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ラッコの映画生活

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2006.12.17
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BEZ KONCA
Krzysztof Kieslowski

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監督のキェシロフスキが言っています。

私は地方的映画監督で、作品はポーランドに強く根ざしているから、国外では決して上映されないものと思っていた。でもポーランドで作った映画にも普遍性があって、誰でも同化できるものだった。必要なのは同じように愛や、苦しみや、憎しみや、死の恐怖を感じることだ。

というようなことです。これは真実だと思いますが、『殺人に関する短いフィルム』、そして『デカローグ』がカンヌをはじめとして、西ヨーロッパで高く評価されたことで言ったのだと思います。より古く、ポーランドの政治状況がテーマの一部となっているこの『終わりなし』にも、もちろん彼のこの考えはあてはまるでしょう。彼がポーランドで撮った長編は、テーマに政治性を帯びてはいますが、「人」に対する関心がもともと強かったと思います。しかしこの『終わりなし』にはやはり「地方的映画」の側面が強く、予備知識を持って見た方がわかりやすいと思います。特に墓地のシーンの意味などは知っていた方がいいと思います。

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ポーランドは、自ら望んでではなく、歴史の流れの中で、戦後ソ連・東欧体制下におかれました。そんな社会主義体制の中で、1980年8月、国家経済の悪化と食料品価格の高騰に端を発し、グダニスクのレーニン造船所で労働者のストが始まり、その波が全国に広がって、レフ・ワレサを中心に反共産党的な自主管理労組「連帯」が創設され、自由化への流れとなります。これを扱ってその時期に撮られた映画がアンジェイ・ワイダ監督の『鉄の男』(1981)で、同監督の『大理石の男』(1977)の続編という形をとっています。

しかし翌1981年ヤルゼルスキ将軍が2月に首相就任、10月には党第一書記も兼任、早くもその年半ばには政権は連帯に対する圧力を強め、12月12日~13日の深夜、戒厳令が敷かれます。労働者と知識階層の共闘もなり、一度自由化の流れを手にしたポーランド国民にとっては絶望的な出来事でした。映画館は閉鎖され、もちろんその年の12月に公開予定だったキェシロフスキの『偶然』の上演は中止、さらに上映禁止作品になってしまいます。戒厳令下では集会・結社の自由はなく、非合法の結社・集会であったり、さすがに政権も文句のつけようのない、墓地で死者を弔うという形での、無言の集会などが行われました。これらの非合法反政府活動は、前者は『終わりなし』の中では逮捕・拘留中の被告の妻の活動や家での集会として描かれ、後者のロウソクを灯した墓地の風景から映画は始まります。

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1980年の連帯創設後の一時期の自由な流れ、これを象徴するのがワイダの『鉄の男』のマチェックであり、イェジー・ラジヴィオヴィッチが演じています。そしてこのマチェックの死んだ父親役を前作『大理石の男』で演じたのも同じイェジー・ラジヴィオヴィッチでした。いうなればイェジー・ラジヴィオヴィッチという俳優自体が、戦後から連帯に至るポーランドで労働者が置かれた歴史や自由化の流れの象徴でもあるわけです。キェシロフスキはこのイェジー・ラジヴィオヴィッチを自由化を支持する知識階層の代表として、スト首謀容疑の被告の弁護士役に起用しました。アンテク・ゼロです。しかし彼は冒頭から死者として登場します。死者として「登場する」のです。犬にはその存在が感じられますが、生きた人には見えません。また彼には生者の世界の出来事を左右することはできません。後任のラブラドル弁護士がふさわしくないとして弁護士名簿に「?」マークを書き込んだり、ラブラドル弁護士が裁判所でカバンの上に置いておいた新聞を無くすとか、妻の車を原因不明の走行不能状態にしてバスとの衝突事故を避けさせるとか、その程度しかできません。

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(以下ネタバレ)
彼が生きていてやろうとしていた信念に反した弁護活動が後任ラブラドルにより行われ、その流れで裁判は結審します。その過程で被告、その妻、妻の父、彼女の家に集まる活動家、後任ラブラドル弁護士、その若い弁護士助手、死んだアンテクの妻、アンテクの息子、妻に言い寄る古くからの友人、等々の人物の自由化や反政府活動に対するそれぞれの考え方が交錯します。ワイダの2本の映画により、戦後の労働者、そしてとりわけ自由化の象徴でもある俳優イェジー・ラジヴィオヴィッチを心臓発作で「死なせ」、しかし「死者として無力に」登場させることで、この映画では連帯に始まる大きな自由化への期待が戒厳令により閉ざされてしまったこと、しかしこの流れが完全に死んでしまったのではない状況、あるいは期待が、そしてとりあえずの絶望が描かれているわけです。

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以上がこの『終わりなし』のストーリーの一つの流れです。そしてこれに重ねて、心臓発作で死んだはずの夫アンテクへの愛を死後改めて強く感じ、また弁護士名簿に「?」を赤で書き込んだらしいことや、車を止めて事故から救ったこと、催眠治療の途中で夫を見て、指を1本、3本と立てたり曲げたりすることで死んだ夫と交信し、死んだ夫の存在、あるいは愛を確認し、被告の妻に「あなたは冷たい人で、自分の不幸しか考えていない」と言われる彼女は、息子を祖母に託して愛の成就に向かう、という人の心や愛のストーリーがあるわけです。

後に『デカローグ』でキェシロフスキが描いた、愛、憎しみ、孤独、死、倫理、等々の問題、『ふたりのベロニカ』で描いた非合理の直感の世界、『トリコロール』三部作を含めた後の作品におけるキェシロフスキの世界がここにもあります。主演のポーランドの有名女優グラジーナ・シャポロフスカが美しく魅力的でした。

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付記:この映画は1984年制作。1989年にポーランドには自由な体制ができ、今はNATOや欧州連合に加盟しています。以前にレビューを書いた『尋問』は1982年に制作されながら上映は禁止され、公開は1989年でした。



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Last updated  2006.12.17 01:15:04
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