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2016.01.26
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カテゴリ:江戸珍臭奇譚 
花札.jpg

しあわせは見栄えじゃなかったとさ、、、

 宵の刻、宗兵衛長屋の入り口にある、自身番屋にやってきたのは、年の頃、五十を過ぎた中間風情の男だった。
「ここの宗兵衛長屋にお菊さんという方がいらっしゃると聞いたものですが、、、、」
「お菊なら、いるが、あんたいってえ誰でぃ、なん用事だいっ」
「はい、直参旗本梶井文左衛門の家の者で吾助と申します。実がお菊様のお父様、つまり、梶井文左衛門様が昨夜お亡くなりになりまして、お嬢様にお伝えしに来たのでございます。そりゃあ、探しました、探しました、昨日から、眠らず食わず、なんとしてもお嬢様にお伝えしなくては、、」
 疲れ切った表情でそれだけ言うと、ぐたっと、倒れこんだ。宗兵衛が白湯を飲ませた。
「お菊が旗本のお嬢様だって??そういえば、ここに来たときにはいい身なりをしてたし、言葉も江戸のもんじゃなかったなあ」
「おいっ、へいの字を呼んで、この方をお菊のところへ案内しろ」

「お菊お嬢様、吾助でございます、お久しぶりで、それにしても、このようなみすぼらしい狭いところで、御可哀そうに、さぞ、御苦労されたことでございましょう」
「吾助、私は幸せに暮らしているんですよ、心配しなくていいんですよ、生きるってことは見栄えじゃないのよ、」
「お嬢様、じつは旦那様が長い患いの上昨夜お亡くなりになりました、それをお伝えしたくて、探しました。嫁ぎ先の日本橋の茶問屋駿河屋甚右衛門のところへ行きましたが、なんと、駿河屋は石原町の三味線の師匠のお鈴という女に騙されて、身上を潰して駿河の国へ裸同然で逃げるようにして帰ったというではありませんか、ええっ、お鈴という女の後ろには京都の宇治茶問屋の吉本屋という悪徳商人が付いていて、後ろで糸を引いていたそうな、綺麗な花には棘があるっていいますからね、まあ、それはともかく、駿河屋から三行半を貰って出たお菊さんの行方はぷつんっと糸が切れたように消えてしまいまして、ようやく貸し便屋お菊の間というのが、本所深川で流行っているというのを聞き、もしかしたら、お嬢様は小さいころから頻便だったので、、、ところが、その貸し雪隠も取り潰しになり、まあ、なんとかここへたどり着いたのでございます。さあ、お嬢様、こんな汚らしい所から出て、お屋敷に帰りましょう、明日は父上の御葬儀でございますので」
「わかった、吾助、私はここに戻るけど、父上の御葬儀にはでるわ」

 駿河台は懐かしい街並みだった。深川に足を踏み入れた時には別世界のようであったが、深川から駿河台に来てみると、やはり、別世界のように清閑とした街並みであった。
 木々が繁り、道幅も広く、整っていて、歩いている人も背骨をぴんと伸ばし、、ゆったりとしていて、せかせかしていない、物売りでさえ、深川とは違ってきれいな形をしていた。同じ江戸の町とは思えない静けさだった。品があるといえばそうだが、今のお菊にはなじめない空気のように感じられた。

 屋敷では奉公人や寺の坊主が忙しく動き、葬儀の準備が進めれれていた。お菊は古着の木綿の着物を着たままだったので、皆から異様な目で見られていた。下女の手伝いよりもみすぼらしく見えたのかもしれなかった。
 吾助がいなければ門前払いだったかもしれない。奥の間で、父は布団に寝ていた、痩せていた、逞しかった父の面影は消えていた。

 兄の覚之助と美雪、母のお房が顔を突き合わせて、なにやら相談していた。お菊を見ても、「何しに来たのだ」というような、目を向けただけで、すぐにひそひそ話を始めた。
「だから、二千石の旗本とはいってもね、札差しにはもう来年の切米手形分まで借りてるし、あちこちの商人に借金だらけで、首がまわらないのよ、百両なんてあるはずもなく、それに私はもう梶井家を出た人間で、今は早乙女家なのよ無理よ無理無理、」
「そうか、早乙女家も火の車か、旗本御家人などと威張ってはいても、みな貧乏侍だ、ああっ、借金棒引き令でもでもなけりゃあ、、武士はみんな共倒れだ。」
「何を情けない、かりにも一千石直参旗本ですよ、恥をかかぬよう立派な葬儀をださなければ、名家の名折れよ、父上が御他界されたというのに」
「でも、母上、どこの商人も高利貸しさえ、逃げ口上ばかりで、相手にしてくれません、まさか、刀や鎧も質に入れなくてはならない、そんなことはできないでしょう、いざ鎌倉となったら、直参が徳川を守るのだ、そのための旗本なんだから、もし、刀や槍や鎧を質に入れて葬儀代金をひねり出したらなんてことが、こんなことが知れたら、間違いなく、この家は取り潰しになる」
「ああっ、八方塞がりだ。吾助、なんとかいい案はないものか」
 覚之助は頭を抱えて髷を乱した。お菊はじっとそのやりとりを聞いていた。美しかった姉は苦労したのか、げっそりとやせて頬骨が出て、美人の影もなくとげとげしい、兄の幸太郎も険悪な表情で切羽詰まった表情を隠せなかった。
「弟の直次郎は無宿となっていまだに行くかたしれず、お菊はその形で貧乏丸出しで当てにはならぬ、藁にでもすがりたい気持ちなんだが、まあ、直次郎やお菊に相談してみたところでどうにもならんがな」

 兄は今でもお菊のことをへちゃむくれで不幸な女だと思っているらしい。
「母上、兄上、姉上、いろいろご心配かけましたけれど、お菊は今、幸せに暮らしています、父上にもそうご報告したくて参りました。おへちゃで汚なくとも、幸せは見栄えじゃないわ、幸せになれるかどうかは心持だって、いつか母上がいつか言ってくれましたもの、今、私は幸せに暮らしています。産んでくれた母上にも感謝しています。」
「しあわせ?その格好でですか?貧乏丸出しではないですか、武家出としての面子も、誇りも捨ててしまってですか、みっともない。そんな恰好で屋敷内をうろうろされては梶家の恥ですわ。まったく、お菊は小さいころから汚かったから」
 姉の美雪は葬儀の工面ができぬ悔しさをお菊にぶつけるように言い放った。
「いいえ、お菊は今、私たち以上に幸せなのかもしれない、しがらみやら、面子やら、容貌やら、お金やら、なんでもかんでも他人と比較しなくては生きていけない私たちより、、そんな事とは無縁に暮らしている様子ですから、私たちよりよっぽど心が穏やかに見えるわ」
 母のお房は、お菊の言葉に思わず涙がこぼれそうになって、やっとそれを抑えた。自分たちがこだわっているつまらないことに縛られずに、お菊が強がりではなく、本当に幸せに暮らしているように思えた。お菊は、腰に巻いた風呂敷を広げて、
「差し出がましいでしょうが、ここに百両ございます。父の香典としてお持ちいたしました。よければこれをお使いください」
と、母、兄、姉の前に差し出した。
「お菊、そなた、その金子どうしたのだ?富くじでも当たったのか?」一同は驚いて顔を見合わせた。
「いいえ、貸し便屋で稼いだ金子でございますが、安心してください、臭いは致しませんから、」
「お菊、そんな身なりで、この金を出してしまって、明日から暮らしていけるのですか?」
「はいっ、金は天下の廻りものでございます。それに、深川あたりでは、江戸っ子のなりそこない金をため、なんて言われちゃいますから」

 水無月、蒸し暑い夜であった。涼を求めて、柳の下で川端での夕涼みをする手合いも多かったが、ちょいと景気のいい者が、今宵も遊び船を繰り出し、ちんちんちゃらちゃら三味を鳴らし、賑やかな灯りが揺ら揺ら行き交う賑やかな大川の屋根船の間を、『貸し便船、お菊の間』という幟を立てた、平船が忙しそうに動いていた。
「ちょいと、はやくきてきて、漏れそうだよ!!」
「あっいよ、小便三文、大は六文だよ、さっぱりしなせえ!!」

(おわり)

作:朽木一空

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最終更新日  2016.01.26 11:14:51
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