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自己肯定感を求めて

自己肯定感を求めて

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2024.04.05
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カテゴリ:日記


先ほど書いた日記で、私のモヤモヤしている事、怒っている事を
吐き出した。

↓その日記はこちらから
父が亡くなった。モヤモヤする。

やはり気持ちを文字にする事で、スッキリする。

脳内でグルグルと同じ事を考えてしまい、
堂々巡りでイライラや不安が増幅していくが、
文字にして記録しておく事で、
もう脳内で考えていなくていいんだ、
ここに吐き出して記録したから、脳内からは吐き出したんだ。
もう忘れてもいい。
又知りたくなった時には、あの日記を読めば良いのだ。

そんな気持ちになる事が出来る。

ゲームで言うところのセーブポイントみたいな物だ。

そう、気持ちを吐き出して、ここで一旦この気持ちは途中セーブしたのだ。

今からは、現在の事に、今この瞬間の事に目を向けて生きて行くんだ。

先ほどの日記も、今のこの日記も、大好きなコメダ珈琲にて書いている。

静かな家だと、何だか逆に集中しにくい。

周囲のお客さんの声、音など多少雑多な環境の方が、
深く深く自身の気持ちに、自身の心の声に向き合う事が出来る。

私の様に落ち込みやすく、気持ちの切り替えが下手な人間は、
こういう場所を見つける事が大切だな。

世間に身を置くことで、
自身はこの世界に一人では無い、
大勢の他人が生きている世界に自分も生きており、
一人一人に人生があり、悩みがあり、そいれでいて関わる事無く生きている、
という至極当たり前の事を再認識する事が出来るのだ。

うまく言語化出来ないが、自分自身を、世界を、客観的に見る事が出来る、という感覚。

結局、この世界を生きて行くのは自分自身であり、
自分自身が日々の物事をどう受け取って、どう感じて、どう考えてどう生かすか。
何を受け取って何を受け取らないのか。
それこそが、私という存在にとっての唯一の真実なのだ。

そして、その真実を受け取るには、客観的な視点が必要になる。
脳が生み出している感情に主導権を渡しては見誤る。

俯瞰で、自身の外から自身を見つめる事によって、
正しい真実を受け取り生かす事が出来るのだ。

私にとって、自身を俯瞰で見る為には
喫茶店という環境がベストであるという事。

さあ、ここからは又、
現在の瞬間だけを見つめて生きて行く事を心がけるのだ。

私が趣味とする筋トレ。
これも、今この瞬間に集中するという事にすごく役立つ。

仏教において、「定(じょう)」という言葉がある。

   ↓ウィキペディアより。​​
仏教における定(じょう)、サマーディ(巴、梵: samādhi)は、心をひとつの対象に集中し心の散乱がないという精神の作用や、そのようにすることや、定まっているその状態を指す。 また、一般に心を散乱させないようにする修行、及びそれによってもたらされた特殊な精神状態をも総称して定という。​​

この「定」​の状態に入る事が出来るのが筋トレだ。

雑念があれば、自身の限界重量を扱う事は出来ない。

「このセットが終われば、次はあのトレーニングをしようかな」とかの
些細な意識も雑念となり、重量は落ちる。

日常においてここまで深く現状に集中する行為は、
筋トレ以外にはなかなか無いだろう。

体を鍛える事だけでは無く、心も整う。
それこそが筋トレだ。
なんて素晴らしい行為だろうか。

筋トレで「定」の境地を体感し、心を整える。
心を文字にする事で、脳から吐き出しスッキリする。

この二つにより私の心はリセットされて、
又、歩き出す事が出来ている。

ああ、今も、キーボードを叩くたびに心が軽くなっていく事が分かる。
曇っていた気持ちが、澄んでくる。

世界がクリアに見えて来る。
物事を、そのまま受け取って判断する事が出来る。

最近毎晩飲んでいた酒も、しばらく辞める事にしよう。

酒に酔うと、俯瞰的な視点を見失い、脳に主導権が渡ってしまうから。
意識が主観的になると、私は悲観的になりすぎるから。





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最終更新日  2024.04.05 12:27:18
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