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慧生が天城山中で落命した。1957年12月4日。 学習院大学に在学中の二人。ピストル心中だった。 当然ではあるが、浩にとってはまさに寝耳に水。 中国人の父を持ち、日本に暮らし、再会を待ちわびる母を思い、中国語の学習に励み 家族の期待を一身に集めた彼女の死は、浩には到底受け入れられるものではなかった。 浩は亡骸を見ることすら出来なかった。 浩の自伝には「心中」の表現はない。彼女にとって娘は得体の知れないやからによって 無理心中事件に巻き込まれてしまったのだ。慧生は被害者だ。 では慧生と武道はどのように逃げ場を失っていったのだろうか・・・ 友人に何度か相談し、「彼についていく」との最後の手紙も投函した慧生 そこに慧生はつづった。 ~武道さんのほうが正しい。いろいろ話し合ったが彼だけを行かせることはできない~ 若い二人がそれぞれの身分や世間の目や、また生身の人間としての葛藤に立ち向かい 結果としてこの世での恋の成就を諦めたのだと思う 百日紅の樹を見上げて、二人は散り果てた 無理心中などではなかったと思う。二人のそばには、遺髪とつめが残されていた。 遺骨は隔てられた二人だが、遺髪とつめは二人のものがともに武道の墓に納められている。 撫順の収容所で娘の最期を聞かされた溥傑は号泣した 模範囚として釈放された溥傑は、周恩来のはからいで北京を訪れた浩の胸に抱かれた 娘・慧生と再会を果たす。1961年。16年ぶりに家族がひとつになった瞬間だった。 「さあ、浩さん・・・」 娘を守れなかった母としての至らなさを詫びる浩に溥傑は腕を差し出し、組むようにと 促した 二人は固く組んだその腕を二度と離すことはなかった・・・
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