尋はくすくすと笑った。「小母さんも早く孫抱きたいんよ。」「孫なんか姉貴たちがいくらでも抱かせてくれるからいいだろうが。それよりも千尋、あいつと会ったか?」「あいつって?」「生物学的には俺の父親だった奴だよ。」千尋は歳三に、隼人の養女となったことをまだ伝えていなかった。「ううん。会っとらんよ。」「そうか。」「何かあったと?」「いや・・あいつからこの前電話があってさ。とっくに縁が切れたってのに、“まだ家を継ぐ気はあるか”って聞いてきやがるんだ。そんなに息子が欲しいのかねぇ?」「まぁ、あの人娘ばかり居て、その所為で母親からせっつかれとうのよ。」「やけに詳しいな、お前?」「噂で聞いたんよ。バイト先のママさん、情報通やから。」慌てて千尋はそう言って誤魔化したが、歳三は彼女の様子が少しおかしいことに気づいた。「ねぇ、これからどうすると?何か映画のDVDでも借りて観る?」「いいな。皿洗ってから行こうぜ。」「うん!」(何かこうしてると新婚夫婦みたい・・) シンクで並んで皿を洗いながら、千尋はそう思いふふっと笑った。「どうした?」「別に、何でもなか。」「今日はいろいろと変だな、お前。」「そう?」(そうしとるのはトシ兄ちゃんよ。)千尋はそう、心の中で呟いた。にほんブログ村にほんブログ村
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「じゃぁ千尋、またね~」「うん、明日ね~」 放課後、千尋は学校を出ると、夕食の食材を買いにスーパーへと向かった。「トシ兄ちゃん、お肉好きかなぁ?」精肉コーナーで良いお肉がないか千尋が選んでいた時、隼人の母・清子が向こうからやってくるところだった。「あら、千尋ちゃんじゃないの?」「お久しぶりです、清子さん。」まさかこんな場所で彼女と会うとは、思いもしなかった。「あら、お肉でも買って・・誰かと食事でもするの?」「ええ。友人と。」「そう。じゃぁね。」清子はそう言ってカートを押しながら自分の前から去っていくのを見た千尋は、安堵の溜息を吐いた。 もし歳三と一緒に買い物に来ているところを彼女に見られたら、真っ先に清子は隼人に報告することだろう。それほど、清子と隼人の親子関係は異常なほど仲が良い。だから香苗は、隼人と結婚して姑である清子と対立していて、実家に帰ってばかりいて彼女と顔を合わせない。その原因は、夫婦の性生活への清子の執拗な干渉にあった。「女ばかり産んで恥ずかしくないのかい?さっさと男を産んでこの家を支えておくれ!」清子は香苗と顔を合わせる度に挨拶代わりにそんな嫌味を言うものだから、香苗はヒステリーを起こして清子に反論し、互いに口汚く罵りあうというのが岡崎家の日常だった。「あなたのお義母様には我慢できないわ!自分は息子を一人しか生まなかった癖に一体何様のつもりなの!?」「母さんを余り責めないでくれ。母さんだって婚家で散々苦労してきたんだ。君に辛く当たるのはその所為だよ。」「そうだといっても、普通は若い頃に姑にいじめられたから反面教師としてそうしないんじゃないの?なのにあなたのお義母様ときたら・・」『母さんの悪口をそれ以上言うな!誰のお蔭で飯が食えると思ってるんだ!』 夜中に突然、隼人が大声で怒鳴ったので、千尋は恐怖の余り失禁しそうになった。『何よ、事実じゃない!』『一体君は何が不満なんだ!子ども達には贅沢な生活を送らせているだろう!』『そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない!』二人の怒鳴りあいはヒートアップし、時に深夜まで及ぶことがあった。話の内容は韓国語で、何をしゃべっているのかわからずじまいだったが、いつの間にか香苗は清子の家を訪れたり、電話を毎日かけたりすることはなくなった。(隼人さん、今日は来ないといいけど・・)ふとわれに返り、千尋はさっさと買い物を済ませてスーパーから出て行った。マンションまでは歩いて数分位の距離があり、歩きながら千尋は歳三に電話をかけた。「もしもし、今帰るとこ。トシ兄ちゃんは?」『俺もそっちに向かうところだよ。』「そう。今夜はステーキにするけん、待っとってね。」鼻声を歌いながら千尋がマンションのエントランスで部屋番号を押して中に入ると、携帯が鳴った。(誰からやろか?)液晶には、「非通知」と表示されていた。暫く携帯は鳴り続けていたが、エレベーターに乗り込んで部屋がある階数に着くまでには鳴り止んだ。 気味が悪くて、千尋は携帯の電源を切った。「これでよし、と・・」ステーキを焼き終えた千尋は味見をした後、歳三に連絡しようと携帯の電源を入れた。「もしもし、トシ兄ちゃん?今何処?」『今エントランスの前。』「わかった。」 インターホンの画面が映り、歳三が所在なさげに突っ立っているのを見た千尋は、苦笑しながら鍵を解除した。にほんブログ村にほんブログ村
「先生、どうしたと?」「あ、あら岡崎さん、あなたも居たのね。」千尋が歳三の肩先から顔を覗かせると、弥生はあからさまに不快な表情を浮かばせた。「土方先生とお昼食べよったと。先生もどうですか、サンドイッチ?」バスケットの中からこれみよがしにサンドイッチを取り出した千尋は、勝ち誇ったかのような笑みを口元に浮かべながら弥生を見た。「今はダイエット中なの。」「そうですか、それは残念ですね。じゃぁ後ろのお弁当は要りませんよね?」千尋はそう言って、さっと弥生が背中に隠していた弁当箱を奪った。「な、何するの岡崎さん、返しなさい!」「こんな豪華なお重箱、全部食べたら太っちゃいますよ?ダイエット中なんでしょう?」弥生の言葉尻を捉え、それをあげつらうかのような口調で彼女をからかうと、彼女はカッと怒りで顔を赤く染めた。「あなたには関係ないでしょう!」「先生、少しお話が・・」屋上のドアが開き、野球部のキャプテン・山本が入ってきた。「どうしたの山本君?」「いや、本日の練習について・・」「そんな事、あとで聞くわ!」弥生は野球部の顧問であるが、部活については全く関心がなく、練習メニューや部員達との間に起こる諍いの収拾等煩雑なことは、全て山本に丸投げしていた。「先生、山本君困ってるじゃないですか?こんなところで油売らずにさっさとグラウンドに行けばよろしいのでは?」「で、でも・・」「ああ、そうだ!山本君、これ先生からの差し入れ。いつも迷惑掛けとるからそのお礼にって。」間髪入れずに千尋はさっと山本に弁当箱を手渡すと、弥生はじろりと千尋をにらみつけたが、無視した。「ありがとうございます!」「わ、わたしはそんなつもりじゃ・・」弥生を厄介払いできたので、千尋はくるりと彼らに背を向けると、歳三の元へと戻った。「先生、ケチャップついてますよ?」「え、何処だ?」「ここですよ。」唇の左端についたケチャップを、千尋はそう言うと舌で舐め取った。「岡崎さん、あなた・・」「先生、また居たんですか?山本君と一緒に行かないんですか?」「もういい!」ヒステリックに叫んだ弥生は、もうこの場に一秒たりとも居たくないというように、屋上から出て行った。その後を慌てて山本が弁当箱を抱えながら追いかけていった。「あの女、ここをキャバクラと思うとると?行かず後家になろうとしてるくせに、発情期の雌犬のように盛って、みっともなか。」「千尋、言いすぎだろ。」「うち、嘘は吐いとらんよ?」毒を含んだ言葉を平気で吐く千尋に、歳三は絶句した。自分と離れている間に、彼女は逞しく成長したようだ。「まぁあの女、今頃地団駄踏んどろうね。職場に出逢いを求めて派手な格好しとるけん、誰も寄り付かんたい。」千尋はバスケットの隣に置いてある鞄から、一冊の手帳を取り出した。それは彼女には余り似合っていない、どちらかというとビジネスマン向けのシックな黒革のものだった。「どうした、それ?」「ああ、仕事道具よ。職業柄情報収集は重要やから、ここに顧客情報を書き込んどると。」 千尋はそう言うと、手帳を広げた。「見てもいいか?」「いくらトシ兄ちゃんでも、客の個人情報は見せられんよ。ねぇトシ兄ちゃん、今夜うちの部屋に来てくれん?」「いいよ。」千尋は嬉しそうに笑うと、歳三に抱きついた。にほんブログ村にほんブログ村
転校生・沖田総司が福岡にやってきたのは、父親の仕事の都合でこちらにある九州支社に転勤になったからだった。 東京の学校には多数友人が居たし、もう高校生なのだから家族で引っ越すなどせずに父親だけが単身赴任すればいい話だと、父親が転勤の話を持ち出した時に総司は抗議したが、彼は“もう決めたことだ”と言うだけだった。『単身赴任した方がいいじゃない。もう子ども達は大きくなったし、わたしだってこれから転勤先でまたご近所付き合いするなんて、憂鬱だわ。』『そうよお父さん、わたしやきんちゃんは結婚しているけど、総ちゃんを連れて行くことないでしょう?この子だっていろいろあるのに。』母親と既に結婚し独立している二人の姉達が父に抗議したが、彼の決定を覆せなかった。『お前達は何もわかってない。家族の絆が大事なんだ。』父親は一度決めたことは、たとえどんなことがあっても変えない頑固なところがあった。 こうして総司は両親とともに、住み慣れた東京から福岡へと引っ越すことになったのである。ただ空気が良いだけの、周りを田んぼに囲まれたド田舎に住むのかと思っていたが、引越し先は東京と何ら変わらない大都会・福岡市だった。ここでの生活があまり悪くないことに総司が気づき始めたのは、引っ越してきて二週間余りのことだった。 ここは東京とは違い、わざわざ電車を乗り継いで欲しい物を買い歩いたりする手間が無い。欲しいものは全て天神で揃っているし、映画だってシネコンが何軒かある。道行く人々のファッションも皆垢抜けていて、耳に入る言葉が標準語から博多弁になっただけで、何ら変わりは無い。 あれほど引越しに反対していた母親も、すぐさまご近所さんと仲良くなり、カルチャースクールでパソコンやフラメンコ、社交ダンスの講習に通いだして第二の青春を満喫している。その青春真っ只中の総司が、この矢崎高校に転校してきたのは、GW前のことだった。 その頃には既に新学期から出来たグループがあり、既に空きがない状態だったため、総司はクラスで孤立することになってしまった。余り集団でわいわいと騒ぐのが好きではないため、一人になることは苦にならない。読書に没頭できるし、昼食もだらだらと無駄に他愛のない話をすることもない。実に合理的でシンプルではないか。総司がそんな事を思いながら一人の時間を満喫していると、同じクラスの山田が話しかけてきた。「ねぇ沖田君、生徒会に入らない?前の学校では、成績トップだったんでしょう?」「それがどうしたの?別に生徒会なんて興味ないし、もうじき卒業なのに何かする必要でもあるわけ?」総司はつれなくそう山田に返事をすると、彼は残念そうな顔をして自分の席へと戻っていった。 昼休みのチャイムが鳴り、仲良しグループがそれぞれ弁当を囲んで食べている中、千尋は教室の何処にも居なかった。何故彼女が気になってしまうのか解らないが、総司はさっさと昼食を済ませようと思い、鞄から弁当を取り出し弁当箱の蓋を開けた。 一方屋上では、千尋と歳三がサンドイッチを食べていた。「どう、美味しい?」「ああ、美味ぇ。朝抜かしたから助かったよ。」「そう。」歳三に褒められ、千尋は嬉しそうに笑った。「あら土方先生、こちらにいらしたんですか?」急に背後で声がして二人が振り向くと、そこには音楽担当の野崎弥生が立っていた。モデルのような均整のとれた容姿に、胸元が大きく開いた赤のワンピースを纏い、ヒールがある室内履きを鳴らしながら、彼女は歳三に媚を売るような視線を送ってきた。「ええ。野崎先生、何か?」「いえ、珍しいなぁって思って。」 そう言ってしなを作った彼女が背中に弁当を隠しているのを、千尋は見逃さなかった。にほんブログ村にほんブログ村
「ねぇトシ兄ちゃん、お昼一緒に食べん?サンドイッチ作ってきたと。」「サンキュ。昼休み、屋上でもいいか?」「いいよ。じゃぁまた後でね。」下足箱で千尋は歳三と別れ、教室に入った。「千尋、久しぶり~!」教室に入るなり、香織が抱きついてきた。「香織、おはよう。」「ねぇ千尋、さっき土方先生と歩いとったやろ?いつから付き合っとうと?」「もう、そげな事ないけん・・」「そんなに否定するなんて、怪しか~!」香織と千尋が話していると、不意に千尋は視線を感じて振り向くと、そこにはブルネットの髪をした男子生徒がじっと自分を見つめていた。「香織、あの子誰ね?」「ああ、あの子?沖田君って言うて、東京から来たと。勉強もスポーツも出来るし、結構人気者なんよ。」「へぇ、そう・・」「何ね千尋、土方先生と沖田君が気になると?」「そんな事なか。それよりも香織、今日何か提出物ある?」「何もなかよ。最近担任があんた結構休むって文句言うとったよ。」夜の仕事で昼夜逆転生活を送っている千尋は、しばしば遅刻・欠席をしたりして担任からたびたび注意されていた。試験はちゃんと受けているし、勉強もしているのだが、出席日数が足りなくなると卒業も危ういかもしれない。「岡崎さん、こんなところにおったと?」教室に顔を出したのは、養護教諭の奥澤だった。丸顔に眼鏡をかけ、長い髪を結い上げている彼女を、香織達は密かにある児童文学に出てくる悪役“ミンチン先生”と呼んでいた。「何でしょうか?」「担任の先生が呼んどるよ。早う職員室に行きんしゃい。」奥澤はそう言った後、さっさと教室から出て行った。「またあいつから小言食らうね、千尋。」「いつものことやけん、気にしとらんもん。」千尋がそう言って職員室へと向かった後、男子生徒は読んでいた文庫本から顔を上げた。「岡崎、何で毎日学校に行かんとか?卒業が迫っとるというのに、まだ進路も決めとらんし、自覚が足らんぞ。」 案の定、千尋が職員室に行くなり、担任の西条から小言を食らった。「すいません、気をつけます。」「どこまで気をつけとるのか解らんたい。さっさと教室に戻れ。」「はぁい。」千尋は職員室から出ようとしたとき、歳三と目が合った。彼は心配そうに自分を見てきたので、千尋は大丈夫だと彼にウィンクした。「岡崎さん!」「何ね?」教室へと戻ろうとした千尋は突然呼び止められて振り向くと、そこには同じクラスの山田が立っていた。 山田は成績優秀で顔もいいので、クラス内では人気者グループに属してはいるものの、引っ込み思案な性格が災いしているのか、彼女ができたためしがない。「何か用ね?」「あの、実は・・会長が岡崎さんの事呼んどる。」「生徒会長って、あの赤城が?」千尋がそう言うと、山田は静かに頷いた。「うちは忙しくてあんたには構ってられんと。」背後で山田が何かを必死に叫んでいるのを無視して千尋が教室に戻ると、香織と絵里菜がやって来た。「また小言食らったと?」「うん。あいつ、説教臭くて好かん。」「どうせ来年の3月には退職するけん、そん時までの辛抱たい。」絵里菜はそう言いながらピアスを揺らした。「それ可愛いか、どこで買ったと?」「天神に新しい店が出来たと?今度一緒に行かん?」「行く行く!」楽しそうに話す千尋達を、件の転校生はじっとその様子を眺めていた。にほんブログ村にほんブログ村
「は、隼人さん・・」「千尋ちゃん、昨夜あいつとラブホに行ったんだってね?」「はい、行きました。けど、トシ兄ちゃんはわたしを・・」「そう、それなら安心した。」隼人はそう言って、千尋から離れた。「歳三とセックスして妊娠したら困るからね。忘れちゃいけないよ千尋ちゃん、君はわたしの子を産む為に、君を養女にしたんだからね。」まるで歌うかのようにそんな言葉を口から紡ぐ隼人の紫紺の瞳は何処か嬉しそうだった。「コーヒー冷めないうちに飲まないとね。これを食べたら学校に行くんだよ?」「解りました。」ドーナツを千尋が一口食べると、隼人はにっこりと彼女に微笑んだ。「じゃぁ千尋ちゃん、また来るからね。」「はい、さようなら。」隼人が部屋から出て行った後、千尋は溜息を吐いた。 13のときに彼の養女となってから2年が経ったが、彼が自分を養女にした理由が、“自分との間に子を生ませること”だったことを知ったのは、中3のクリスマスの夜だった。その日家には彼の妻である香苗と子ども達は実家に帰っていて、隼人と二人きりだった。『ねぇ千尋ちゃん、セックスしようか?』『え・・?』思わず隼人の顔を見ると、彼は笑った。『もう処女じゃないんだからいいでしょ?』あっという間に隼人は千尋のパジャマを脱がして全裸にさせると、彼女の膣に顔を埋めた。『いや、やめて・・』『千尋ちゃん、わたしが本当のセックスを教えてあげるよ。』隼人に愛撫され、千尋は潮を吹いて達した。『最高だったよ、千尋ちゃん。これからも宜しくね。』ベッドの中で隼人はそう言って千尋に微笑むと、彼女の髪を撫でた。それから、彼との歪んだ関係が始まった。香苗は夫と義理の娘の関係を知っていたが、黙認していた。彼女は二人のことよりも、隼人との間に生まれた二人の子ども達に手をかけていた。ピアノや英会話、水泳、乗馬などを彼らに習わせ、レッスンの度に彼らに付き添った。 隼人は千尋を溺愛し、高校進学資金を出してくれ、こんな豪華なマンションに住ませてくれたのも彼のお蔭だ。だからといって、彼の言いなりになるつもりはなかった。 シャワーを浴びて制服に着替えて化粧を済ませると、千尋は歳三にメールを打った。『今家から出るとこ。何処におると?』高校へと向かうバスの中で、メールの着信があった。『今バスの中。』千尋が周囲を見渡すと、バスの後部座席に歳三が座っていた。「トシ兄ちゃん、おはよう。」「千尋、おはよう。昨夜酔っ払ってたようだけど、大丈夫だったか?」「うん。トシ兄ちゃん、疲れとるね。」そう言って千尋が心配そうに歳三を見ると、彼は溜息を吐いた。「いろいろと忙しくてな。それよりもお前、何処で降りるんだ?」「矢崎高校前やけど、もしかしてトシ兄ちゃんも?」「ああ。」 歳三の勤務先が自分の通っている高校と同じだということに千尋は気づき、嬉しくなった。にほんブログ村にほんブログ村
「工藤さん、今日は遅いけん来んと思いましたよ。」男とともにエレベーターの中へと入ると、千尋は彼を見た。「お前が逃げ出さんよう、あの人から見張っとけ言われたからな。千尋、さっき男とホテルの前で別れとったが、あいつは誰ね?」「さぁ、知らん人です。」千尋は部屋に入って冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、それをダイニングテーブルの前に置いた。「あの人の息子によう似とったな。確か、歳三とか言うたか。」男―工藤はそう言うと煙草を吸った。「つまみでも作りましょうか?」「ビールだけでよか。千尋、あの人はお前のこと見張っとること、忘れんようにな。」工藤は千尋の肩を叩くと、リビングから出て行った。彼が出て行った後、千尋は缶ビールのプルタブを引っ張り、それを一口飲んだ。アルコールの苦味が、口全体に広がった。 飲み終わったビールを片付けた千尋は、浴室へと向かった。頭から冷たいシャワーを浴びていると、急に歳三のことが恋しくなった。(トシ兄ちゃん・・) 中学の頃互いの想いを確かめ合った彼は、素敵な大人の男に成長していた。彼が店に来たとき、千尋は彼だと一目でわかった。雪のように白い肌、黒檀のような艶やかな黒髪、紅を引いたかのような唇、そして若草色の澄んだ瞳。 背は中学時代から少し伸びていて、黒のスーツが良く似合っていたし、女性にも相変わらずモテているようで、アヤメはあのオッサンのご機嫌取りをしながらもちらちらと歳三のほうを見ていたし、同僚達も彼に目配せしていた。そんな彼が未だに独身を貫いていることを知り、千尋は驚いた。(トシ兄ちゃんなら、素敵な人なんてすぐに見つかるやろうに・・)“俺はお前以外の女とは結婚したくない。”そう彼から告げられたとき、天にも昇るような気持ちだった。まさか彼に、そんな事を言われるとは思ってもみなかった。こんなに穢れ切ってしまった自分に、歳三は優しい言葉を掛けてくれた。もしタイムマシンがあるとしたら、穢れる前の自分に戻りたい。身も心も引き裂かれた、あの悪夢より以前の自分に。(トシ兄ちゃん、ごめんね・・黙って姿を消してごめんね・・)千尋は浴室から出てタオルで身体を拭いてドライヤーで髪を乾かすと、寝室に入った。鏡台の近くには、ジュエリーボックスがあった。その引き出しを開け、千尋はあのペンダントを取り出した。歳三には失くしたなんて嘘を吐いたが、本当はちゃんと取っておいた。このペンダントは、歳三が自分に贈ってくれた最高のプレゼントだから。「おやすみ、トシ兄ちゃん。」テディベアに口付けてそう言った千尋は眠りに就いた。 チャイムの音で目が覚めたのは、朝の6時半頃だった。「どちら様?」インターホンの画面を寝ぼけ眼で覗き込んでいると、そこには隼人の姿があった。『千尋ちゃん、久しぶりだね。』「隼人さん・・」『千尋ちゃんが好きそうなドーナツ買ってきたんだ。一緒に食べよう?』「解りました、今開けますね・・」千尋はインターホンの画面の右下にある「解除」ボタンを押した。「まだお昼食べてないでしょ?」「はい・・コーヒー、煎れますね。」「すまないね。ねぇ千尋ちゃん、昨夜歳三と会ってたって本当?」隼人の言葉に、コーヒーをマグカップに淹れる千尋の手が震えた。「隼人さん・・」「言った筈だよ、千尋ちゃん。僕の世話になる代わりに、歳三とはもう会わないって。誰のお蔭でこんないいマンションに住めると思ってるの?」 そう言って千尋の顔を覗き込んだ隼人は、冷酷な表情を浮かべていた。にほんブログ村にほんブログ村
「ねぇ、抱いて・・」千尋はそう言うと、歳三をベッドの上に押し倒した。「お願い、抱いて。トシ兄ちゃんの赤ちゃん、早く産みたか。」「千尋・・どうしたんだ?」「もうあの人に縛られたくないんよ!」悲痛な叫びを上げる千尋の姿に、歳三は怪訝そうな顔をした。「“あの人”って誰のことだ、千尋?」「それは、言いたくない。ねぇ、うちを抱くの?抱かんの?」「千尋、今は抱けない。」歳三がそう言うと、千尋はチャイナドレスの裾を捲り上げて彼に陰部を見せた。「ねぇ、抱かんのならうちの事気持ちよくして。」歳三は千尋の陰部を舐めると、彼女は喘いだ。そっと彼が指を彼女の膣に挿れて掻き混ぜると、千尋の美しく整えられた眉が歪んだ。「どうした?もうイキそうか?」「まだ足りん。」千尋は歳三に馬乗りになると、自分の陰部を彼のものに押し付け大きく腰を前後に揺らした。「トシ兄ちゃん・・兄ちゃん・・」陰部からはズチュッという水音が立ち、歳三と千尋は自然と互いに舌を絡ませ合っていた。「千尋・・」「兄ちゃん~!」千尋はびくりと大きく弓なりに身体を震わせると、歳三の背中に爪を立てて果てた。「千尋、今まで何処で何してたんだ?どうしてキャバクラで働いてんだ?」「トシ兄ちゃん、今まで心配掛けとってごめんね。キャバクラで働いてるのは学費を稼いどうと。」「伯母さん達の家から出たのはどうしてだ?」「それは、言いたくなか。それはいつか話すけん、勘弁して。」千尋はそう言うとバッグからマイルドセブンの箱とライターを取り出し、箱から一本煙草を口に咥えてライターに火をつけた。「いつから吸ってんだ?」「中学卒業した頃から。酒もそのときから飲み始めたんよ。」ラブホテルのどぎついライトに、千尋の裸の胸が照らされた。「なぁ千尋、あのペンダントどうした?俺が中坊の頃お前ぇにプレゼントしたテディベアのやつ。」「あれ、どこかに行ってしまったと。ねぇトシ兄ちゃん、結婚しとるの?」「まだ独身だよ。母親や姉貴からはそのことについて色々と小言言われてんだよ。」「トシ兄ちゃんモテるから、すぐ結婚できるって。」「俺はお前以外の女とは結婚したくない。」歳三はそう言うと、千尋を抱き寄せた。「まだそげな昔の事、覚えとうと?」「当たり前だろ。なぁ千尋、また会わないか?」「うん・・携帯の番号とメルアド教えて。会いたかったからすぐにメール送るけん。」「ああ、待ってる。」歳三と千尋は赤外線通信で互いの番号とメールアドレスを交換し、ラブホテルを出て別れたのは夜明け前のことだった。 千尋はタクシーで自宅マンションへと向かっている間、バッグの中に入った携帯が鳴った。「もしもし?」『千尋、今家に帰っている最中だろ?』通話口から聞こえた声に、千尋は恐怖で蒼褪めた。『マンションの前で待ってるから。』「はい、わかりました・・」 千尋が自宅マンションの前でタクシーを降りると、黒服の男が彼女の前に現れた。にほんブログ村にほんブログ村
「久しぶりやね、元気にしとった?」歳三にそう言いながら、千尋は嫣然とした笑みを彼に浮かべた。「千尋、お前こんなとこで何してんだ?」「何って、仕事しとうと。」歳三は千尋の白くて長い足を見ていると、彼女はくすりと笑った。「どうしたと、あたしの事を抱きたくなった?」「そ、そんな訳じゃねぇよ。」「そう。」千尋がつまらなそうな顔をしていると、ボーイがウーロン茶を運んできた。 歳三の脳裏に、中学生だった頃の千尋の姿が浮かんだ。まだあの頃は可愛くて、あどけない印象だった彼女が、今では妖艶な雰囲気を纏っている。一体彼女の身に何があったのだろうか。「土方先生、ローズと知り合いですか?」「いえ・・」「東京に昔住んどったころ、家が近所やったんよ。ねえ先生?」千尋は歳三にしなだれかかりながらそう言うと、彼は静かに頷いた。 その後、気まずい沈黙に耐えかねたのか、千尋は鈴木が注文した酒をアヤメとどんどん飲み、ほんのりと顔を赤くさせていた。「酔っ払ってもう動かれん。」千尋は甘えた声でそう言うなり、歳三の膝頭に寝そべった。「先生、ローズちゃんを宜しくお願いしますね。」ママが申し訳なさそうな顔をして歳三にそう言った。「は、はぁ・・」状況が呑み込めぬまま、歳三は千尋とともに店を出て、タクシーを拾った。「お客さん、どちらまで?」「適当にホテルの前で降ろして。」相当酔っ払っているのに、運転手からそう聞かれたときにそう答えた千尋の声ははっきりしていた。 タクシーは数分後に、一軒のラブホテルの前に停まった。「お釣りはいらんから。」「毎度ありがとうございます。」千尋がタクシーから降りてさっさとホテルの中へと入ろうとするのを見て、歳三も慌てて彼女の後を追った。「千尋、待てって!」「シャワー浴びるだけよ。」 千尋とともにラブホテルの部屋に入った歳三は、何処か落ち着かずにベッドの端に腰を下ろした。すると千尋が自分の前に跪いたかと思うと、ズボンのベルトに手を伸ばしていた。「やめろ、何する!」「こんなにカチカチになっとるのに?もしかして、店に居たときから勃とったと?」千尋の手が、ズボン越しに歳三の股間を撫でた。「一体どうしちまったんだ、千尋?」「どうもせんよ。」千尋はズボンのベルトをはずすと、チャックを器用に口で下ろしてボクサーパンツから歳三のものを取り出し、それを口に含んだ。 チュパチュパとわざとらしく音を立てながら、千尋は上目遣いで歳三の脈打ったモノを舌で愛撫した。そっと空いた手で双珠を揉みしだくと、歳三は呻いた。彼は声を抑える為に、シーツを裂けんばかりにきつくそれを握り締めた。我慢しようとしていたが、抑えきれずに千尋の口の中で果ててしまった。ごくりと千尋が喉を鳴らす音を聞いた歳三は、思わず彼女を見ると、彼女は口端をゆがめて笑った。「美味しかったよ、トシ兄ちゃんの。」「お前・・飲んぢまったのか?」千尋は歳三の隣に座ると、彼のネクタイを掴んで彼の唇を塞いだ。急に口の中に苦いものが入り、歳三は咳き込んだ。「今度はうちのを可愛がって。」千尋はそっと歳三の手をそっと自分の秘所へと宛がった。 そこは、蜜液で溢れて濡れていた。にほんブログ村にほんブログ村
「先生、さようなら~」「おお、気をつけて帰るんだぞ!」放課後、土方歳三は生徒達にそう言って手を振ると、彼女達は黄色い悲鳴を上げながら次々と校門から出て行った。 彼は今、この高校で教師をしていた。大学を卒業してすぐにこの高校に採用され、たちまち女子生徒たちの間で人気者となった。バレンタインでーには一人では食べきれないほどのチョコレートを毎年貰ったり、携帯の番号やメールアドレスを教えて欲しいと職員室にやってくる女子生徒は一人や二人ではなかった。歳三にとってはそんな彼女達のことをどうあしらったらいいのか解らないが、それよりも姉と母が“そろそろ結婚しなさい”と毎日顔を合わせる度に小言を言ってくるほうが最近嫌だと思う。まぁ5月で29になるのに、結婚する気配すらない息子に対して、恵津子もあきれているのだろう。(結婚、かぁ・・)ふと歳三は、女子生徒たちの中に千尋の姿を探していた。 彼女が姿を消したのは、中3の秋頃だった。高校受験への勉強で忙しく、福岡に戻った千尋がどうしているのか気になっていたが、来年の正月に会えると思い、連絡など一切しなかった。それが間違いだった。彼女は忽然と、自分の前から消えてしまった。彼女を引き取った伯母夫婦に彼女の消息を聞いても、彼らから何の収穫も得られなかった。一体彼女は何処へ消えたのか、結局解らずじまいだった。「土方先生。」「ああ、奥澤先生・・」職員室でテストの採点をしていると、養護教諭の奥澤が歳三に声をかけてきた。「今夜、飲みに行きません?先生の歓迎会も兼ねて。」「わかりました、行きましょう。」そう言ったとき、奥澤の顔が嬉しそうだった。「じゃぁ今夜もお疲れ様~」「乾杯~!」 数時間後、歳三は同僚達とともに大手チェーンの居酒屋に居た。「先生、もう一軒行きません?」「いや・・わたしはお酒が弱いんで・・」「そんな事言わずに。いい店知ってるんですよ。」居酒屋の前で奥澤たちと別れ、半ば強引に歳三は同僚の鈴木達に連れられて入ったのは、キャバクラだった。「いらっしゃいませ~」「ママ、いつものね。」「はぁ~い。」ママと思しき和服姿の女性が朗らかな笑顔を歳三たちに浮かべると、奥へと引っ込んだ。ほどなくして、胸元を露にしたホステスが彼らのテーブルに座った。「どうも、アヤメで~す。」「アヤメちゃん、お久しぶり~」「先生ぇ~、暫くお店に顔出さないからあたしの事嫌ったのかと思うたと。」「そげな事なかろう!」アヤメと自己紹介したホステスが鈴木と戯れていると、チャイナドレスを着たもう一人のホステスが歳三の隣に座った。「ローズです。何か作りましょうか?」「別にいい・・酒は苦手だから。」「そうですか。じゃぁウーロン茶でも頼みますね。」「済まねぇな・・」歳三がそう言ってホステスを見ると、驚愕の表情を浮かべて彼女を見た。「千尋、千尋だろ?」「トシ兄ちゃん・・」 千尋と再会し、歳三は一瞬この場の時が止まってしまったかのような錯覚に襲われた。にほんブログ村にほんブログ村
「あの、土方さんって・・もしかして・・」『ええ、歳三君の父親です。もう離婚して親子じゃありませんが。それよりも、千尋ちゃんの事ですが、彼女は今わたしと一緒に居ます。』「え!?」「何ね直子、そないな声出して。どげんしたと?」澄が部屋から出てきて、直子を怪訝そうな表情を浮かべてみた。「お母さん、何でもなか。」「そうね。」澄が部屋へと戻っていくのを見た直子は、慌てて受話器を握りなおした。「もしもし、土方さん?」『はい。少しお話したいことがありますが、今日はもう遅いので明日の朝、天神にある喫茶店で話しませんか?』「はい、お待ちください。はい、天神の喫茶店・・わかりました、ご連絡くださってありがとうございました。」隼人に指定された待ち合わせ場所の喫茶店の名前と住所をメモに走り書きした直子は、それを握り締めながら寝室へと戻った。「千尋ちゃん、帰らんかったね。」「あの子、歳三君のお父さんと一緒に居るって。」「歳三君のお父さんって、離婚した?何で千尋ちゃんと居ると?」弘志がそう言って直子を見ると、彼女は彼にメモを見せた。「明日、そこで彼と会うことになっとうと。お母さんには知らせんでよ。」「わかった。俺もついて行きたいのは山々やけど、朝早くに仕事が・・」「心配せんでもよか。」 翌朝、直子は待ち合わせ場所である天神の喫茶店に入ると、そこには隼人と千尋の姿があった。「千尋ちゃん、昨夜はどげんしたと?」「伯母さん、心配かけてごめんなさい。わたし・・」「すいません、朝お忙しいのにわざわざ呼び出してしまいまして。実は・・」隼人はグラスに入った水を一口飲むと、直子を見て次の言葉を継いだ。「昨夜、千尋さんを産婦人科に連れて行きました。」「産婦人科?」直子は千尋を見たが、彼女は唇を噛んで俯いている。「大変言いにくいことですが、千尋ちゃんは学校で何者かに暴行されました。」「暴行って・・警察へは?」「本人が行きたくないと言ったので、行きませんでした。直子さん、女性としての尊厳を傷つけられた上に、警察にその時の状況を根掘り葉掘り聞かれることが、千尋ちゃんにとって大きなストレスになるか、お分かりでしょう?」隼人はそう言うと、直子を見た。「この事は、主人も母も知りません。千尋ちゃんは今までのようにうちで預かって・・」「そうはいきません。落ち着き次第、彼女はわたしが養女に迎えたいと思っております。」「え・・」突然のことで、直子は混乱した。「ご主人とお母様には、こちらが説明いたします。状況が状況ですし、学校も転校することになります。」「そげな事突然言われても・・千尋ちゃんの気持ちを考えて・・」「千尋ちゃんは、承諾してくださいました。もうお話は済みましたので、これで失礼を。」隼人は一方的にそう言って椅子を引いて立ち上がると、千尋の手を引いた。「千尋ちゃん・・」「伯母さん、ごめんなさい。こんな形で別れたくありませんでした。」千尋は直子を見ると、彼女は涙ぐんでいた。「落ち着いたら連絡頂戴ね。待っとるから。」「はい・・」 直子は千尋の姿が見えなくなった途端、その場で人目も憚らず嗚咽した。にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.03
「小父さん、どうして・・」「仕事で福岡に出張することになってね。取引先と中洲のスナックで飲んだあとホテルに戻ろうとしたら君を見かけたんだ。」隼人はそう言うと、千尋にグラスを差し出した。「もう気分は落ち着いた?」「ええ・・」冷たい水を一口飲むと、千尋はベッドから立ち上がろうとしたが、足元がふらついた。「あんな遅くに中学生の君が繁華街をうろつくなんて、何かあったんだね?」「実は・・」木谷に乱暴されたことを千尋は言おうとしたが、そのとき脳裏に彼に暴行を受けた光景が甦った。 今ここで彼に性的暴行を教師から受けたと話したら、確実に歳三に知られてしまう。自分が穢れてしまっていることを、彼に知られてしまう。「嫌なら話さなくていいよ。千尋ちゃん、これからちょっと出ようか。」「はい・・」 隼人に連れられて千尋がやってきたのは、ホテルから少し遠い産婦人科だった。「あの、小父さん・・」「まだ72時間経っていないから大丈夫だと思うけど、こんな時ははやめにしないとね。」彼の言葉を聞いた千尋が思わず彼を見ると、彼は優しく自分に微笑んだ。「大丈夫、ここは女医さんが診てくれるからね。」隼人は受付で手続きを済ませ、千尋が診察室へと入ってゆくのを見た後、待合室の長椅子に座った。 数時間前、彼が中洲のスナックからホテルへと戻る最中、数人の人だかりが出来ていることに気づいて近づくと、そこには千尋が仰向けに倒れていた。「警察呼んだ方が・・」「死んどるかもしれん。」そう言いながら通行人達は誰も彼女を介抱しようともせず、隼人は彼らを掻き分けて千尋をホテルまで連れていった。彼女をベッドに寝かせると、彼女の股間から太股にかけて血が伝っていることに気づいた。そっとスカートを捲ると、鼠蹊部(そけいぶ)に鬱血した痕があった。彼女がどんな目に遭ったのか、隼人はすぐに解った。(可哀想に・・)まだ中学生だというのに、好きでもない男に暴行を受けたのだ。歳三が彼女の身に起こったことを知ったら相手を殺すだろう。「小父さん・・」診察室のドアが開き、千尋が蒼褪めた顔をして出てきた。「大丈夫だった?」隼人の問いに、千尋は静かに頷いた。「赤ちゃん、出来たらどうしよう・・」今彼女の前で、さまざまな不安が渦巻いているに違いない。「大丈夫だよ、小父さんに任せなさい。千尋ちゃん、警察に・・」「言わないで。そんな事されたら、わたし・・」千尋は隼人の言葉に大きく頭を振ると、嗚咽した。 警察に行ったら、あの時と同じようなことをされる。そうしたら、学校にも家にも居られなくなる。「千尋ちゃんは今辛い目に遭ったんだもんね。小父さん気が利かなかったよ、ごめんね。」泣きじゃくる千尋の背を、隼人は優しく撫でた。「千尋ちゃん、これからどうする?お家に帰れる?」「今は・・静かに休みたいです。」「そう、解った。お家の電話番号教えて。」「わかりました・・」 千尋が戻らないことを不審に思った直子たちが気に揉んでいると、リビングの電話が鳴った。「もしもし、西園寺ですが・・」『もしもし、わたくし土方隼人と申します。』 通話口から聞こえてきた声は、男のものだった。にほんブログ村にほんブログ村
加虐描写有り。苦手な方は閲覧なさらないでください。 木谷から放課後理科室に来るよう言われたが、千尋はプールに居た。この時間帯、彼女の他には誰にもおらず、プールでは水音しか聞こえなかった。そろそろ上がろうかと千尋が思ったとき、突然背後から彼女は口を塞がれた。(何、何なの!?)パニックになった千尋は水の中で暴れたが、自分の背後に立つ男はビクともしなかった。「理科室に来いと言っているのにあなたが全然来ないから、もしやと思ってここに来たら当たりましたね。」千尋が振り向くと、そこには冷たい目で自分を見ている木谷の姿があった。「先生・・一体何を・・」木谷は千尋の陰部に手を伸ばすと、彼女の膣を執拗に指で撫でた。「やめてください・・やめて・・」「どうして?こんなに潤っているのに。」腰に硬いものがあたる感触がして、千尋は顔をこわばらせた。「怖がることはありませんよ。すぐに気持ちよくなりますからね。」「いや、やめて!」木谷は千尋をプールから上がらせると、両足を開かせて水着を脱がせた。「嫌だといってる割には、ここは正直ですね。」息を荒げた木谷は、彼女の膣に猛った自分のものを挿入した。 全身に灼熱の鉄杭を打ち込まれたかのような激痛が走り、千尋は悲鳴を上げた。「よく締まってますよ。」木谷は歓喜で顔をゆがませながら、彼は激しく腰を振り始めた。「痛い、痛い!」千尋の悲鳴を彼は無視し、ただ己の欲望を満たしたい為にがむしゃらに腰を振った。その間にも、プールの排水口に千尋の破瓜の血が流れ落ちた。「もうイキますよ!」「やめて、嫌!」木谷が何をしようとしているのかが解り、千尋は解った。必死に彼から逃れようとしたが、上半身を固定されて動けなかった。「ウオオ~!」手負いの獣のような唸り声を上げ、木谷は激しく腰を痙攣させると、千尋の中で果てた。ドクドクと、自分の中で何かが暴れ狂っていた。(トシ兄ちゃん・・)穢されてしまった、この男に。歳三と結ばれる前に。もう彼には会えない。「これで君を手に入れた・・」耳元で木谷の笑い声が聞こえたかと思うと、彼がプールから去っていく気配がした。あれから千尋はどう学校に出たのか、思い出せなかった。下腹部に走る激痛に顔を顰めながら、千尋は夜の天神を歩いていた。(トシ兄ちゃん、ごめんね・・)木谷に穢されてしまった今、どう歳三と顔を合わせればいいのだろう。「トシ兄ちゃん、ごめんなさい・・」千尋はふらふらと覚束ない足取りで歩いていると、徐々に意識が遠くなった。―千尋・・誰かが自分を呼んでいる。―千尋・・(トシ兄ちゃん・・) 千尋がゆっくりと目を開けると、そこはホテルの部屋だった。「千尋ちゃん、起きて。」誰かに揺さぶられ、千尋が周囲を見渡すと、そこには歳三の父・隼人の姿があった。「気がついたかい?」「どうして・・」「道端に倒れそうになっている君を放っておけなくてね。」隼人はそう言うと、華が綻ぶかのような笑みを千尋に浮かべた。にほんブログ村にほんブログ村
「千尋、俺はお前を今すぐにでも抱きたいと思ってる。けど、そんな事をするわけにはいかねぇんだ。」歳三はそう言うと、千尋を見た。「トシ兄ちゃん・・」「俺はお前が好きなことには変わりはない。でも今一線を越えてしまったらお互いに傷つくことになる。」「そうだね。」千尋はそっと歳三の手を握った。「あと少しの辛抱だからな、千尋。」「うん、お休み。」千尋が部屋から出て行くと、歳三は深い溜息を吐いた。(あいつを傷つけたくない。)千尋はまだ純真無垢だ。そんな彼女と肉体関係を持つわけにはいかなかった。これまで築いてきた彼女との関係が一気に壊れてしまう。その事を歳三は何よりも恐れていた。「じゃぁね、トシ兄ちゃん。」「おお、またな。来年の正月はこっちで迎えような。」「わかった。」 羽田空港の国内線出発ロビーで歳三と別れた千尋は、彼の姿が見えなくなるまで手を振った。(またトシ兄ちゃんと離れ離れか・・)歳三と毎年、夏に一緒に過ごしている時間が千尋にとっては安らぎだった。 中学に入ってから、澄の監視が厳しくなり、香織達と映画を観にいくことにも彼女は頑として許可しなかった。水泳部に入部すると決めた日も、澄は千尋を口汚い言葉で罵った。(どうしてお祖母ちゃんは、わたしを嫌うの?わたしが、お母さんの娘だから?)澄と母・睦美との間に何があったのか、千尋は知りたかった。「ねぇ伯母さん、ひとつ聞きたいことがあるんだけど。」「何ね?」「お祖母ちゃんとお母さんの間に、何かあったの?」「千尋ちゃん、こっち来んね。」直子は千尋を自分の部屋へと連れて行くと、一冊のアルバムを本棚から取り出した。「何処から話したらいいかねぇ。睦美はお母さんと仲が悪くてねぇ、もうこげな家に居たくなか!ってあの子がここを飛び出したのは17の時やった。」千尋がアルバムを捲ると、そこには笑顔で映っている幼い睦美と直子の姿があった。「東京に出て、睦美はクラブのホステスとして働いて、外人と付き合ってね。でも彼には妻子がおってね。あの子は大きなお腹を抱えて帰ってきたとき、お母さんはえらい怒りよってね。あんたが生まれるまでいつも二人は喧嘩しとったよ。」「そうだったんだ。それで、わたしのお父さんはどんな人?」「わからんねぇ。でもアメリカ人だって言っとったね。」「そう。」「千尋、お母さんはいつもあんたに辛く当たるけど、あんたの事本当に心配しとるんよ。わかってあげて。」「うん・・」 夏休みが終わって新学期を迎えた千尋は、勉強や部活に忙しく、歳三に手紙を書く時間がなかった。歳三も受験勉強に忙しいようで、手紙が来ることがここ一週間なかった。「西園寺、今日時間あるか?」「え・・」 教室の掃除をしていると、突然水泳部の顧問・木谷から声を掛けられた。「はい、ありますけど・・」「そうか、それなら良かった。じゃぁ理科室に来てくれ。」 木谷は銀縁眼鏡越しに千尋の足を嫌らしい目で見つめた。にほんブログ村にほんブログ村
すらりとした長身を高級スーツで包んだ隼人は歳三と千尋の前に立った。「どうしてそう嫌そうな顔をするんだ、歳三?せっかく会いに来たっていうのに。」「うるせぇ、俺と母さん達の前に二度と現れんじゃねぇよ!」歳三はそう言うと、隼人をにらみつけた。「君、もしかして千尋ちゃん?」隼人の視線が、歳三から千尋へと移った。「あの・・お久しぶりです。」「お久しぶりだね、千尋ちゃん。会わないうちに綺麗になってるね。」隼人はそう言って千尋に一歩近づくと、彼女に微笑んだ。「何のようで来たんだ?」「歳三、本当にうちに来る気はないのか?」「ねぇって言ってるだろ!しつこいんだよ!」歳三が隼人に怒鳴ると、彼は溜息をついた。「そうか。わたしは相当お前に恨まれているな。」「早く帰れよ、あの女のところに!」歳三が憎悪に満ちた目で隼人を睨みつけると、彼は肩を竦めてリムジンへと戻っていった。「トシ兄ちゃん・・」「あいつなんか父親でも何でもねぇよ。」歳三の呟きを聞いた千尋は、彼を抱きしめた。「トシ兄ちゃん、落ち着いて。」怒りで震えている彼の手を千尋が握ると、その震えが少し収まったかのように感じた。「ただいま。」「お帰りなさい。キャンプ、楽しかった?」玄関に入ると、恵津子が朗らかな笑みを二人に浮かべていた。「なぁ母さん、どうしてあいつがうちに来てたの?」「さぁね。」恵津子は言葉を濁し、洗い物をしにキッチンへと向かった。「小母さん、手伝います。」 キッチンで洗い物を手伝っていると、恵津子が急に溜息をついた。「どうしたんですか?」「ねぇ千尋ちゃん、あなたトシの事どう思ってるの?」「トシ兄ちゃんの事は、好きです。男として。」「そう。もしかしてと思ったんだけど、そんな関係にはまだなってないわよね?」「はい・・」恵津子が自分に何を言いたいのか、千尋は解っていた。「トシはあの人を心底憎んでるわ。そして香苗さんもね。この前、あの子こう言ったの。“俺は千尋以外の女とは結婚しない”って。」「そんな事を?」「ええ。千尋ちゃん、あの子をお願いね。」「小母さん・・」自分にそう言った恵津子は、何処か悲しそうな顔をしていた。 千尋は明日福岡に帰ることになっていたが、歳三のことが気になった彼女が彼の部屋へと向かうと、中からくぐもったような声がした。(トシ兄ちゃん、気分が悪いのかな?)そっとドアを開けて中を覗くと、千尋の目に信じられない光景が映っていた。歳三が自分のものを慰めていた。「あ・・あっ、千尋!」歳三は切なげに呻くと、腰を激しく痙攣させて果てた。見てはいけないものを見てしまったと思い、千尋がその場から離れようとしたとき、歳三と目が合ってしまった。「千尋・・」「ごめんなさい、気になって・・」「みっともねぇもん、見せちまったな。」そう言うと、歳三は溜息を吐いた。さっとウェットティッシュで果てた自身にこびりついたものを拭き取ると、千尋を手招きした。「こっち座れ。」「うん・・」千尋が歳三の隣に座ると、彼は気だるそうな顔をしていた。にほんブログ村にほんブログ村
「ん・・」歳三が千尋の乳首を口に含んでそれを舐めると、彼女は甘い喘ぎを漏らした。胸を愛撫した後、彼は千尋のパンティ越しに敏感な部分を指の腹で擦った。「やぁっ」千尋の体が、ビクンと痙攣した。「千尋・・」「トシ兄ちゃん・・」熱で潤んだ瞳で千尋が歳三を見上げると、彼は荒い息を吐いて千尋を抱きしめた。何だか体が急に熱くなってきた。腰の奥がジンと疼くような感覚に襲われ、千尋は歳三を見た。「大丈夫だから・・」歳三はそう言うと下着ごとズボンを下ろすと、千尋のパンティを脱がした。「あ・・」今まで他人に見せたことが無い部分をさらけ出され、千尋は赤面した。歳三は千尋の下半身に顔をうずめると、そこを丹念に舐めた。「トシ兄ちゃん、駄目・・」こんなことをしてはいけないと解っているのに、もっとして欲しいと思う気持ちが、千尋の中で大きく膨らみ始めてゆく。「千尋、ごめん。」不意に千尋の下半身から歳三は退き、彼女に頭を下げた。「俺は間違ったことをした。お前を傷つけてしまったなら、謝るよ。」「トシ兄ちゃん・・」「俺は欲望の余りお前を無理に抱こうとしたんだ。」「いいよ。トシ兄ちゃんにしてもらったことは気持ちよかったけど、まだ駄目だよね、その続きをしちゃ。」千尋がそう言って歳三を見ると、彼は恥ずかしそうに俯いた。「俺、もう行くからな。」「うん、わかった・・」歳三がバンガローの窓から出て行くのを見送った千尋は、窓を閉めた。(何やってんだ俺は!) 浴室で冷たいシャワーを浴びながら、歳三ははやまった行動を取ってしまったことを激しく後悔していた。千尋を抱きたいと思ったのは、間違いではなかった。だが彼女と身体を重ねようとしたとき、一瞬の迷いが生じた。このまま彼女と身体を繋げてもいいのか。感情に任せて取った行動で、千尋を苦しめていいのか。葛藤の末、千尋を抱かなかった。あのまま彼女を抱いていたら、どうなっただろう。きっと二人とも、一生後悔するに違いない。(俺は間違ってなんかいない。)まだ千尋とは一線を越えてはならないと歳三は思った。せめて互いが成人するまでは。 その夜、千尋と歳三は一睡も出来なかった。「おはよう、トシ兄ちゃん。」「おう・・」キャンプ最終日、二人は目の下に隈を作った顔で隣で並んで朝食を取った。「トシ兄ちゃん、東福岡行くって本当?」「ああ。遠距離恋愛中にお前がよそ見したら嫌だからな。」「もう、相変わらず嫉妬深いんだから。」「うるせぇ、お前だって同じだろうが。」歳三はそう言うと、苦笑した。朝食後、帰りのバスの中で二人は熟睡していた。「じゃぁね、由梨ちゃん。」「バイバイ。」学校で由梨達と別れ、歳三と千尋が土方家へと向かうと、家の前に一台の黒塗りのリムジンが停まっていた。「歳三、久しぶりだな。」「親父・・」 リムジンから降りてきた父・隼人を見た途端、歳三は険しい表情を浮かべた。にほんブログ村にほんブログ村
「好きだ、千尋。お前を誰にも渡したくない。」「トシ兄ちゃん・・」 突然の告白に、千尋はどう答えたらいいのか解らなかった。もう、幼い頃のような関係には戻れないことに千尋は気づき始めていた。「うん・・わたしも好きだよ。」千尋はそう言うと、歳三の背中に腕を回した。「ねぇ、もう一回キスして?」「いいよ・・」歳三と舌を絡ませ、激しいキスをした。激しい余りに、千尋は歳三の唇を誤って噛んでしまった。鉄錆の味が、じわりと口腔内に広がった。「ごめん・・」「謝らなくてもいい。もう戻ろうぜ。」「うん。」 愛美が苛々しながら向こうの茂みへと消えていった歳三と千尋を待っていると、二人が戻ってきた。しかも手を繋いで。「トシ、その様子だと上手くいったみたいだな!」「やめろよ勇!」親友のからかいに頬を染める歳三は、何処か嬉しそうだった。(土方君、あの子と付き合うことになったんだ・・)愛美の胸に、千尋への激しい憎悪と嫉妬の炎が燃え上がった。「千尋ちゃん、もしかして土方先輩と付き合うことになったの?」「うん。さっき、キスされた。」「え~!」由梨が大げさに声を上げたものだから、周りの女子達がじろじろと二人を見た。「何それ、あたし信吾と付き合ってるけど、まだキスもされたことないよ!羨ましいなぁ!」「由梨ちゃん、声大きいって・・」千尋は恥ずかしそうに俯きながら、歳三と交わした激しいキスのことを思い出した。 その夜、眠ろうと目を瞑ろうとしても、あのキスが頭から離れなくて千尋はなかなか眠れずにいた。初めてだった、あんなにどきどきしたなんて。今まで歳三は自分にとって実の兄のようなもので、彼も自分を実の妹のように可愛がってくれていた。だけど、これからは違う。(これからどうトシ兄ちゃんと顔を合わせればいいんだろ?)ただのキスだけで、こんなにも心臓が張り裂けそうなのに、これからどうやって歳三と接すればよいのだろう。そんな事を千尋が思っていると、誰かがバンガローの開け放たれた窓から入ってくる気配がした。「千尋、起きてるか?」「トシ兄ちゃん、どうしてここに?」千尋がそう言って歳三を見ると、彼は人差し指を口の前に当てた。「お前に会いたくて来たに決まってんだろ。」「え・・」歳三は千尋が寝ているベッドにもぐりこむと、頭からシーツを被った。「ねぇ、どうしたの?」「うるせぇ、黙ってろ。」彼はそう言うと、千尋の唇を塞いだ。彼の手が、そっと乳房に触れるのを感じた千尋は、これから彼がしようとしていることに気づいて暴れた。「まだ、こんなの・・」「大丈夫、優しくするから。」「でも・・」歳三はそっと千尋が着ているキャミソールの肩紐をずらすと、彼女の首筋を吸い上げた。「あ・・」首筋を吸われ、千尋は余りの気持ちよさに声を上げてしまった。歳三はそんな彼女を見てふっと笑うと、ゆっくりと首筋から胸元にかけて唇を落としていった。にほんブログ村にほんブログ村
群馬で行われた三泊四日のキャンプは、とても楽しかった。千尋は由梨や歩と再会して久しぶりに互いの近況を話したり、遊んだりした。それに何より、歳三といつも一緒にいられた。「ねぇ千尋ちゃん、土方先輩のこと、好きなの?」「え?」昼食のカレーを食べ終え、洗い場で由梨と食器を洗っている時、唐突に彼女にそう聞かれて千尋は返答に困った。「どうしてそんな事・・」「だって、いつも千尋ちゃん土方先輩を見てたでしょ?それに、先輩だって千尋ちゃんの事ばっかり見てたじゃん。でも土方先輩のこと、狙ってる子達多いから気をつけたほうがいいよ。吉田先輩とか、千尋ちゃんの事を裏で悪く言ってたし。」「吉田先輩って・・校門で会った人?」「うん。テニス部の副部長で、可愛い顔してるけどえげつない事してるって専らの噂だよ。ライバルを悉(ことごと)く潰したって話しだよ。」「そんな・・」由梨から初めて愛美に対する黒い噂を聞いた千尋は、彼女が自分に向けた憎悪の眼差しを思い出して鳥肌が立った。「そのテディベアのペンダント、可愛いね。」「ありがと。これ、トシ兄ちゃんにプレゼントされたものなんだ。」「そうなの。」「ねぇ由梨ちゃん、トシ兄ちゃんってどれだけモテるの?」「う~ん、そうだなぁ・・あたし達一年の間にもファンクラブあるし、吉田先輩中心に親衛隊とかもあるよ。」「へぇ・・」歳三は背が高くて美男子で、おまけに頭も切れてスポーツも万能だ。由梨によると、彼が所属している剣道部では、彼の顔みたさにファンクラブの部員達が毎日顔を出しているという。「先輩にとっては迷惑だよね。先輩には千尋ちゃんっていう嫁が居るのにさ。」「そんなっ、嫁なんて・・」千尋は由梨の言葉に赤面していると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。「そんなこと言って、図星なんでしょ?」「由梨ちゃん・・」「まぁ先輩は、千尋ちゃん一筋だしね。高校だってわざわざ東福岡に決めたって知ったファンクラブの子達、泣いてたもん。」「それ、本当なの?」東福岡といえば、ラグビーの強豪校として知られている男子校だ。歳三の成績ならば、東福岡でなくても首都圏の高校や難関校でも難なく進学できるだろう。それなのに何故、彼が東福岡を選んだのか。「愛されているよね、千尋ちゃん。」「そうかな・・」自分のために東福岡に決めてくれたのなら、少し嬉しい。「もう終わったから、水着に着替えよう。」「わかった・・」千尋たちが女子が集まるバンガローに入り、水着に着替えて川へと向かうと、そこには既に歳三たちが集まっていた。歳三の隣には、愛美が居て、ビキニから零れ落ちそうなほどの豊満な胸を揺らしていた。「ねぇ土方君、今度・・」「千尋、来たのか。」歳三は愛美に目もくれずに、千尋のほうへと駆けていった。「似合うかな?」「すっげー可愛いよ。」水玉模様のビキニを着た千尋を、男子達が見ていることに気づいた歳三は、咄嗟に彼女の胸をタオルで覆い隠した。「どうしたの、トシ兄ちゃん?」「少し話したいことがあるから、あっちに行こう。」 人気が無い場所へと歳三は千尋を連れて行くと、彼女はきょとんとした表情を浮かべながら自分を見ている。「どうしたの、さっきからおかしいよ?」「なぁ千尋、俺のことどう思ってる?」「どうって・・わたしはトシ兄ちゃんのことを好きだよ?それがどうかしたの?」千尋の言葉を聞いて、歳三は溜息を吐いた。 彼女が言っている“好き”は、幼い頃から抱いている実の兄への思慕のようなもので、決して男女間での“好き”ではない。だが歳三は後者の意味で千尋が好きだった。誰にも彼女を渡したくなかった。「千尋。」「トシ兄ちゃ・・」歳三にいきなり唇を塞がれ、千尋は急に息苦しくなった。彼の広い背中を叩いたが、彼は自分を離そうとはしなかった。「どうしたの?ねぇ、何か変だよ?」「・・変にしたのはお前だよ、千尋。」歳三はそう呟くと、千尋を抱きしめた。「好きだ、千尋。お前を誰にも渡したくない。」「トシ兄ちゃん・・」 実の兄のように慕ってきた歳三から告白され、千尋は嬉しさと驚きが綯い交ぜとなった表情を浮かべていた。にほんブログ村にほんブログ村
「なぁ千尋、中学では友達出来たか?」「うん。香織ちゃんと絵里菜ちゃんのほかに、同じクラスの子と仲良くなったよ。」「そうか、それは良かったな。もしかして、そいつって男子か?」「そげなことなかろうもん。トシ兄ちゃんはほんとやきもち焼きやねぇ。」「う、うるせぇよ!」歳三は照れくさそうに笑いながら千尋にそっぽを向いた。「ねぇトシ兄ちゃん、まだ夏休み残っとるからそっちに行くね。」「おう、待ってるからな!」 夏休みを半ば過ぎた頃、千尋が東京にやってきた。「千尋、来たのか!」「うん。またトシ兄ちゃん、背が伸びたね。」会うたびに歳三の背が高くなっていることに千尋は気づいた。初潮を迎えてから、千尋の背は162センチで止まったままだったが、歳三はそれよりも10センチ高くなっている。それに何だか格好良くなったような気がした。「どうした?」「ううん、別に。ねぇトシ兄ちゃん、付き合っとる人居ると?」「居ねぇよ。これで安心したか?」「うん・・」雑談しながら二人が歩いていると、歳三は自分に告白してきた女子―吉田愛美(えみ)が向こうから歩いてきた。「あ、土方君。」「吉田、どうした?」愛美は、ちらりと歳三と腕を組んでいる千尋を見た。「その子が、千尋ちゃん?」「そうだけど。」(ふぅん、なかなか可愛いわね・・)長い金髪をお団子にして、花柄のワンピースにハイヒールを履いた千尋の肌は、雪のように白かった。「初めまして、西園寺千尋です。」「ねぇ土方君、今度群馬でキャンプあるんだけど一緒に行かない?」愛美がそう言うと、歳三は二つ返事でキャンプに行くことを承諾した。「千尋はどうする?」「大丈夫よ、伯母さんにはゆっくりしときって言われたもん。」「じゃぁそういうことでいいよな、吉田?」「う、うん・・」(何よこの子、あたしは土方君だけをキャンプに誘ったのに・・)愛美は恋のライバルである千尋を疎ましげに思い、何とか彼女を潰そうとしていた。「じゃぁ行ってくるよ、母さん。」「気をつけてね。千尋ちゃんも。」キャンプ当日、千尋と歳三は学校主催のキャンプで群馬へと向かった。「千尋ちゃん、久しぶり!」「元気にしてた?」 集合場所の中学校のグラウンドへと二人が向かうと、そこには歩や由梨、勇が居た。「うん。キャンプ、楽しみだね。」「うん。」かつてのクラスメイトと楽しげに話している千尋を歳三が見ていると、愛美が近づいてきた。「土方君、おはよ。」「ああ。じゃぁな。」歳三と腕を組もうとした愛美だったが、彼は彼女の脇を通り過ぎ、千尋のほうへと向かっていってしまった。「土方君・・」愛美が二人のほうを見ると、歳三は千尋に何か言われたようで、彼女に笑顔を浮かべていた。 自分には決して見せたことがない笑顔を、彼女の前だけには見せていた。にほんブログ村にほんブログ村
「土方君、少しいい?」「ああ、いいけど。」 いつものように放課後、歳三が帰り支度をしていると、誕生日プレゼントを自分にくれた女子に話しかけられた。「どうした?」「あのね、付き合ってくれないかな?」「え・・」「ずっと前から好きだったの、土方君のこと。」歳三は初めて異性から告白され、戸惑った。「あのさ、悪いんだけど俺、君とは付き合えねぇ。」「何で?」女子の眦が上がった。「福岡に、好きな奴いるんだ。千尋っていって、笑うとスッゲー可愛いんだ。」歳三がそう言ったとき、彼女は嫉妬を瞳の置くに滲ませた。「ねぇ、千尋ちゃんって土方君にとっては実の妹のような存在なんでしょ?だったら、あたし土方君のこと諦めないからね!」「え・・」歳三があっけに取られていると、その女子はさっさと教室から出て行ってしまった。(女って、わかんねぇなぁ・・)何故彼女が千尋に嫉妬しているのか、歳三には解らなかった。「ただいま~」 歳三が帰宅すると、玄関先に女物の靴が置いてあることに気づいた。誰か客でも来ているのかと思い、彼がリビングに入ると、そこには父の浮気相手が恵津子と睨みあう形でソファに座っていた。「あら、歳三君。」浮気相手の香苗は、そう言って歳三にふわりとした笑みを浮かべたが、彼はちっとも香苗のことが美しく思えなかった。 この女は父を、自分と母、姉達から奪った泥棒猫だ。「今更何しに来た?母さんをまた苦しめに来たのか?」「トシ、あんたは部屋に行ってなさい!」恵津子がそう言ってリビングから歳三を追い出そうとしたが、香苗がそれを手で制した。「この際だから、歳三君にもわたし達の話を聞いて貰いましょう。」香苗はそう言うと、ソファから立ち上がって歳三に近づいた。その下腹は、大きく迫り出していた。「歳三君、うちに・・お父さんとわたしと一緒に暮らさない?」「え?」虚を突かれたかのように歳三が香苗を見つめていると、彼女はそっと歳三の手を下腹へと持っていった。「おなかの赤ちゃん、女の子だって判ったの。だからあなたを引き取りたいって、うちの父が・・」「トシはわたしの息子よ!母親から息子を奪うつもりなの!?」恵津子がそう言って香苗を歳三から引き離した。だが香苗は恵津子を無視して歳三に話しかけた。「ねぇ歳三君、お父さんとわたしと一緒に暮らしたら、生活には困らないわ。そこのところをよぉく考えてね。」「何言ってるの、早く帰って頂戴!」「じゃぁわたしはこれで。また来るわね、歳三君。」香苗が出て行った後、歳三は恵津子を見た。「母さん、何がどうなってんだよ?」「あの香苗さんのお父さん、大きな会社を経営していることは知ってるわよね?その人が、跡継ぎの男児が必要だからあんたを寄越せって言ってきたのよ。」「そんな・・」両親の離婚だけでもショックなのに、香苗の父親が自分と恵津子を引き裂こうとしているのを知り、歳三は彼らに対して怒りがわいてきた。 歳三と千尋は、それぞれ小学校を卒業し、春から中学生になった。「千尋、久しぶり。」「トシ兄ちゃん、少し背が伸びたと?」「まぁな。でも声は高いままなんだよ。千尋は綺麗になったな。」 歳三は目の前に立っている千尋が、少し綺麗になったと思った。にほんブログ村にほんブログ村
千尋が初潮を迎えたのは、朝起きたときだった。いつものようにトイレへと向かうと、パンツが真っ赤に染まっていることに気づいた。絵里菜から話は聞いていたので、パニックに陥ることなどはなく、千尋はトイレから出て汚れたパンツを風呂場で洗った。「千尋ちゃん、どうしたと?」「生理・・来た。」「そう、よかったねぇ。」直子はそう言って千尋が初潮を迎えたことを祝福した。「あの子に生理が来たねぇ・・これから色気づくやろうね。」「お母さん、そげんこと言わんでも・・」「せからしか。千尋、あんたは睦美みたいに男の尻を追いかけ回さんようにね。」澄はそう千尋に釘を刺すと、彼女を睨んだ。「はい・・」初潮を迎えてから、澄はますます千尋に辛く当たるようになった。初めてのことばかりで千尋は戸惑いながらも、ふと自分に虐待していた母親のことを思った。彼女は何処で何をしているのだろうか。「お母さん、千尋ちゃんに余り辛く当たらんでください。睦美とはもう何の関係もないし・・」「あの子は・・睦美は色気づいとった。千尋もあの子の血をひいとる。」澄はそう吐き捨てるかのような口調で言うと、自分の部屋へと戻っていってしまった。「またお義母さんと言い争っとったと?」弘志が浮かない顔をした妻にそう話しかけると、彼女は頷いた。「お母さん、千尋ちゃんの事気に入らんみたいよ。千尋ちゃんに生理来てから、辛く当たるようになっとって・・」「まぁ千尋ちゃんは美人やからな、何か事件でも起こったらと思うたらなぁ・・」「そげな事言わんで。千尋ちゃんには東京にボーイフレンドが居るんやから、心配なか。」「そうやなぁ・・取り越し苦労か。」弘志はそう言って煙草を美味そうに吸った。「あんた、また吸いよったと?いい加減にせんと・・」「そうすぐにやめられんと。」「ただいま~」千尋が帰宅すると、澄が彼女を睨んできた。「千尋、こっち来んしゃい。」「はい・・」千尋は澄の部屋へと向かうと、彼女は自分の前に置いてある座布団に座るよう言った。「あの・・」「あんた、東京に好きな人がおると?」「はい。でもトシ兄ちゃんは実のお兄ちゃんのような人で・・」「そうか、そんなら安心した。千尋、男に体を許したらいかんよ。そげな事したら、あんたの人生を棒に振るんやから。」「はい・・」そのときはまだ、澄が言った言葉の意味が解らずにいたが、男に体を許すことはとても恐ろしいことなのだと解った。「千尋、来年から中学だな。」「うん。ねぇトシ兄ちゃん、おじさんと連絡取ってる?」「まぁな。母さんは“あんたの好きになさい”って言ってるし。父さんはあの人と俺を会わせてないよ。」歳三の父親が浮気して離婚したこと、その浮気相手が妊娠していることを千尋は知っていた。「あ、これ誕生日プレゼント、遅くなったけど。」「サンキュ。実はさぁ、同じクラスの女子から誕生日プレゼント貰ったんだけど、やっぱり千尋からのプレゼントのほうが嬉しいや!」「そう・・」 千尋は少し、嫉妬を覚えた。にほんブログ村にほんブログ村
「ねぇ千尋ちゃん、アレ来た?」「アレって?」 夏休みもそろそろ終わろうとしているとき、スイミングスクールで千尋が水着に着替えていたら、絵里菜が唐突にそんな事を聞いてきた。「アレって・・生理のことよ。もう香織ちゃんも理恵子ちゃんも来とるって。」「へぇ・・」初潮のことは、理科の授業で先生が解りやすく説明してくれたから、ある程度の知識は持っていたが、いざそれが自分の身に起こることを、なかなか想像できないでいた。「何でも血が一杯出て、死にそうだと思うたって。」「ふぅん・・絵里菜ちゃんはもう来たん?」「一週間くらい前に来たよ。お母さんは赤飯炊いてケーキで祝っとった。誕生日でもクリマスでも無いのに祝うん?って聞いたら、お母さんは“あんたが大人の仲間入りをしたから、祝うとよ”って。」(大人の仲間入り、かぁ・・)初潮を迎えることは、すなわち大人の女性としての人生を歩むことだ。そんな経験をまだ自分が体験していないことに、千尋は少しコンプレックスを抱き始めていた。「千尋ちゃん、どうしたん?」「あのね伯母さん、まだうち生理来んの。絵里菜ちゃんや香織ちゃんは来とるのに。」「何ね、心配せんでもよか。伯母さんだって生理来たんは、中学入ってからやったよ。自然のことやから、焦らんでもよか。」直子の言葉に、千尋は少し励まされた。 一方東京では、歳三が自分の身に起こった変化に戸惑っていた。「どうしたの、トシ?」「何でもねぇよ。」何処か後ろめたく、照れ臭い顔をしている息子を見て、恵津子は彼が大人の仲間入りをしたことに気づいた。「今日は早く帰ってきなさいね。」「わかった・・」「おはよう、勇!」「トシ、どうしたんだ?やけに大人しいじゃねぇか?」「そんな事ぁねぇよ。それにしても千尋、最近元気にしてっかなぁ?」「まぁた千尋ちゃんかよ!本当にトシは千尋ちゃんのことが好きなんだなぁ。」勇は呆れたようにそう言うと、大げさな溜息を吐いた。「去年の夏、千尋とゲーセンで不良に絡まれてさ、近くを通りかかったおっさんに助けられたんだ。それで千尋、おっさんがかっこいいとか言ってさぁ。」「まさかお前、そんな事でそのおっさんに嫉妬したわけ?」「まぁな。俺以外の男を見るなんて、嫌だったし。」歳三の言葉に、勇は我慢できずに噴き出した。「お前、相当やきもち焼いてんなぁ。もし千尋が福岡で新しいボーイフレンドとか出来たとか言った日にゃぁ、そいつ殺されるな。」「おい、からかうんじゃねぇよ、俺は別に・・」体育の授業中、勇がしつこくからかってきたので、歳三はムキになって言い返していた。そのとき、数人の女子が歳三達の元に駆け寄ってきた。「土方君、これ!」「え?」「あさって誕生日でしょう?」「ああ、サンキュ。」クラスメイトの女子からプレゼントを受け取った歳三を、彼女の友人達は黄色い悲鳴を上げながら向こうへと駆けていった。「何だよ、一体・・」「ったく、トシは鈍いなぁ。あの子、お前のことが好きなんだよ。」「へぇ、そうなのか。まぁ俺には千尋が居るからな。」(何処まで鈍いんだか・・) 親友の鈍感さに、勇は少し呆れていた。にほんブログ村にほんブログ村
「どうした、千尋?何か元気ないぞ。」「うん・・」 夏休みに入った頃、歳三が福岡に遊びに来た。「通ってたサッカー教室、閉鎖されちゃったんだ。」「そうか。それは残念だな。」歳三はそう言うと、千尋を見た。「なぁ千尋、俺暫くこっちに来れないと思うんだ。」「え、何で?」千尋がそう言って歳三を見ると、彼は溜息を吐いてこういった。「実は・・両親が離婚するかもしれないんだ。」「あんなに仲が良かったのに?」千尋が覚えている限りでは、歳三の両親は仲睦まじかった。それなのに、何故彼らが離婚することになってしまったのか、わけが解らなかった。「何でも、父さんが他の女と浮気してたんだって。父さん、モテるからなぁ。」「それで、トシ兄ちゃんはどうするの?」「さぁ・・解らねぇ。まだ頭が混乱していて・・」歳三はそう言うと、ゲームボーイをリュックの中から取り出し、スイッチを入れてゲームを始めた。「ちょっと出かけてくるね。」千尋は今、彼を一人にした方がいいと思い、歳三にそう声をかけると、家から出て行った。(トシ兄ちゃんと、もう会えなくなっちゃうのかな・・) 家を出て自転車で近所を散歩していると、千尋は近くのゲームセンターで悟の姿を見つけた。彼にはいろいろと嫌がらせをされていたので、千尋は彼とかかわりあいたくなかったので、ゲームセンターの前を急いで通り過ぎた。「おう、誰かと思うたら千尋やないか?」背後で突然声がしたかと思うと、千尋は誰かに髪を掴まれた。彼女が振り向くと、そこには悟と同じ中学に通っている不良少年・西田が立っていた。「何か?」「何ね、そん口の利き方は?目上の者に対しての礼儀がなっとらん。」西田はそう言うと、千尋を殴ろうと腕を振り上げた。「千尋から離れろよ。」反射的に目をつぶった千尋が聞いたのは、今まで一度も聞いたことのない歳三の声だった。「何ね、お前には関係なか、引っ込んどれ!」「千尋を放せって言ってんだよ!」歳三は自分よりも背が高い西田にそういうなり、彼の向こう脛を蹴った。「生意気なガキ!」西田は獣のような唸り声を上げると、歳三の胸倉を掴んだ。「こら、何しとるか!」「ゲッ」向こうの通りから男性がやってきたのを見た西田は、歳三を突き飛ばして脱兎のごとく逃げていった。「坊や、怪我はないか?」「はい。」「トシ兄ちゃん、帰ろう。」千尋はそう言うと歳三を助け起こし、男性に頭を下げた。「助けてくれて、ありがとうございました。」「こんなところに来たらいかんよ。悪い奴がおるから。」男性は歳三たちにそう微笑むと、彼らの前から去っていった。「ねぇトシ兄ちゃん、さっきのおじさん、かっこよかったね。」「ふん、あんな野郎一人、倒せるぜ。千尋、もしかして俺よりもあのオッサンのほうが・・」歳三がそう言うと、千尋は噴き出した。「そんな嫉妬せんでもよか。ただお父さんが居たらあんな感じかなぁって。」「ふぅん・・ならいいけどよ。」 歳三はこのとき、父親ほどの年齢の男性に対して軽く嫉妬してしまったことに後悔してしまった。にほんブログ村にほんブログ村
年が明けても、香織達の陰湿ないじめはなくなるどころか、更にエスカレートしていった。例えば、体育でペアを組むとき、香織は女子達に千尋と組まないよう指示し、それを見かねた男子達が千尋を仲間に入れた。「西園寺さんは男好きやねぇ。」「そうそう、母親が男好きやから。」わざと千尋にだけ聞こえるような声で、香織達はそう陰口を叩いた。彼女達が何故自分の母親について知っているのか、千尋にはわからなかった。 やがて三年になり、クラス替えが行われた。幸いにも、絵里菜とは同じクラスだったが、香織たちとは別のクラスだった。「千尋ちゃん、庇ってあげられんでごめんね。」新学期初日、絵里菜はそう言うと千尋にいじめを止められなかったことを謝った。「いいよ、別に気にしとらんし。絵里菜ちゃんは好きでした訳やなかろ?」「うん、そうやけど・・香織ちゃんには逆らえんのよ。あの子家にうちの親、金借りとるから・・」絵里菜はそう言って口ごもり、俯いた。 絵里菜と香織との間に何があるのかは解らないが、千尋は香織の言いなりには絶対にならないと決めていた。「千尋、これ。」 ある日の放課後、千尋が靴を履き替えていると、香織がそう言って自分のランドセルを千尋に渡した。「あんたの言いなりには、うちはならん。」「何ね、生意気ね!あんたうちに逆らうと!?」「ランドセルくらい自分で持って帰らんね。」千尋は香織にランドセルを突き返すと、さっさと学校から出て行った。香織は苛立ちをぶつけるかのように、ランドセルを地面に叩き付けた。 それからというもの、千尋と香織の関係は学年が進むにつれて悪化してゆき、廊下で擦れ違っても互いに挨拶をしないようになっていた。香織の家は小学校周辺の土地を買い取っている不動産屋で、金貸しもしていたから大変裕福な生活を送っており、絵里菜をはじめとする数人の保護者から金を貸していたので、香織は親同士の力関係を利用してボスとして学校に君臨していた。今まで自分に逆らう者は容赦なく徹底的に潰していた香織だったが、千尋が初めて自分に逆らい、尚且つ自分に反撃してくることに香織は苛立っていた。「気にいらん・・」「どげんしたと、香織?そげな怖か顔しとうと、美人が台無したい。」「お父ちゃん・・」部屋で寛いでいると、父親の洋司が怪訝そうな顔で香織を見つめていた。「お父ちゃん、最近生意気な子がおって、その子の顔見るたびにイライラするんよ。」「そげな子、気にせんでよか。」「あの子の母親、外人に全財産騙し取られて捨てられて、若い男を部屋に引き摺り込みよったって、お母ちゃんから聞いとるよ。そげな母親持って恥ずかしいと思わんとね、あの子は?」「・・本当に、お母ちゃんから今の話聞いたとね?」「え?」「香織、お父ちゃんの目ば見て答えんね。」香織が洋司を見ると、彼は怖い顔をしていた。「お母ちゃんから、聞いた・・」「香織、少し部屋で待っとれ。お母ちゃんと話してくる。」洋司は香織の部屋から出ると、キッチンで夕飯の支度をしている妻に詰め寄った。「お前、香織相手に変な話を吹き込んどったろう!?」「何ね、あんた!あの千尋とかいう子の事は、本当の事やないね!」「子ども相手に言うことか、お前は!」洋司は妻をそう怒鳴ると、彼女は恐怖で身を竦めた。 暫く下で父の怒鳴り声が聞こえたかと思うと、再び彼は自分の部屋に入ってきた。「香織、お母ちゃんにはよう言い聞かせたから、もう心配せんでもよか。」何が心配しなくてもよいのか、香織は訳が解らなかったが、これ以上千尋の悪口を学校で言いふらしたら今度は自分が父に怒鳴られる番だと解った。「絵里菜ちゃん、おはよう。」「おはよう。ねぇ千尋ちゃん、最近香織ちゃんおとなしくなっとると。」「あの子が?また何か企んどるやない?」ランドセルからノートと教科書を取り出していると、香織が千尋達の教室に入ってきた。「何ね、何か用ね?」千尋がじろりと香織を見ると、彼女は驚いたことに千尋に向かって頭を下げた。「今まで悪口言ったりして、ごめん。」突然今までの非礼を香織が詫びてきたので、千尋は驚いたが、彼女が嘘を吐いていないことに気づいた。「いいよ、もう。済んだ事だし。」千尋と香織が仲直りし、悪化していた二人の関係は少しずつ修復されていった。「千尋ちゃん、ちょっと話があるんやけど。」「はい・・」 5年生になり、もうすぐ夏休みを迎えようとしていた千尋は、直子に呼び出されてリビングに入ると、彼女は何処か暗い表情を浮かべていた。「あのね、サッカー教室のことやけど・・今月いっぱいで閉鎖になるんよ。」「え?」「何でも、先生のお父さんが亡くなって、経営が厳しくなったとかで・・千尋ちゃんには言い辛かったんやけど・・」 今まで心の拠り所であったサッカー教室が閉鎖されることを知り、千尋は呆然としていた。にほんブログ村にほんブログ村
「絵里菜、これ燃やして来んね。」 5時間目が終わった後、絵里菜は香織達に呼び出されて焼却炉へとやってくると、彼女は千尋の漢字ノートを握っていた。「香織ちゃん、こげなことせんでも・・」「あの子、好かん。あの子を見とると何かいらいらするんよ。」香織はそう言うと、絵里菜を見た。「あんた、うちに逆らうとどうなるかわかっとうよね?」「うちには出来ん。」絵里菜は香織の手から漢字ノートを奪うと、焼却炉を後にした。「そうだったの・・」「あたしは何があっても千尋ちゃんの味方やから。」「ありがとう、絵里菜ちゃん。」抱き合う千尋と絵里菜の姿を、香織は憎しみの籠もった目で睨みつけていた。 それから香織は二人に何もしなかったが、運動会を迎える頃になると、急に千尋に対するクラスメイトの態度が少しよそよそしくなった。(一体何が・・)訳がわからぬまま、サッカー教室に行くと、隣のクラスの吉田が話しかけてきた。「なぁ西園寺さん、変な噂が流れてるよ。」「変な噂って?」「何でも、君んとこのお母さん、男に騙されて全財産盗られたって。」「え・・」忘れようと努めていた母についての噂を初めて聞き、千尋は驚愕の表情を浮かべた。「余り気にしないほうがいいよ。」「うん・・」 帰宅した千尋が玄関先で靴を脱いでいると、リビングから話し声が聞こえた。「全く、睦美の噂の所為でうちは近所から白い目で見られとる!警察沙汰になってから、うちの恥さらしもいいとこたい!」「お母さん、落ち着いて・・」怒り狂う澄と、それを宥める直子の声が聞こえて、千尋は二階の自分の部屋へと上がった。(お母さん、一体何があったの?)母に関する悪意に満ちた噂に、千尋は傷ついていた。 二学期も終わり、千尋は一旦東京に帰ることになった。「千尋、気をつけて行って来るんよ。」「解りました、行ってきます。」福岡空港で初めて東京行きの飛行機に乗り、千尋が国内線の到着ゲートから出てくると、そこには恵津子と歳三が彼女を出迎えた。「千尋、久しぶりだな!」「トシ兄ちゃん!」千尋は歳三の顔を見るなり、彼に抱きついた。「元気しとった?風邪とかひいとらん?」「千尋、すっかり博多弁がうつってるな。さてと、これから家に帰ろう。」「うん!」久しぶりに手を繋ぎながら、千尋は歳三とともに土方家のリビングに入った。「なぁ千尋、向こうの学校はどうだ?いじめられてないか?」「うん・・大丈夫だよ。」母の変な噂により、香織たちから無視されていることを、千尋は歳三に言えなかった。「来年の夏休み、そっちに行くからさ、それまで待ってろよ。」「うん、待ってる・・」千尋はそう言うと、涙を堪えた。「あ、これ渡すの忘れてた。」歳三は照れくさそうに笑うと、コートのポケットの中からラッピングされた箱を取り出した。「メリークリスマス、千尋。」「ありがとう、トシ兄ちゃん。」 千尋が箱のラッピングを解くと、そこにはテディベアのペンダントが入っていた。「どう、似合う?」「ああ。」 土方家で過ごす冬休みはあっという間に過ぎてゆき、千尋は福岡へと帰っていった。にほんブログ村にほんブログ村
「千尋ちゃん、どこから来たと?」 千尋が担任に指定された席に腰を下ろした途端、右隣に座っていた少女が彼女に話しかけてきた。「東京から。」「へぇ、かっこよかぁ。あ、うちは沢村絵里菜。宜しくね。」「こちらこそ。」全く知らない子ども達が居る中で、千尋はすぐさま絵里菜と友達になった。「ねぇ千尋ちゃんは、好きな人居ると?」「う~ん、どうかなぁ・・」 ある日の放課後、千尋は絵里菜と帰りながら、自然と恋の話になった。突然彼女から好きな人が誰かを聞かれ、千尋の脳裏には歳三の顔が浮かんだ。(トシ兄ちゃんは、好きな人じゃないもん。)歳三は自分にとっては実の兄のようなもので、好きな人ではない。「絵里菜ちゃんは、好きな人居るの?」「うん、居るよ。隣のクラスの吉田君。サッカーが上手くて格好良いんよ。あたし、もし結婚するとしたら吉田君と結婚したかぁ!」それから二人は、お互いの家まで楽しくおしゃべりして別れた。「じゃぁね千尋ちゃん、また明日ね。」「うん、バイバイ。」絵里菜と千尋は帰る方向が違うので、千尋は途中で彼女と別れて家路に着いた。「ただいま。」「お帰り、千尋ちゃん。学校はどうやった?」玄関で靴を脱いでいると、直子が笑顔で彼女を出迎えた。「友達が出来たよ。絵里菜ちゃんっていうの。」「そう。それは良かったね。おやつキッチンに置いとるから、食べなさい。」「はぁい。伯母さん、お祖母ちゃんは?」「ああ、お母さんなら詩吟の会に行っとうよ。今夜は遅くなるとか言うとったよ。」「そうですか・・」いつも自分に対して口煩く、辛く当たる祖母が居ないと知ると、千尋は少しホッとした。「ねぇ千尋ちゃん、東京で何お稽古事しとった?ピアノとか?」「いいえ。お母さんは働くだけで精一杯でしたから。伯母さんも、生活が苦しいだろうし・・」「そんな気を遣わんでもよかよ。千尋ちゃんがやりたい言うんなら、何でもさせてあげたいんよ。」直子は子どもながらに気を遣う千尋の頭を撫でた。「じゃぁ、サッカーを習いたいです。幼稚園で少し習ってたんで・・」「そう。お金のことは心配せんでよかよ。」 その翌日、直子は千尋を連れてサッカー教室の見学へと来ていた。教室の生徒は男子が多く、女子は数人しかいなかった。「ねぇ、これやったら千尋ちゃんに似合うねぇ。」「そうですか?」スポーツ用品店で、直子は千尋とスパイクを選んでいた。「これからいろいろとお金がかかると思いますけど・・」「あんたは可愛い姪っ子やから、何でもしてやるたい。気にせんでもよかよ。」 サッカー教室へと通い始めてから、千尋はクラスの男子達数人とも少し打ち解けてきた。「千尋、一緒に帰ろう!」「うん!」ある日、千尋は練習を終えてクラスの男子達と帰っていった。「何ねあの子、佐々木君とやけに親しげに話しとる。」「ああ、東京から来た転校生たい。確か千尋って言うとった。」「千尋って、あの子の母さん、男に騙されて全財産巻き上げられたっていう噂たい。」「気に入らんね、あの子・・」 翌朝千尋がいつものように登校していると、途中で絵里菜と会った。「絵里菜ちゃん、おはよう。」「おはよう。ねぇ千尋ちゃん、サッカー教室に通い始めたん?」「うん。でもどうしてそんな事知ってるの?」「さっき、山下さんが話しとったんよ、千尋ちゃんのこと。あの子嫉妬深いところあるから、気をつけた方がよかよ。」「うん・・」教室に入ると、千尋は背後から刺すような視線を感じて振り向くと、そこには数人の女子達が自分を睨みつけていた。「あんたが、西園寺さん?」「そうだけど・・」「佐々木君とこの前、仲良く歩いとったろ?」山下香織は、そう言うと千尋を牽制するかのように彼女を再び睨んだ。「そうだけど、それはサッカー教室の帰りが一緒だったからよ。」「そう。」香織は千尋の答えに満足したようで、取り巻き達を引き連れて教室から出て行った。「千尋ちゃん、ちょっと。」 放課後、千尋が教室の掃除をしていると、絵里菜が彼女の腕を掴んだ。「どうしたの、絵里菜ちゃん?」「山下さん、千尋ちゃんのこと気にいらんみたいよ。」絵里菜はそう言うと、千尋の漢字ノートを渡した。「どうしたの、これ?」「これ燃やせって、山下さんに言われたけど、出来んかった。」 絵里菜の言葉に、千尋は驚愕の表情を浮かべた。にほんブログ村にほんブログ村
「お前か、あの女が外人と作った子っていうんは。」少年はそう言うと口端を上げて笑うと、千尋に一歩近づいてきた。「何ですか?」「目上の者に向かってその口の利き方はなんね!」少年の眦が上がったかと思うと、左頬に千尋は熱を感じた。「あんた、千尋ちゃんに何しようと!?」脱衣所のドアが開き、直子が千尋を庇う様に少年と彼女のとの間に割り込んだ。「こいつが生意気な口利きよるから、躾けただけたい。」「こげな小さか女の子に手を上げて、何が躾ね!千尋ちゃん、痛かったやろう?」そこで初めて、千尋は少年に叩かれたことに気づいた。「千尋ちゃんに謝らんね!」「何で俺が女なんかに謝らならんね!」少年はキッと直子を睨みつけると、脱衣所から出て行った。「ごめんね千尋ちゃん、あの子の事は気にせんでいいからね?」「はい・・」 その後、夕食の席にはあの少年は居なかった。「悟はどうしたとね?」「あの子なら部屋で拗ねとるよ。放っておき。」「一体何があったと?」「脱衣所であの子、千尋ちゃんに手を上げたんよ。」「なんね、そげなことで目くじら立てんでよかろうに。」澄の言葉を聞いた弘志が怒りで目を剥いた。「お義母さん、何言いよっと!」「せからしか、弘志!大体、うちはこの子を引き取るんは反対したと!悟が大変な時期にこんな子を引き取らんでもよかろうもん!」彼女がそう叫んだとき、庭の方から犬が吠える声が聞こえた。「千尋ちゃん、済まないけど、ジョンにえさやってくれんね?」「はい・・」勝手口から庭へと出ると、そこには一匹のセントバーナードが涎を垂らしながら千尋をじろりと見た。 今までこんなに大きな犬を見たことがなかった千尋は、恐る恐るセントバーナードの前に餌を置くと、彼は猛烈な勢いでそれを平らげた。「ジョン、千尋ちゃんね。千尋ちゃん、ジョンに自分の臭いを嗅がせんね。」千尋はそっとジョンの鼻先に手を差し出すと、彼はそれをくんくんと嗅いだかと思うと、大きな舌でべろりと彼女の手を舐めた。「気に入られたみたいやね。」「これから宜しくね、ジョン。」千尋がそう言ってそっとジョンの頭を撫でると、彼は嬉しそうに吠えた。 こうして、千尋は伯母一家と暮らすことになった。『トシ兄ちゃんへ、福岡の伯父さんや伯母さんはとてもいい人たちで、わたしに良くしてくれます。それに、セントバーナードのジョンとも仲良くなりました。だから何も心配しなくてもいいよ。 千尋より。』歳三は千尋からの手紙を読むと、嬉しそうに笑った。(あいつ、元気でやってるんだな・・)福岡の親戚の元で、千尋は幸せに暮らしていると、歳三は信じて疑わなかった。だが、千尋を歓迎しているのは伯母夫婦だけで、祖母の澄と従兄の悟は千尋を邪険に扱った。特に澄は、千尋の母親・睦美と過去に確執があったらしく、その娘である千尋に何かと辛く当たった。「千尋、まだ風呂掃除が終わっとらんよ!」「すいません・・」「あんたはお情けでここに置いて貰ってるんやから、家の仕事はちゃんとやってもらわんと!」千尋は涙を堪えながら、風呂掃除に取り掛かった。やがて長い夏休みが終わり、二学期を迎えた千尋は、転校先の学校へと向かった。「西園寺千尋です、宜しくお願いします。」 そう言って教壇の前で自己紹介する千尋を、クラスメイト達は拍手で迎えた。にほんブログ村にほんブログ村
千尋が暫くリビングで作業服姿の男と話していると、和服姿の老女が入ってきた。「弘志、この子ね?」「お義母さん、千尋です。千尋、お前のお祖母ちゃんや、挨拶しろ。」「初めまして・・」千尋がそう言って老女に挨拶すると、彼女はじろりと千尋を睨んだ。「全く、睦美の男癖の悪さは治っとらんかったね。こげな子をうちに押し付けて・・」「お義母さん、子どもの前でそんなこと・・」咄嗟に男が千尋を庇ったが、老女は鼻を鳴らしてキッチンへと行ってしまった。「気にせんでよか。ばあちゃんは機嫌悪い時があると。」作業服姿の男―千尋の伯父にあたる弘志は、そう言って千尋を慰めると、庭へと出て行った。「千尋ちゃん、どげんしたと?」「おばさん・・わたし、お祖母ちゃんに嫌われているんですか?さっき、凄い目で睨まれて・・」「お母さんのことは気にせんでよか。それよりも千尋ちゃん、まだお昼食べとらん?」直子の言葉に、千尋は静かに頷いた。「そう。じゃぁこれからカレー作るからね。」「あの、お手伝いしてもいいですか?」 この家のキッチンはきちんと整理整頓されていて、食器やスプーン、フォークの置き場所が一目でわかるほどだった。「千尋ちゃん、カレー皿はあっちの棚にあるから。」「はい。」千尋が台に乗って棚からカレー皿を取ろうとした時、彼女はバランスを崩して台から落ちそうになった。「何しとうと!」背後で鋭い声がしたかと思うと、先ほどの老女が千尋の身体を支えた。「すいません・・」「そげなことせんでよか!」「お母さん、そんなにきつく怒らんでも・・」「せからしか!直子、余所の子に台所仕事を手伝わせたらいかん!」老女の剣幕に千尋は泣き出しそうになったが、ぐっとそれを堪えた。「お義母さん、そげな事言わんでよか。千尋ちゃんは悪気があってやったことやないし。」弘志はキッチンに入ると、千尋に優しく声をかけた。「千尋ちゃん、怪我は?」「ありません。」「弘志、その子を甘やかしとると、痛い目に遭うても知らんよ!」老女は去り際に千尋にわざとぶつかりながら、自分の部屋へと戻っていった。 伯母夫婦は、千尋に優しくしてくれたが、母方の祖母にあたる澄は自分を歓迎していないことに、千尋は薄々と気づいていた。「千尋ちゃん、前の学校ではどこまで勉強進んだと?」「ここまでです。」千尋はリュックの中から前の学校で使っていた計算ドリルと漢字ドリルを取り出して一学期までやったところを直子に見せると、彼女は目を丸くした。「そこまで進んどうとね?新しい学校ではまだそこまで進んどらんとよ。」直子はそう言って千尋の漢字ドリルと計算ドリルを彼女に返すと、椅子に腰を下ろした。「転校手続きはもうしたから、二学期から通うことになるけど、心配せんでよかよ。」「はい・・」夏休みまであと残り僅かだったが、中途半端な時期に転校するよりも、二学期からの方がちょうどいいと、直子たちが話した末に決めたことだった。「夏休みの宿題は学校から貰って、そこのプリントに一覧が書いてあるけん、後で読んどき。」「はい。」リビングで千尋が夏休みの宿題が書かれてあるプリントを見ると、自由研究と図工、読書感想文の中に、「夏休みドリル」というものがあった。「夏休みドリルって、なんですか?」「これを毎日やって来いって、先生が言いよったよ。」直子がそう千尋に手渡したものは、国語・算数・理科・社会の問題が40日間分載っているドリルだった。パラパラとページを捲ってみると、どれも簡単な問題ばかりだった。「お風呂入るまで、これやっておいていいですか?」「わかった。」 千尋がリビングでドリルをしていると、澄がリビングのソファに腰を下ろしてテレビをつけ、時代劇を観始めた。テレビの音が少しうるさかったが、そんなことを澄に言っても聞いてはくれないだろうと思い、千尋はドリルの問題を解くことに集中した。「千尋ちゃん、お風呂沸いたよ。」「はい。」ドリルをリュックの中にしまい、千尋が風呂に入ろうとリビングから出たとき、階段で誰かが自分のことを覗いている事に気づき、彼女は階段の方を見たが、そこには誰もいなかった。「千尋ちゃん、どげんしたと?」「何でもありません・・」(おかしいな、さっき確かに誰かに見られていたような気がしたのに。) 千尋が風呂から上がって髪をドライヤーで乾かしていると、脱衣所に中学生くらいの少年が入ってきた。にほんブログ村にほんブログ村
あっという間に歳三と約束していた夏祭りの夜が来た。「トシ、千尋ちゃん、気をつけてね。」「わかってるよ、母さん。千尋、行こうぜ!」歳三は千尋と手を繋ぎながら、夏祭りが行われている神社へと向かった。 彼らが着くと、そこには既に多くの客達が集まり、屋台がいくつか出ていた。「千尋、何か食べたいもんあるか?」「綿菓子食べたいな。」「そっか。じゃぁ行こうぜ。」 二人で綿菓子を半分こして食べていると、千尋がある屋台の前で停まった。そこは、女の子向けの雑貨が売ってある屋台で、おもちゃの指輪や髪飾りが並んでいた。「欲しいものあるのか?」「うん・・あれ。」千尋が指した先には、ハート型をした指輪がプラスチックのケースに入っていた。「じゃあ買ってやるよ。」「ありがとう、トシ兄ちゃん。」千尋はそう言って笑うと、指輪が入ったケースをなくしてしまわぬよう巾着袋の中に入れた。「せっかく買ったんだから、俺がつけてやるよ。」「え、いいの?」「いいんだよ。」千尋が指輪をケースごと出すと、ピンクのハート型の石が、人工的な明かりの下で美しく光っていた。「似合ってる?」「ああ。」千尋は左手薬指に嵌められた指輪を嬉しそうに何度も見ながら、歳三と夏祭りを楽しんだ。「ねぇ、トシ兄ちゃん。」「何だ?」「トシ兄ちゃんと離れ離れになるかもしれないけれど・・わたしの事、忘れないでくれる?」「馬鹿、忘れるわけねぇだろ。千尋、どんなに辛いことがあっても俺のこと思い出せよ、わかったな?」「うん、わかった。」この日、二人が交わした約束の重さを、彼らは後で知ることになるが、それはまた別の話である。「お休み、千尋。」「お休み、トシ兄ちゃん。」今日も千尋は歳三に抱かれながら眠りに就いた。ずっとこのまま彼と居られたら、どんなに幸せだろうか。だが時は残酷に過ぎ、千尋が親戚に引き取られる日が来た。「元気でね、千尋ちゃん。」「うん。」別れの日の朝、千尋は土方家の人たちに挨拶をして、車に乗り込んだ。「千尋、頑張るんだぞ!」車の窓を開けると、歳三が車を追いかけようと必死に自転車を漕いでいた。「トシ兄ちゃん、わたし頑張るよ、どんなことがあっても絶対に負けないから!」涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、千尋は歳三にそう告げると、彼も泣いていた。 こうして彼女は生まれ故郷を離れ、福岡に居る母方の親戚の家へと向かった。「あんたが千尋ちゃんね?」千尋を迎えたのは、母親の姉である直子だった。「わざわざ東京から来たから、長旅で疲れたやろう?今麦茶入れるから、ここで待っとってね。」「はい・・」 リビングで直子を待っていると、千尋は不意に視線を感じて扉のほうを見ると、そこには作業服姿の男が立っていた。「君が千尋ちゃんね?話は聞いとうとよ。」「お世話になります。」「そう緊張せんでもよか。」男はそう言って笑うと、千尋の頭を優しく撫でた。にほんブログ村にほんブログ村
千尋の退院祝いのパーティーで、彼女は穏やかでいて楽しい時間を過ごしていた。「千尋、夏祭り行けることになってよかったな。」「うん・・」千尋は歳三にはにかんだような笑みを浮かべながらそう頷くと、彼はそっと彼女の手を握った。「困ったことがあったら、俺に言えよ。」「まるでお前はお姫様を守る騎士みたいだな、トシ!」「う、うるせぇよ!」歳三は真っ赤になって怒ったが、勇達はヒューヒューと彼をはやし立てた。「千尋ちゃん、どうしたの?まだ気分悪いの?」千尋が九州の親戚に預けられることをどうみんなに言おうかと思っていたとき、恵津子が彼女の様子を見てそう話しかけてきた。「小母さん、あのね・・」「母ちゃん、ケーキまだ!?」「はいはい、あんた全部食べるんじゃないわよ、トシ!」「わかってるよ!」恵津子は冷蔵庫からケーキを取り出し、歳三たちの元へと向かう前に、千尋の耳元でこう囁いた。「みんなが帰ったら、話聞くからね。」「はい。」「じゃぁ、一緒にケーキ食べよっか。トシに食べられる前に。」 パーティーが終わり、歳三と千尋は汚れた食器を一緒に洗っていた。「ねぇトシ兄ちゃん、わたしが居なくなったらどうする?」「何言ってんだ、千尋は何処にも行かねえだろ?」「あのね、今日児童相談所の人が来て・・母方の親戚が、わたしを引き取りたいって。」「そうなんだ、よかったじゃん!」「全然良くないよ。」そう言った千尋の声は、何処か冷たいものだった。「九州に行かないといけないの、わたし。だからもう、トシ兄ちゃんとはもう会えないの。」「千尋・・」歳三はそっと、千尋の手を握った。「なぁ千尋、九州に引っ越すとしても俺達はいつか会えるよ。」「本当に?」「ああ。向こうに行ったらさ、住所教えろよ。手紙書くからさ。」「わかった。」千尋は少し背伸びすると、歳三の頬にキスをした。「トシ兄ちゃん、大好き。」「馬鹿野郎、照れるじゃねぇか!」 その夜、歳三と千尋は同じベッドで眠った。「これからあの子、九州の親戚のところに行くんですって。」「そうか。母親が警察に逮捕されたから、どうなるかと思ったよ。でもこれで一安心だ。」恵津子が千尋に夫のことを報告すると、彼はそう言ってビールを飲んだ。「あの子が親戚のところに行って幸せになれるわけじゃないわ。長年音信不通だった親戚が千尋ちゃんを急に引き取るだなんて、何か裏があるに違いないわ。」「お前はすぐ人を疑うんだから。大丈夫、千尋ちゃんは向こうで幸せになるよ。」楽天家な夫の態度に、恵津子は少し苛立った。夫は、千尋の母親のことをよく知らないから、そんな事が言えるのだ。 彼女は、千尋のことを愛していなかった。寧ろ、自分の邪魔をする厄介者扱いして、同棲していた男と一緒に彼女を虐待していた。飲み屋で働き、昼夜逆転の生活を送り、子どもよりも自分の恋愛を優先している身勝手な女―もし警察に彼女が逮捕されなければ、千尋は殺されていたのかもしれない。 他人を責められるほど、自分が立派な人間だと胸を張って言えるわけではない。恵津子だって子ども達が小さい時はイライラして彼らに八つ当たりしたり、手を上げたこともあった。だが夫と実母、双方の親族に助けられたからこそ、虐待をすることはなかった。千尋の母親は、頼れる親戚も友人も居らず、孤立した状況下で千尋を育てるうちに次第に溜まっていた鬱憤を千尋にぶつけるしかなかったのだろう。(あの子には、幸せになって欲しいわ・・)恵津子は歳三と千尋が手を繋いで眠っている姿を見ながらそう思うと、ゆっくりとドアを閉めた。「ねぇお母さん、千尋ちゃんとはもう会えないの?」長女の信子が、そう言って自分を見た。「わからないわ。千尋ちゃんがわたし達の元に戻るかどうかは、あの子次第よ。」「あたしは、千尋ちゃんにこの家で暮らして欲しいな。遠くに行ったら、歳、悲しむもの。」「明日は早いんでしょ?さっさと寝なさい。」「おやすみなさい。」 千尋は来週の土曜に九州の親戚の元へと引き取られることになり、その日まで彼女は土方家で暮らすことになった。「千尋ちゃん、浴衣買いに行こうか?」千尋が退院した翌日、恵津子は彼女を近くのショッピングモールへと連れて行った。そこは新しくオープンしたばかりで、夏休み前の休日とあってか沢山の親子連れで賑わっていた。「千尋ちゃん、はぐれないように手を繋ぎましょうね。」「はい。」恵津子は千尋と手を繋ぎながら、短い間だけでも彼女と実の親子のように暮らそうと思っていた。にほんブログ村にほんブログ村
翌日、入院していた千尋の元に、児童相談所の職員がやってきた。「千尋ちゃんね?良く聞いて、あなたのお母さんは暫くあなたと会えないわ。」「そうですか。それで、わたしはどうなるんですか?施設に行くことになるんですか?」母親に会えないというのに、妙に冷静な千尋の姿に、職員は訝しげな表情を浮かべた。「そうね、あなたに頼れるご親戚は居るかしら?」「父の顔は知りませんし、母方の親戚には一度も会ったことはありません。」「そう・・じゃぁまた来るわね。」「お忙しい中、わざわざ来ていただいてありがとうございました。」千尋はそう言って職員に頭を下げると、彼女は病室から出て行った。(これから、どうなるのかな?)母親ともう暮らせないことがわかった以上、親戚に預けられるか、施設に行くしかない。父親が誰だか判らないし、母方の親戚には一度も会ったことはないから、施設に行くことになるのだろうか。 施設がどんなところかわからないが、今よりはマシな所だろう。校区が同じなら、歳三や歩と同じ学校に引き続き通えるのだろうか。だがそんなに人生、上手くいくものか。(トシ兄ちゃんとお別れすることになったら、嫌だな・・)何だか色々と考え事をしている内に目蓋が重くなってきて、千尋はいつの間にか眠ってしまった。「なぁ母ちゃん、千尋どうなるのかな?」「さぁね。これはあたし達が立ち入る問題じゃないからね。」母と姉を囲んで歳三はすき焼きを食べながら、千尋のことを心配していた。彼女に頼れる身内は誰も居ない。一人になった彼女は、どうなるのだろうか。「ねぇ、施設に入れられるの?」「多分ね・・あの子、頼れる身内は居ないみたいだし。トシ、どうしてそんな事聞くの?」「ちょっと、千尋が可哀想だなって思って。俺、千尋の事何にも知らなかった・・小母さんに叩かれてたことや、コンビニで会ったあのおじさんに殴られていることも・・」 病院で、歳三は千尋の脇腹に残る痛々しい痣を見てしまった。大人のこぶし大ほどの大きさのそれは、コンビニで千尋を恫喝していた男がやったのだと歳三は何故かわかった。母親とその恋人にも殴られ、学校ではいじめられて居場所がない彼女は、どんな毎日を送っていたのだろう。「トシ、あの子のこと好きなの?」「そ、そんなんじゃねぇよ!俺にとってあいつは、妹みたいなもんだから・・」「赤くなっちゃって、可愛い~」「う、うるせぇ!」姉達に散々からかわれ、歳三は顔を赤く染めながら夕食を食べ終わった後そそくさと自分の部屋に閉じこもってしまった。(俺は千尋に何か惚れてねぇ!あいつは放っておけねぇから、構ってるだけだ!)自分の千尋に対する想いは恋心ではなく、妹を守る兄のようなものなのだと、歳三は自分に言い聞かせていた。「もう就寝時間よ。早く寝なさい。」「わかりました。」千尋は看護師にそう言われ、ゲームボーイの電源を切って寝た。「千尋、対戦しようぜ!」それから、歳三は千尋が退院するまで毎日彼女の見舞いに来ていた。「何だかあの子、本当に千尋ちゃんのお兄さんみたいね。」ある日の事、歳三がいつものように千尋を見舞って帰っていた後、彼らの仲睦まじい様子を見ていた看護師がそう言って笑った。こんな幸せな時間を得たのは、初めてだった。だがいつまでこの幸せが続くのかどうか解らなかった。だからこそ、歳三と離れる日が来るのが怖かった。「千尋ちゃん、あなたのお母さんのお姉さんね、あなたを引き取りたいって。」「え・・」「それでね、その人は九州に住んでいて・・当然、学校は転校しなくちゃいけないんだけど・・」千尋が恐れていた、歳三と離れる日が来た。「あの、ひとつお願いがあるんですけど・・来週の金曜まで、待ってくれませんか?」「わかったわ。でもそれ以上は待たないわよ。」「ありがとうございます。」 退院の日、病室には恵津子と歳三が迎えに来た。「千尋ちゃん、退院おめでとう!」「ありがとうございます、小母さん。」「千尋、元気になってよかったな!」 恵津子が運転する車で土方家へと向かう中、千尋は歳三とゲームの話で盛り上がっていた。「千尋、ちょっと目を閉じてろよ。」「え、何?」「いいから!」歳三の言われるがままに、千尋が目を閉じながらリビングに入ると、突然クラッカーが鳴った。「千尋ちゃん、退院おめでとう!」 千尋が目を開けると、そこにはクラスメイト達が自分に笑顔を浮かべていた。にほんブログ村にほんブログ村
―・・ひろ誰かが、自分を呼んでいる。―ちひろ・・(誰?わたしを呼ぶのは?)千尋がゆっくりと目を開けると、そこは病室だった。「千尋、気がついたのか!?」「トシ・・兄ちゃん?」どうして自分が病院に居るのかさえわからぬまま、千尋はじっと歳三を見た。「お前、神社の境内で倒れてたんだぞ、覚えてねぇのか?」「あ・・」千尋の脳裏に、倒れる前の記憶がよみがえってきた。「猫達に、会ってたの。」「そうか。千尋は優しいな。あいつを心配して神社へ行ったんだろ?」「違うよ。あの子達が羨ましくなっただけ。」「え?」虚を突かれた歳三がそう言って千尋を見ると、彼女は絶望を宿した目をしていた。「あの子達のお母さん、あの子達を守ろうと必死になってる。うちのママとは大違い。」「千尋・・」「今日ママに叩かれちゃった。また自分に恥を掻かせたからって。あんたなんか生まなきゃ良かったって言われた。」千尋の告白に、歳三はただ耳を傾けていた。「トシ兄ちゃんはいいよね、あんなに優しいママが居るんだもの。」「そんな事ねぇよ。母ちゃん怒ると怖いし、拳骨で殴るんだぜ。」「でもそれはトシ兄ちゃんに愛情があるからでしょ?ママは違うもん。」何処か冷めた口調で、千尋はそう言うと溜息を吐いた。「ママはわたしの事いらないもん。子どもの面倒よりも自分の娯楽を優先したいんだよ、あの人は。」「千尋、小母さんは・・」「あの人は、わたしの事が嫌いなんだ。入院しても、見舞いに来てくれないじゃない。」歳三は淡々とした、けれども何処か冷めた口調で母親に対する不満を吐いている姿の千尋を見つめていた。自分は一体この子の何を見てきたのだろう。「・・ごめんね、夏祭り行けなくなっちゃった。」「いいよ、そんな事。またあるんだからさ。」「そうだよね・・」千尋は少し嬉しそうに笑った。「じゃぁな。」「うん、またね。」 歳三が千尋の病室から出て行った頃、彼女の母親は玄関のチャイムが鳴る音で目が覚めた。「どちら様~?」「すいません、児童相談所の者ですが。あなたがお子さんを虐待していると通報がありまして・・」「ハァ、何言ってんの!?あたしは別に虐待なんかしてないわよ!してたのは前に付き合ってた男よ!あたしは何も関係ないんだら!」「少しお話お聞かせ願いませんか?」「何も話すことないわよ、帰ってよ!」彼女はそう叫んでドアを閉めようとしたが、児童相談所の職員はしつこく彼女に食い下がった。「お話をお聞かせ願えないのなら、通報いたしますが・・」「通報でも何でもしなさいよ、あたしは何もしてないんだからさ!」 歳三と恵津子が帰宅したとき、千尋が住んでいるアパートの前に一台のパトカーが停まっていた。「離せ、離せよ!」警官に連行され、千尋の母親がパトカーに乗せられていくところを目の当たりのした歳三は、千尋の身を案じた。「母ちゃん、千尋帰る場所がなくなっちゃったよ。」「トシ、あんたは何も心配しなくていいのよ。」にほんブログ村にほんブログ村
「うるせぇ、口答えすんのかよ!」 兼田がそう言って千尋に拳を繰り出してきたが、彼女はアクション映画に登場するかのような回し蹴りを彼の腹に食らわせた。突然のことで兼田は面食らった顔のまま、教壇に強く背中を打ち付けて呻いた。「てめぇ、何しやがる!」「やっちまえ!」竹山が倒れたボスの仇を討とうと千尋の長い金髪を掴んで自分のほうへと引き寄せようとしたとき、安岡が教室に駆け込んできた。「何してるの、あなた達!?」兼田達と千尋は職員室に呼ばれた。「一体何で喧嘩なんかしたの?黙ってないと解らないでしょう!?」彼女のヒステリックな声に、職員室に居るほかの教師達が一斉に彼らの方を振り向いた。「だって西園寺さんが、急に殴ってきたから・・」「そうそう、急に怒り出して・・」兼田達は安岡のお気に入りで、彼らはその事を利用してがらりと彼女の前では態度を変えた。 裏では散々陰惨ないじめを行っているというのに、彼らはそれをおくびにも出さないズル賢い子どもなのだった。だから当然、安岡も彼らの言葉を信じてしまう。「本当なの?」「いいえ、違います・・」「あなた、給食費払ってないだけじゃなくて、暴力沙汰まで起こすなんて!一体どういう躾をされてきたんだか!まぁ、あの母親じゃ仕方ないと思うけどね!」千尋がちらりと兼田達を見ると、彼女の視線に気づき彼らは口元に意地の悪い笑みを浮かべた。また怒りで胃が熱くなるのを千尋は感じた。「先生、兼田達嘘吐いてます!」「俺見ました、こいつらが千尋のこといじめてるの!」職員室のドアが開き、由梨や西崎、そして歩が千尋達の方へとやってきた。「じゃぁ、兼田君たちが嘘を吐いてるっていうの?」「そうです。そうだよな、千尋?」歩の言葉に、千尋は静かに頷いた。 放課後、兼田達の保護者と千尋の母親は安岡に呼び出され、今回の事件について彼らからそれぞれ話を聞いた。「全く、濡れ衣もいいところよね!うちのマー君がいじめなんて!」「あんな女の娘の言うことだもの、でっちあげに決まってるわよ!」兼田と竹山の母親は、鼻息荒く教室から出て行き、安岡も職員室へと戻ってしまい、教室に残っているのは千尋と母親だけとなった。「馬鹿、またあんたはあたしを困らせて!あんたなんか生むんじゃなかった!」母親に頬を打たれ、千尋は学校を飛び出していった。 気がつくと彼女は、あの神社に来ていた。「久しぶり、元気してた?」段ボールの中に居る子猫たちに千尋が話しかけると、彼らは可愛い声で鳴き始めた。「あんた達はいいよね、誰にもいじめられないで・・」千尋はそう言うと、しゃがみ込んだ。「あんた達の母さんの子どもに、あたし生まれたかったな・・」子猫たちは“どうしたの?”と言うような目で千尋を見つめていた。「黙ってないで、何とか言ってよぉ・・」喉奥から絞り出すような声で千尋はそう言うと、涙を流した。雲が空を覆い、激しい雨が降ってきた。激しい雨に打たれながら、千尋は全身ずぶ濡れになりながら泣いていた。「酷ぇ雨・・」「早く帰ろうぜ!」歳三と勇が近道になる神社の境内を通り抜けようとしたとき、千尋がずぶ濡れになって地面に倒れていた。「千尋、しっかりしろ!」歳三が千尋を揺さぶっても、彼女からは返事が返って来なかった。千尋を背負い、歳三は雨の中帰宅した。「母ちゃん、千尋すごい熱だ!早く病院に連れてかねぇと!」恵津子が運転する車で、歳三は千尋を近所の総合病院へと連れていった。同じ頃、千尋の母親は布団の中で惰眠を貪っていた。にほんブログ村にほんブログ村
「ちょっと話があるの、職員室に来なさい。」「はい・・」自分をじろりと睨みつける安岡に、千尋はびくりと恐怖で身を震わせた。「先生、話ってなんですか?」「土方君には関係のないことよ。さぁ西園寺さん、行きましょう。」安岡はぐいと千尋の手を掴むと、彼女を職員室へと連れて行った。「給食費、先月分払われてないんだけど、ちゃんとお母さんには伝えたの?」「すいません・・」「あのねぇ、お母さんが水商売してることは知ってるわよ。でもねぇ、給食費くらい払える筈でしょう?」居丈高な口調で千尋を責める安岡の目は、彼女というより彼女の母親に対する侮蔑の眼差しが含まれていた。「マ・・母に、伝えておきます。」「そう。じゃぁお母さん今お家に居るだろうから、今ここで電話して学校に来るようお願いしなさい。」「え・・」千尋が虚を疲れたかのように俯いていた顔を上げると、安岡はじろりと彼女を睨んだ。「何よ、わたし変なこと言ったかしら?」「いいえ・・」千尋は安岡の手から受話器を取ると、家の電話番号を押した。『もしもしぃ~、西園寺でぇ~す。』受話器の向こうから、母親の猫なで声が聞こえた。「ママ・・」『何よ、朝っぱら何の用!?』「先生が・・学校に来て欲しいって・・」『ったく、解ったわよ。行きゃぁいいんでしょ!』乱暴に受話器が置かれる音がして、ダイヤルトーンが千尋の耳に響いた。「母が、来るそうです。」「そうなの。じゃぁもう教室に戻っていいわよ。」「失礼します・・」 これから安岡が母親と何を話すのかと思うだけで、千尋は胸が苦しくなった。きっと母親は店に出るときに着るドレスのような派手な服を着て学校に来るのだろう。今日はPTAの会合があるから、母親のそんな格好を見た保護者達がどんな目で彼女を見るのかは、想像に容易かった。「千尋、お前さっき安岡に呼ばれてたろ?」「どうせまた給食費滞納してることで怒られてたんだろ?」 教室で自分の席に座るなり、兼田達が千尋の周りに集まった。「黙ってないで何とか言えよ!」「ったく、これだから根暗は・・」罵声の嵐が過ぎ去るまで、千尋はぐっと唇を噛み締めて耐えていた。「やめろよ、兼田。」学級委員の西崎が兼田達の元へと近づくと、そう言って彼らを睨みつけた。「うるせぇよ。お前ぇには話してねぇだろ。」「あんたさぁ、男の癖に弱いものいじめして恥ずかしくないわけ?あんたらの所為で空気悪いんだけど?」西崎に女子のリーダー格である由梨が加勢した。「ちっ、つまんねぇの。お前ら千尋の味方かよ?」兼田の右隣に立っていた取り巻きの竹山がそう言って舌打ちすると、千尋をにらみつけた。「千尋、お前5年の土方に気に入られるよな?男に取り入るところは母親そっくりだよな!」「あいつ騙されてんじゃねぇの?頭よさそうに見えて少し抜けてたりして!」自分のことは何と言われようが気にしないが、歳三のことを悪く言われるのは我慢ならなかった。「・・するな・・」「あ?何か言った?」「トシ兄ちゃんのことを、馬鹿にするな!」怒りで視界が赤く染まった。にほんブログ村にほんブログ村
「なぁ、金持ってねぇか?」男の言葉に、千尋は首を横に振った。「嘘吐くんじゃねぇよ、あの女に金貰ってんだろ?」「本当に、ないんです・・」「てめぇ嘘吐きやがったら承知しねぇぞ!」男は千尋の胸倉を掴んで彼女を恫喝していると、歳三が店に入ってきた。「千尋、大丈夫か!」歳三が千尋を見ると、彼女はすっかり怯えていた。「おっさん、何したんだよ!」「うるせぇなぁ、そこを退け!」自分の前に立っているパンチパーマの男は、そう怒鳴ると千尋の手を掴んで何処かへ連れて行こうとした。「千尋を何処へ連れてくんだよ!?」「てめぇには関係ねぇよ、すっこんでろガキ!」男は歳三に苛立ち、彼の腹を拳で殴った。殴られて吐きそうになった歳三だったが、それに構わず男に立ち向かっていった。「誰か助けて、人攫いだ!」歳三がそう大声を張り上げると、コンビニの店長と思しき男が店から飛び出てきた。「何してんだ、あんた!」「うるせぇ、てめぇ客に向かって何だその態度は!俺にはなぁ、組の関係者が居るんだからな!こんな店、簡単に潰せんだぞ!」男は店長に向かって獣のように唸って威嚇していると、パトロール中の警官がコンビニの駐車場に入ってきた。「畜生、覚えてろよクソガキ!」擦れ違いざまに男は千尋を恫喝すると、傍にあった自転車を腹立ち紛れに蹴り倒していった。「千尋、大丈夫か?」ズキズキと男に殴られた腹が痛んだが、歳三は千尋のことを心配した。「うん、大丈夫。トシ兄ちゃん、ごめんなさい・・」「君達、少し話を聞きたいんだけど、いいかな?」警官はそう言うと、歳三達を見た。 歳三が交番に連れて行かれたと知り、恵津子は家から飛び出して交番へと向かうと、そこには息子と千尋の姿があった。「あんた、一体どうしたの?」「母ちゃん・・」「すいません、うちの息子が迷惑をお掛けしてしまって・・」恵津子が警官に向かって頭を下げると、彼は笑ってこう言った。「いえね、お宅の息子さんがコンビニでこの女の子を助けようとしてたんですよ。」「まぁ、そうだったんですか。あたしったら、勘違いしちゃって。」交番を出た恵津子は、歳三達を連れて家へと戻った。「千尋ちゃん、朝ごはんまだ?何なら小母さんが作ってあげようか?」「すいません、お邪魔します。」 千尋が土方家のリビングに入ると、そこには既に炊立てのご飯と焼きたての目玉焼きがテーブルに置いてあった。「千尋は醤油派?それともソース派?」「う~ん、ケチャップかな?」「目玉焼きにケチャップなんて合うのかよ~?」「歳三、あんたはもう学校に行きなさい!千尋ちゃん、後で学校とあんたのお母さんには連絡するから、ゆっくり食べていってね。」「ありがとうございます。」「じゃぁな、千尋!」歳三がランドセルを背負って家を出ると、千尋は彼に手を振った。その数分後、千尋の母親が土方家にやってきた。「うちの子がご迷惑かけて、どうもすいません。」「いいえ。千尋ちゃん、また遊びにいらっしゃいね。今日はゆっくり休んでいなさい。」「はい、解りました。小母さん、朝ごはんありがとうございました。」母親とともに土方家を出て、アパートの部屋に戻ると、母親は鬼のような顔をして千尋を睨みつけた。「あんたって子は、なんであたしを困らせるわけ!?」「ごめんなさい、ママ・・」「ったく、あんたなんて産むんじゃなかったわ。さっさと学校行きなさい。休んだら承知しないからね!」「ママ、今週の金曜にトシ兄ちゃんに夏祭り行こうって・・」「お小遣いなんてやらないわよ!あんた一人を育てるだけで精一杯なんだからね!」母親はそう千尋に怒鳴ると、自分の部屋へと入っていってしまった。 千尋が目に涙を溜めながら登校すると、同じクラスの兼田とその取り巻き達が廊下の向こうからやってくるところだった。「千尋、こんな時間に学校来てんじゃねぇよ。」「先生を余り困らせんなよ。」彼らは目敏く千尋の姿を見つけると、そう言いいながら彼女をからかった。千尋が彼らを無視して通り過ぎようとすると、兼田は彼女を蹴る真似をした。「おいてめぇら、何してんだ!」「弱い者いじめしてんじゃねぇぞ!」勇と歳三が兼田達を睨みつけると、彼らは蜘蛛の子を散らすかのように逃げていった。「大丈夫か?」「うん。トシ兄ちゃん、ごめんね・・夏祭り、行けなくなっちゃった。」「今朝のことで、小母さんに叱られたのか?」千尋が口を開こうとすると、誰かが彼女の手を掴んだ。「西園寺さん、また遅刻よ!さっさと教室に戻りなさい!」歳三たちが振り向くと、そこには眉間に皺を寄せた千尋の担任・安岡が彼女を睨んでいた。にほんブログ村にほんブログ村
「ただいま。」「遅いわね、何してたの!」千尋が部屋のドアを開けると、母親が仁王立ちになってそう自分に怒鳴った。「トシ兄ちゃんと一緒に帰ったの。」「そう。土方さんところの子ね?あんた、まさか変なことしてんじゃないでしょうねぇ?」母親の言葉に、千尋は首を横に振った。「それならいいわ。さっさと手を洗っておやつ食べなさい。ママちょっと出かけてくるから。」そう言った彼女は、いそいそと化粧台の前に座って化粧を始めた。あの様子だと、また店の客とデートでもするのだろう。最近、あの男が来ていないことに千尋は気づいていたが、男が来ない理由を今聞いても無駄だと思っていたので、彼女は何も言わずに手を洗った。「じゃぁ、いい子で留守番してんのよ。知らない人が来てもドア、開けちゃ駄目だからね。」「はい・・」母親はハイヒールを鳴らしながら部屋から出ていった。 千尋は溜息を吐くと、テレビをつけておやつのドーナツを一口食べた。母親が外出して一人で留守番することはほぼ毎日で、その間千尋は宿題をしたり、テレビを観たりゲームをしたりして時間を潰していた。 ドーナツを食べ終わった千尋は、ランドセルの中から漢字ドリルとノートを取り出すと、漢字の書き取りを始めた。誰にも邪魔されずに宿題できる時間を持てるのは、久しぶりだった。こんなつかの間の幸せが、いつ壊れてしまうのかは、母親がまた新しい男をこの部屋に連れ込んでくるか来ないかの問題だった。(どうして、うちにはパパが居ないんだろう?)余所の子にはちゃんと両親が揃っているのに、自分だけ母親だけだった。父親は一体誰なのか、何処で何をしているのか千尋は知りたくて一度母親に尋ねた時、彼女は布団叩きで千尋が気絶するまで殴った。『あたしの言うことを黙って聞けばいいのよ!』 母親は水商売をしていて、夜中に働き昼間は寝る生活を送っており、一度も授業参観や運動会には来てくれなかった。夏休みや冬休みの旅行にも連れて行ってくれたこともなければ、休日に二人で何処かへ出かけるということもなかった。彼女は自分を育てるために、酔客に媚を売り、派手に着飾っていた。そして男と懇ろになったかと思えばいつの間にか別れる、その繰り返しだった。もし父親が居てくれたら、彼女はこんな身を持ち崩すかのような生活を送ったりはしていなかっただろう。だがそんな事を思っていても仕方がない。千尋は溜息を吐いて漢字の書き取りを終わらせ、ゲームボーイを取りに自分の部屋へと向かおうとすると、玄関のチャイムが鳴った。「千尋、居るんだろ?」「トシ兄ちゃん?」ドアを開けると、そこには歳三が笑顔で立っていた。「どうしたの?」「勇達が神社で遊ぼうって言うからさ、お前も行かねぇか?」「でも、ママが一人でお留守番してろって・・」「小母さんには俺が連絡するから、行こうぜ!」結局歳三の誘いを断ることもできず、千尋は彼と一緒に神社へと向かった。「トシ、待ってたぜ!」そこには既に、勇達が神社の境内でサッカーに興じていた。「千尋、お前もするか?」「うん・・」幼稚園の頃、少しサッカーを習っていたので、千尋はあの時を懐かしく思いながら歳三たちとサッカーを楽しんだ。「じゃぁな、トシ!また学校でな!」「ああ。」神社から出る頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。「お前の母さん、まだ帰ってきてねぇのか?」「うん。多分お仕事してるんだと思う。」アパートへと帰る道すがら、歳三は自分の隣を歩く千尋をちらりと見た。今日一緒に帰った時、彼女の腕にあざができていることに気づいた。「なぁ千尋、昨日俺見ちゃったんだ、お前の腕に十円玉くらいの大きさの痣があるの。」「ああ、あれ?ちょっとぶつけちゃったんだ。」千尋はそういって笑ったが、その笑顔はぎこちなかった。 彼らがアパートの前に着くと、千尋の母親はまだ帰っていなかった。「一人でも大丈夫か?腹減ってねぇか?」「うん、大丈夫。送ってくれてありがとう。」千尋はそう言うと、ポシェットの中から鍵を取り出した。「じゃぁな。」歳三は彼女が部屋の中へと入っていくのを見届けると、自分の家へと帰っていった。 母親が帰ってきたのは、朝の5時半過ぎだった。「千尋、朝何か買って適当に食べてね。ママこれから寝るから。」「わかった・・行ってきます。」 学校の近くにあるコンビニでおにぎりを買おうと千尋が店に入ると、そこにはあの男の姿があった。「よぉ、久しぶりだな。」そう言った男は、脂(やに)だらけの歯を覗かせて笑いながら、千尋の方へと近づいてきた。にほんブログ村にほんブログ村
「おはよう。」「おはよ~、なぁトシ、昨日のテレビ観た!?」「観たに決まってんだろ!超能力者が出てたよな!」 千尋の近所に住む少年・土方歳三は、そう言って教室に入るなりクラスメイト達と昨日観たテレビのことで盛り上がっていた。「なぁ、超能力者って本当に居ると思うか?」「さぁな。なぁ勇、あいつ来てねぇな。」「あいつって?」「ばっか、千尋のことに決まってんだろ。昨日神社に連れてった時は元気だったのに、何かあったのかなぁ。」「トシ、千尋に惚れてるんだろう!」「違ぇよ、惚れてなんかねぇよ!」顔を赤くしながら千尋のことでクラスメイトに囃し立てられ、歳三はムキになって親友の言葉を否定していた。 一方、千尋は教室で誰とも話さずに読書をしていた。「千尋ちゃん、おはよう。」「おはよう。」読んでいた本から顔を上げると、そこにはサッカーボールを抱えた愛川歩が立っていた。「何読んでるの?」「内緒。愛川君、今度いつ試合があるの?」「今週の日曜。千尋ちゃん、来てくれるよね?」「うん、絶対いく。」「そう、約束ね。」指きりげんまんする二人の姿を、クラスの女子数人が遠巻きに見ていた。「千尋、学校来てたんだ!」「うん・・」昼休み、千尋がブランコに乗っていると、歳三が隣のブランコに乗った。「なぁ、もうすぐ夏休みだな。プールは来るよな?」「うん、行くよ。だって他に行くところないもん。」「そっか!」歳三が自分に向ける、弾けるような笑顔に、千尋は一瞬あの男のことを忘れた。「ねぇ、トシ兄ちゃん・・」「なぁ、今度の金曜、夏祭りあるんだけど一緒に行こうぜ!俺、迎えに行ってやるからさ!」「うん・・」もっといっぱい歳三と話したいことがあるのに、いざ本人を前にすると何も言葉が出てこなかった。「じゃぁ放課後、一緒に帰ろうな!」昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると、歳三はそう言って千尋に手を振って先に校舎の中へと戻っていった。「皆さん、さようなら!」「さよ~なら!」ランドセルを背負ったクラスメイト達が我先にと教室から飛び出していくを見ながら、千尋は教室を出て下足箱へと向かった。(トシ兄ちゃん、遅いな・・)千尋は歳三のことを心配して彼が居る5年4組の教室へと向かうと、そこには箒を片手にふざけている彼の姿があった。「お、千尋、来たのか!」「うん・・」「じゃ、俺帰るわ!」歳三はランドセルを背負うと、千尋の手を握って学校から出て行った。「あら、トシじゃない!今日は千尋ちゃんと一緒だったの?」アパートの近くまで来ると、歳三の母・恵津子が彼らに声を掛けた。「うん。じゃぁな、千尋!」「またね、トシ兄ちゃん。」歳三に手を振りながら、千尋は笑顔でアパートの部屋へと入っていった。そのとき、彼は千尋の腕に痣のようなものを見つけた。「どうしたの?」「何でもねぇよ。母ちゃん、今日の夕飯何?」(まさかな・・)にほんブログ村にほんブログ村
幼い頃の思い出は、いつもあの光景ばかりが浮かぶ。母に見知らぬ若い男が覆いかぶさり、その下で嬉しそうに喘ぐ母の姿。ああ、また彼女は体を売っているのだなと、ドアの陰でその行為を覗きながら、千尋はどこか醒めた目をしていた。「おい、何見てんだよ?」ドアが乱暴に開かれ、男の伸びた影が自分を覆った。リビングのソファには、だらしなく足を開いている母親の姿があった。「酒買ってこい。」千尋は男の言葉を無視して自分の部屋に入ろうとした。「聞いてんのか、こら!」男は舌打ちすると、彼女の長い髪を掴んだ。「てめぇ、俺の命令に逆らうんじゃねぇぞ!」千尋は無言で男を睨みつけると、拳が頬に飛んできた。「生意気な目しやがって!誰がてめぇを学校に行かせてると思ってんだ、ええ!?ちったぁ感謝しやがれ!」拳の次は男の足が、千尋の脇腹を直撃した。千尋は唇を噛み締め、痛みを堪えた。「ったく、可愛げがねぇガキだぜ。」「あんたぁ~、そんなにカッカしないでよぉ~」母親の気だるい声が、リビングに間延びした。男は千尋に唾を吐くと、リビングの中へと戻っていった。千尋は彼に蹴られた脇腹を押さえながら、布団の上に倒れこんだ。じわじわと、蹴られたところが痛む。明日学校が休みでよかった。先生にも、クラスメイトにも痣の事を詮索されずに済むから。 翌朝、千尋が布団の中で丸まっていると、突然外からドアチャイムの音がけたたしく鳴った。「千尋、居るか?」外から、実の妹のように自分を可愛がっている少年の声がした。そろりと布団から出た千尋は、部屋を出て母親と男が起こさぬようそっとリビングの前を通り過ぎると、玄関のドアを開けた。「千尋、今時間あるか?」「うん・・」千尋がそう答えると、少年は彼の手を掴んで彼女とともに部屋から出て行った。「何処行くの?」「まぁ一緒に来いよ。」少年は千尋を自転車に乗せると、近所の神社へと向かった。「ねぇ、何?」「見てみろよ。」少年が指した先には、段ボール箱の中で眠っている親子の猫が居た。「可愛い・・」「だろ?こいつら捨てる人間なんて許せねぇよな。千尋もそう思うだろ?」「うん・・」(あんた達はいいね、気に掛けてくれる人間が居て。)千尋の心の声が聞こえたのか、一匹の子猫がゆっくりと目を開けた。エメラルドの瞳と目が合い、千尋は子猫に微笑んだ。そっと手を箱の中へと伸ばすと、子猫は舌を舐めた。あの男から受けた暴力のことを、暫く忘れられた。「じゃぁな、千尋。」「うん、またね。」アパートの前で少年と別れると、千尋は溜息を吐いてドアを開けた。「おい、何処に行ってたんだ?」男がタバコを吸いながら、千尋に近づいてきた。「ち、近くのコンビニ・・」「嘘吐いたら承知しねぇからな!」彼はじろりと千尋を睨みつけると、彼女の胸倉を掴んだ。「本当に行きました・・嘘なんか吐いていません!」 千尋の瞳は、恐怖で怯えていた。にほんブログ村にほんブログ村