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カテゴリ:社会問題
イエとムラによる支配原理:日本社会論再論に関するメモ

前回の国家論の続きを少し(極めてマニアックな内容です(笑))。
日本社会の固有性は何か。そしてまた、それは一体どこから来るのか。

日本社会の固有性は、良かれ悪しかれ、その非流動性にあると言っていい。
人もモノも、地縁や血縁に縛り付けられている状態を永遠に維持しようとしているようにさえ見える。
つまり、最も封建社会・身分社会制度に向いている社会なのかも知れない。
その典型的な社会装置が、イエとムラではないか。

現代においても、日本人は、出自や家柄に拘ることが好きである。どんな家柄か、どの地域の出身かによってその人柄までを推し量るかのようだ。
そして、経験的には、それが結構当たっている面があるように思われる。

また、日本の歴史学や政治学における基本的視点は「人脈」重視であると言っていい。
これは、その人物が、いかなるイエやムラの出身であるか、どんな地縁や血縁に強固に結び付けられているによってかなりの程度説明ができるが故に、その人脈を見ればどのような思想・信条や行動原理を持ち合わせているのかを推量できるということからなのかも知れない。

このイエとムラという地縁体制の強固性は、前回述べたように、その儒教的思想(人治主義)から来ていると考えて間違いない。(その証拠に、儒教は家族主義を極めて重視し、それを基盤としていることが加地伸行(1998)等に指摘されている。)
時代的には、江戸時代初期からの朱子学、陽明学など、また古学、心学も含めた、儒教思想の研究とその普及・定着が極めて熱心だった時代からだと思われるが、もっと起源は古いのかも知れない。
それはともかく、このような支配原理は、明治維新や第二次大戦という動乱を経てもなお変わっていないのではないかと思われる。また、それは今日の日本における不透明な裁量行政の原因であるのではないだろうか。
(現代もなお、永田町というイエの論理や、原子力ムラが批判されるのは流行りのようだ。)
もしそうだとしたら、これは相当頑強な日本人の行動原理であるかも知れないということだ。
均質性を「空気」として強要するかのような風土も、このことが原因であるように思われる。
かの島崎藤村が葛藤した破戒の対象たるイエは、まだ脈々と日本に根付いているということだろうか。

但し、イエやムラのような集団主義は、一種のコミュニティとして作用する面があるから、それが共同体組織としてだけ存在する場合には、互助の精神を涵養する上で重要な役割を果たすであろう。
義理人情、滅私奉公という精神に、一種の美学を感じる日本人は今でも少なくないはずだ。私利私欲をなげうって公のために奉仕するという精神はボランティアの行動そのものであり、そのような行動原理を、新渡戸稲造(1899)は武士道として世界に知らしめたのだった。
すなわち、このような集団主義の原理は、負の側面ばかりではなく、日本人の生活風習に根差しながら、積極的に文化を支えてきた面があることも事実だろう。

問題は、時代の転換期に、このようないわば内向きの裁量原理が、いわゆる社会の既得権益層の保身行動として(あたかも正当な保守化のように)正当化され、温存されてしまうことである。

このような日本の特殊性を問題にしてきた経済学者や政治学者は割といる。
一番有名なのは、スタンフォード大学の青木昌彦による比較制度分析かも知れない(一時期は、ノーベル経済学賞に最も近い日本人経済学者の一人と目されていたが、最近はどうなのだろうか。そう言えば、今年のノーベル経済学賞は10月15日に発表される予定だ)。
最近の彼の研究(2012)では、地縁関係(ムラやイエ)に縛られる日本・韓国と疑似血縁関係(宗族)による機能集団の中国とでは、同じ儒教圏でも質がかなり異なると指摘しているらしい。

また、他には池田信夫による丸山眞男(1983)の再評価だ。丸山や池田によれば、共同体的基礎集団が機能集団に組み込まれているのが日本の特徴だという。
類似の指摘は、「空気」の研究で知られる評論家山本七平(1977)などにも見られる。

だが、この点は、例えば作家の堺屋太一(1993)が既に指摘していることでもあるが、要するに、日本の閉塞状況の原因は、機能体組織(ゲゼルシャフト)の共同体組織化(ゲマインシャフト化)による弊害だと解釈できる。
(なお、ゲゼルシャフトとゲマインシャフトというのは社会学者テンニースの概念。)
(この点については、拙稿(2000)参照)。

実は、イエ制度の指摘については、経済学者村上泰亮(1979-80)によって既に行なわれていた点でもある。
村上によれば、イエ制度の発生は、日本の荘園時代(平安期)以降の土地の分配とその防衛が起源であることが指摘されている。
この指摘は興味深い。

但し、和辻哲郎(1935)梅棹忠夫(1967)等の指摘を考慮すれば、日本の独自性は、地縁に縛り付けられてもそこそこ農漁業生産性が上げられた、適度に豊かな自然条件にあったのではないかと俺自身は考えている。(だが、和辻の気候区分は、ケッペンのそれに従っておらず主観的だという批判がある。)
そして、中国の独自性は、客家や封に代表される非定常型(狩猟採集型)疑似的血縁集団による行動原理にあるのではなかろうか。
同じ儒教圏の国であっても、農耕定住型と狩猟採集型の2類型があったように思われる。

そう考えて来ると、日本のムラ社会・イエ制度的行動様式は、長い歴史(平安・鎌倉荘園制度以来?)、儒教による人治支配の徹底(忠君思想、家紋の継承・防衛、義理人情・滅私奉公等)、地縁への固定という封建制・身分制の確立、適度に豊かな自然条件等の複合的合成結果である可能性が高いと考えられる。
それ自体が伝統的であるが故に(またこれまでの歴史で何度も破壊されそうになりながら堅持したが故に、あるいは、何人もの反抗者が鎮圧されてしまった歴史があるが故に)、この行動様式は極めて頑強、粘着的であると言えるだろう。
この結果、機能体組織の共同体化・家族主義化・家父長主義化が強化され、「空気」の均質化が起こり、身分固定の保守化が起こり、自滅への道を進んでいくかも知れない危険がある。
そして、考慮すべきは、おそらくそのような「滅びの美学」を日本人は案外あっさりと受け入れてしまうかも知れないということである。
(日本の儒教思想は、腹切り(ハラキリ)による死生観をも尊しとして、死者を丁重に葬るという風習まで制度化している(招魂儀礼)。そして、戦中の日本における「一億総玉砕」や「生きて虜囚の辱めを受けず」などの戦陣訓も、多くの日本人は自然な感覚で受け入れていたであろうことが容易に想像される。)

従って、日本及び現代社会の課題は、機能集団と共同体組織・コミュニティを分離し、両者による多様なネットワーク(モザイク型ネットワーク)を如何に構築するかということではないだろうか。
そしてそれが、法の支配・市場のルール(透明性の高い手続き)を徹底させ、人治主義や徳治主義を峻別し、家父長主義や身びいきの裁量を制限することになるように思われる。
それはまた、機能的組織と共同体組織との上手な役割分担を再構成させるための第一歩であるように思われる。

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Last updated  2012.10.07 22:50:03
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