カテゴリ:読書
2002年に購入した小林秀雄全集 全15巻の最後から2冊目にやっと行き着いた。
このブログで取り上げる「人間の建設」にはごく私的な思い出がある。今の所よく覚えているが、これから何年か経つうちに忘れてしまうだろうから、備忘の為にブログに記すことにした。 それは42年前。私が某都立高校の2年生のとき。私が通っていた高校は、学区では3、4番手の進学校だった。当時学校群制度下だったので、2番手の学校群の高校と言っても同じことかもしれない。 音楽の茂原先生という方がいて、よく僕らにおっしゃっていたのは、「君たちいつのまにかズレているから気をつけた方がいいですよ」という趣旨のこと。この先生とどれほど懇意であったか定かではないが、数学の前田先生ももっとわかりやすい言葉で似たようなことをおっしゃっていた。「お前たち、気がついてみたら、鼻がない、耳がない、そんな人間になっているから」と。要するにこういうことだったと思う。中学時代の勉強の成績は1、2番手だったかもしれない君たちは2番手の学校群の高校に入った。「自分は勉強できる」と思っているかもしれないが、このぬるま湯の学校で知的切磋琢磨せずに過ごしているとプライドだけ高くて実力のない人間に落ちぶれてしまうから。確かに一所懸命勉強している学生はほんの一握り。「赤頭巾ちゃん気をつけて」に描かれているような知的脅かしっこなど全くなく、授業中に誰かが仕掛けて置いた爆竹が廊下で鳴る、というようないたずらをして喜んでいる奴らもいた。 そのように警鐘を鳴らした茂原先生が授業の合間に言われた。「岡潔と小林秀雄の対談を読んだんですが、岡潔の人間力というものはすごいですね。小林秀雄が岡潔の好きな〇〇をクサすんです。それに対して岡潔が『〇〇の悪口を言うのはやめましょう』と言うと、あの多弁な小林が黙ってしまうんです。」批評の神様小林秀雄を黙らせる大数学者岡潔。すごい人なんだろうなと思った。その何年後かに岡潔の名著「春宵十話」を読み、情緒・心を重んじる透徹した知性が詩的に文になったこのひとの本を読んで、「やっぱりひとつの世界を極めた人はすごいものだな」と感じた。その更に何年か後にくだんの「人間の建設」を読んだ。茂原先生御指摘の箇所を探すのに意欲満々で読み、その箇所を見つけた。その時は「このやり取りを茂原先生はあのように読み取られたのか。僕にはそこまでの感受性はないみたいだ」と思った。 そしてつい昨日、その時から35年ぶりくらいだろうか、「人間の建設」を読んだ。あえて探さなくてもあの箇所は出て来るから、とゆっくり構えてゆっくり読んだ。そうしたところ、茂原先生、全然違うじゃん。 まず岡潔はドストエフスキーを高く評価する一方、トルストイを評して「トルストイは端まで一目で見渡される町に似ている。一目でわかるものを歩いてみる気はしない。そんな感じがするのです。書かれていることが初めから形式論理の範疇にあるような気がする。それと対照的なのがドストエフスキーです。ドストエフスキーは次のページを予測することができない。」とおっしゃる。これに対して小林秀雄は、「そういうことはありません。トルストイも偉いです。言葉は乱暴ですが、トルストイには、言葉の飛び切りの意味でドストエフスキーと違って馬鹿正直なところがあるのです。」と応じる。そして小林はドストエフスキーは悪漢だとか続ける。小林はドストエフスキーよりもトルストイの方が好きだとか偉いとか言っているわけではなく、両者ともにすごいと言っている。そしてそんなやり取りの後岡が言う、「善人で努力家。トルストイを悪く言うのはやめましょう。」と。小林の説明を受けて、トルストイは善人で努力家、ということがわかったので、自分はもうトルストイを悪く言うのはやめることにしましょう。」と言っているのであって、小林に「トルストイの悪口を言うのはやめてくれ」と言っているわけではないのだ。要するに、「小林さん、私はあなたに説得されました」と言っているだけなのだ。茂原先生の読み取りは間違っていることに今気がついた。 僕にとっての結論は、岡潔も凄ければ小林秀雄もすごいということ。ドストエフスキーは僕も好きですごいと思うけど、トルストイはなぜかほとんど読んだことがないのでなんともわからないのだけど、小林がこれだけ擁護するのを読むとすごいのだろうなと思うし、読んでみたいなと思うのだった。 全くの私的なことですみません。 あと、僕が読んだ全集のこの巻に入っている「交友対談(今日出海・小林秀雄)」が実にいい。お互いを信頼し、お互いの能力や感性を認め合っている友達同士が酒を酌み交わしながら闊達に語り合う。読んでいて笑ってしまったり、感動したり、羨ましかったり。こんな関係を誰かと結べればいいなあ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年06月18日 23時34分29秒
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