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2008年09月15日
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カテゴリ:その他
60年代安保闘争のころ、小学生だった。通りに面した歯医者さんの待合室の窓からみた学生のデモ隊は、不気味で怖いもののように見えた。戦争という暴力に反対しているはずなのに、暴力で訴えようとしている。それ以来、「集団」というものが苦手になった。

初めて靖国神社を訪れたのは、20代前半、文章教室の先生に引率されてだった。靖国をテーマに、文章を書くという課題のために。原稿用紙200字内に収めなくてはいけない。それまで、合格点をもらったことのなかったわたしが、そのときだけ○をもらえたのを覚えている。自分で書いた内容すら覚えていないのだが。

地方から出てきた歴史の苦手なわたしにとって、靖国神社は別世界の場所であり、歴史上の建物でしかなかった。つまりは、隔離された温室の中で育った植物のように、外の世界を知ろうとしていなかったのだ。3無主義、4無主義とも言われた世代。目的もなくただ生きることだけが使命。ある意味では「飼い殺し状態」とでも言うんだろうか。でも、親にしても答えを出せるわけじゃなかったろう。「子どもなんか、産むんじゃなかった」と還暦もとうに過ぎた母が言いました。いまさら言って、どうすんだ。「いまさらだから、言うんだよ」

今、こうして靖国神社のことを見聞きしながら、思う。日本人であることの意味を。
日本で働き、税金を納め、生活する。それだけなら、日本人でなくてはならない理由はいらない。それならば、どこに理由があるんだろうか。

靖国神社の存在が日本的なのではなく、その上にあるものを信仰する心が日本的なんだと思う。その真髄は「感謝」の一言につきるのではないだろうか。恥ずかしい話だが、実家にいた頃、靖国神社にお墓があるのだと思い込んでいた。軍人の墓があって、だから遺族はそこにお参りに行くのだと思い込んでいた。父方の伯父が海兵で、どこかの海で戦死し、戻ってきた骨箱には石がひとつ入っていただけだったという。伯父の遺骨は、靖国にあるんだと思っていた。

靖国神社は「祈り」の場所だ。今問われているのは、その在りかたに過ぎない。他国に何を言われようと「祈り」と「感謝」は忘れるべきじゃないだろうと、普通に思ってはいけないか?

青山さんがお書きになった記事のなかで、ある女性からの手紙が紹介されている。その部分を読んで、思い出したのは先の長野での聖火リレー事件。「フリーチベット」を叫んでいた女性が、中国のひとに殴られ、外に出られなくなったというブログを読んだことがあった。おそらく、青山さんもお読みになったことと思う。青山さんの記事は、その女性に対するメッセージでもあるように受け取れるのだ。

中国の人権侵害の問題への抗議は、デモだけで終わらせていいのだろうか。もっと、ほかにできることはないのだろうか? 「共存」という願いは、ただの夢なんだろうか。

今、わたしの使っているパソコンの横には日本の国旗と、靖国の桜の花が置いてある。今年の2月に、ひとりで訪ねた際に買ってきたもの。英霊来世のCDも買って聴いた。
「ママが右翼になった」
大丈夫、『SFマガジン』も読んでるから(笑

福田さんが首相になってから、一度も群馬に帰ってこなかった。帰ってこられる雰囲気じゃなかったかもね。拉致事件が解決できていなかったし、群馬にも特定失踪者のご家族が二方いらっしゃる。以前、県議会議員も中山恭子氏を呼んで勉強会を催したという話も聞いているし。





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最終更新日  2008年09月15日 20時32分47秒
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