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万葉集

2018年04月22日
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テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:万葉集



文学日記(14)「口訳万葉集」折口信夫(下)

吾妹子が見し鞆の浦の榁の木は、常世にあれど、見し人ぞなき(大伴旅人)
・この時代より鞆の浦が拠点港だったのがわかる。旅人さん、都に向かえて(太宰府から帰ることができて)良かったですね。

人もなき空しき家は、草枕旅にまさりて苦しかりけり(大伴旅人)
・「人もいないがらんどうになった家は、旅より以上に居るに堪え難いものだ」私は傑作だと思うのだけど。

さほ川のさざれ石踏み渡り、ぬばたまの黒駒(こま)の来る夜は、年にもあらぬか(大伴の坂上の郎女)
・「たとひ年に一度でも良いから、あって欲しいものです」最後の一言に想いを載せる。この技巧!

銀(しろがね)も、黄金(こがね)も、玉も、なににせむに優れる宝。子に如かめやも(山上億良)
・万葉集が生んだ自然体の天才。柿本人麻呂の対極に居る。

幸福(さきはひ)の如何なる人か。黒髪の白くなる迄、妹が声聞く(雑)
・「自分はただ1人だ。それにこの世は、そうでない人がある。そういう人は、どうした幸福な人なんだろう。髪が真っ白になるまで、いとしい人と話をすることが出来るというのは」(傑作)この訳も、この評価も、凄いの一言。全く知らなかったけど、この歌を知ることが出来て良かった。

たまづさの妹は玉かも。あしびきの清き山辺が撒けば、散りぬる(雑)
・灰をまく風葬は、他の歌からもあったことは認められているらしい。(佳作)と折口は評価する。

いはばしる垂水の上のさ蕨の、萌え出ずる春になりにけるかも(志賀皇子)
・「岩の上を激して流れる、滝の辺の蕨が、生え出す春になったことだ。そのように自分の運も、これからおおいに開けてくる。」(傑作)として評価している。(秀作)だとは、私も思う。

玉川に晒す調布(てづくり)、さらさらに、何ぞ、この児の、ここだかなしき
・武蔵の国の歌、雑歌。「玉川で晒す、晒しではないが、幾ら思い返して見ても、どうしてこの人が、ひどく可愛いのだろう」技巧的にイマイチだけど、この拙い技巧が私はかなしき(好きです)。

日の暮(ぐれ)に碓氷の山を越ゆる日は、夫(せ)なのが、袖も、さやに振らしつ(上野の国の歌)
・「いとしいお方が、その袖もはっきり見えるほどひどく振って行かれた」さやに、の別バージョン

吾が恋ひは、まさかもかなし。草枕多胡の入野の、おくもかなしも(上野の国の歌)
・「私の焦がれている心は、目の前に差し迫った今も、悲しいことばかりだし、この多胡の入野の奥の方ではないが、奥すなわちこれから先も、どうやら悲しいそうであることよ」かなしの別バージョン。愛しいとは別に悲しいの意味が、この頃から既に存在していた(みたいだ)。(佳作)という折口の評価。確かに技巧的だけど、気持ちが乗っている。

君が行く海辺の宿に霧立たば、吾が立ち嘆く息と知りませ(遣新羅使の歌)
・恋は、広大な自然現象も自然と自分の想いと重ねさす。ほとんど神のみ技なのだけど、詠んだ本人は、そんなことを露とも思ってはいない。

旅にても、凶(も)なく早来(はやこ)と、吾妹子が結びし紐は、なれにけるかも(遣新羅使)
・「旅の中でも、災いのないように、といとしい人か結んでくれた紐は、もうよれよれになって、汚れたことだ」ミサンガの風習がこの頃からあったのか?

君が行く道の長道(ながて)を繰りたたね、焼きほろぼさむ天(あま)の火もがな(狭野(さぬ)の茅上(ちがみ)の処女(おとめ))
・中臣宅守(やかもり)と重婚して、中臣が越前に流される時にお互いに贈りあった歌の一首。「これから、いとしい方がいらっしゃる、道の遠い距離を手繰り寄せたたみ重ねて、焼いてなくして終うことのできる、天の火が欲しいものだ。(そうしたら、越前と都と遠い距離もなくなるだろう。烈しい情熱で、かよわい女の身に、神憑りしたような歌である。傑作)」という折口の評価。私も同じ感想を持った。私は、未だこのような激しい表現の歌を聴いたことはないような気がする。

帰りける人来れりと云ひしかば、ほとほと死にき。君かと思ひて(狭野の茅上の処女)
・これは「びっくりして危うく死ぬところであった」という訳でいいのだろうか?私などは「びっくりしてほとんど死んだ」という訳の方がいいと思う。

梯立(はしたて)の熊来(くまき)酒屋に、まぬらる奴、わし。誘ひ立て、率て来なましを。まぬらる奴、わし(能登の国の歌)
・「熊来の酒倉で、くだを巻いている奴、やれこれ。誘い立たして、連れて来よう。よくくだを巻いている奴、やれこれ。」

もののふの八十処女(やそおとめ)らが汲み紛ふ、寺井が上の、かたかごの花(雑)
・「たくさんの娘たちが始終汲んで乱していく、寺の井の辺りに咲いているかたくりの花よ」当時は珍しい花ではなかったかもしれないが、踏んではいけないという「気持ち」は生まれていたと見える。

(天平勝宝5年正月の雑歌)
春の野に霞棚引き、うら悲し。この夕かげに、鶯鳴くも
我が家のいささ群竹吹く風の、音のかそけき、此夕かも
うらうらに照れる春日に、雲雀揚がり、心かなしも、独りし思へば
・3首とも、既に古今集の世界のような気がする。

筑波嶺のさ百合(ゆる)の花の、夜床(ゆどこ)にも愛(かな)しけ妹ぞ、昼も愛しけ(防人の歌)
・「夜も愛しい、昼も愛しい」こんな歌、現代では恥ずかしくてとても歌えないように思うのだけど、万葉の時代では、堂々と歌う。このエネルギーが万葉の歌なのだろう。

2018年4月読了







最終更新日  2018年04月22日 12時20分05秒
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2018年04月21日
テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:万葉集



文学日記(13)「口訳万葉集」折口信夫

日本最古の歌集を、昭和の鬼才折口信夫が訳していた。しかも、口述筆記。3人の友人がテキストだけで辞書も持っていない折口から書き取るという形で、4500首ほどの訳を書き写したという。しかも漢字の割り振りは独特、句読点をつける等々、鬼才ならではのテキストになっている。

その中から池澤夏樹は203首を抜き取る。広く知られた歌が多いが、読んで行くと柿本人麻呂の歌が抜きん出て多い。何故か、は結局解説では展開されないが、池澤の私淑する丸谷才一の人麻呂評(359p)を読むと納得できるのである。

その中から更にわたしは何首かを選んで元歌と訳に対する感想を記す。記さざるを得ないほど、多くのことを思った。思うに、技巧の少ないこの歌に、人の気持ちのほぼ全てがあるやに感じるからである。今日はその前半だけを記す。

三輪山をしかも隠すか。雲だにも心あらなむ。かくさふべしや(井戸の王)
訳者は「山について思う所の浅い今人の感情との相違」を云う。山がどうなっているのか、それは人智を越えた神の世界がどうなっているのか?ということに繋がっていたのかもしれない。

あかねさす紫野ゆき標め野ゆき野守は見ずや君が袖ふる(額田女王)
・有名な歌である。これに天武天皇が「人妻ゆえにわれ恋ひめやも」と返した。折口は最初「心なき野守も見てはどうか」と、見てくれとばかりな訳にしたが、後年「それを野守は見とがめはしないか知らん」と直した。まあ秘めたる恋ならばそれが普通で、最初の訳の方がおかしい。けれども、この2首が勅撰和歌集に載っていることの方が、そもそも現代の常識とは違う。

あごの浦に船乗りすらむおとめらが、玉藻の裾に潮満つらむか(柿本人麻呂)
・「その美しい袴の裾に、挙げても挙げても、潮が満ちよせて来ているだろうよ」と訳す。それはエロいということの一歩手前の、なんとも眩しい情景。こういう情景を日本語が切り取ることのできた事実に先ずは驚く。

東の野にかぎろひの立つ見えて、かえりみすれば、月傾きぬ(柿本人麻呂)
・東の朝日、西の月。折口は(これは朝猟の後の歌)とだけ注釈を入れる。この世界(宇宙)の発見をもっと褒めそやしもいいように思うのに。

葦べゆく鴨の羽交に霜ふりて寒き夕は、大和し思ほゆ(志賀の皇子)
・なんと訳の最後に(傑作)という一言が着いている。傑作の全てをこの全集に入れているのかは知らないがあと6首ほどはある。柿本人麻呂と比べて、それほどまでにすごいとは私は思わない。ともかく寒い夜に故郷を思う、その気持ちはよくわかる。

我が岡のおかみに命ひて降らせたる、雪の破片しそこに散りなむ(藤原夫人)
・天武天皇が「俺ん所はこんなに雪が降ったぞ。お前の所に降るのはもっと先だろ」の歌への返歌。「おかみ」に折口はむつかしい字を充てている。しかも「雨龍」と訳している。言いたいことは「そんなことでご自慢をしてはしたない」ということ。しかし神の使い方がなかなか新鮮。

秋の田の穂向きのよれる片寄りに君に寄りなな。こちたかりとも(但馬皇女)
・こういう歌は男はやはり歌えない。どんなに世間が悪く言おうと、貴方に寄りかかる、という宣言である。本人は強いのに「寄りなな」なのである。守るでも、寄り添うでも、ない。それと、女性の家の周りにはやはり田んぼだらけなのかな、とも思った。

篠の葉はみ山もさやにさやげども、我は妹思ふ。別れ来ぬれば(柿本人麻呂)
・笹の葉はやはり「さやにさやげども」になるよねえ。この言葉の感覚!

降る雪はあはにな降りそ。吉隠の猪養の岡の寒からまくに(穂積皇子)
・但馬皇女の亡くなったあとの歌。芯の強い女性なのに、亡くなる時にはなくなるんですね。両想いでも上手くいかない。それを周りが理解して和歌集に載せる。この宮廷社会とはなんなのだろう。

鴨山の磐ねし枕ける吾をかも知らにと妹が待ちつゝあらむ(柿本人麻呂)
・「石見の国で死に臨んだとき、自ら傷んで作った歌」と詞書。どうして石見まで来ていたのか?鉱山発見のため?それにしても、言葉の力をしんじているからこそ、最後に妻のことを詠む。子供のことではない。ましてや、上司や仕事のことではない。歌人の仕事を最後まで自覚して逝ったということか。

田子ノ浦従(ゆ)うちいでて見れば、真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(山辺赤人)
驚いた!小倉百人一首とは違うこんな別歌があったのか!「従うちいでて」とは、「歩きながらずっと先まで出て」という意味らしい。

あをによし奈良の都は咲く花の匂ふが如く今盛りなり(太宰の少弍 小野老 )
・「奈良の都は、まるで咲いている花が咲き満ちているように、今や繁盛の極点にあります。ああその奈良が恋しい」と訳す。そういう歌とは知らなかった。

吾がさかりまた復(を)ちめやも。ほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ(師大伴旅人)
・「私の花の時代は、もう2度と若がえってくるはずがない。ひやいなことよ。奈良の都を、帰って見ることが出来なくなりそうだ。ひやひやする。」この訳のひやひやがよくわからない。自嘲気味に(^_^;)という意味だろうか?ならば、よくわかる。

しるしなく物思はずは、一杯(ひとつき)の濁れる酒を飲むべかるらし(大伴旅人)
・「役にも立たないのに、色々考えこんでいるよりは、一杯の濁った酒を飲んだ方がよいにきまっている」この歌ができて、古来果たしてどれくらいの酒がこの歌とともに飲まれたことだろうか。

世の間(なか)を何に譬へむ。朝発(びら)き、漕ぎにし船のあとなきごとし(沙弥の満誓)
・「あとのごとし」ではなく「あとなきごとし」と詠む、そのニヒリズムは、既に近代の人間が如し。







最終更新日  2018年04月21日 18時38分14秒
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2005年07月21日
カテゴリ:万葉集
見渡せば 明石の浦に 燭す火の ほにそ出でぬる 妹に恋ふらく
                        (門部王)

人は恋する動物である。とも言えるかもしれない。欲情とも違う。共感とも違う。単なる感情の発露でもなく、理性的な状態でもない。恋することで、恐ろしくその人の内面まで入っていけることもあれば、歴史的地球的規模で個人と世界とが相対することも可能になる。思うに、古今東西の歌や小説から恋がなくならないのは無理ないことではある。

さて、それにしても万葉集には恋の歌は多い。それは勅撰和歌集の伝統ではあるが、世界的に見ても稀なことではないだろうか。この門部王も身分の高い人なのに、なんとまああからさまに恋の歌を歌うことか。

「漁火のように目立って出てしまった君を恋する気持ち」このころから漁火漁法があったことに私などはびっくりするのだが、それよりも、昔は電灯などなかったのだから、この火は本当に真っ黒な海の中で人の心のように赤く目だって燃えていたのだろう。情熱的でなんとなく妖しいその気持ちに女性はどう応えたのだろう。







最終更新日  2005年07月21日 12時48分36秒
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2005年07月15日
カテゴリ:万葉集
秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに 君に寄りなな 言痛ありとも
(但馬皇女)


最後の一言が活きている。人に噂されようとも、つまり「こちたくありとも」といってか弱い女性が一人の女として生まれた一瞬を残している。
しかも前書きを見ると「但馬皇女の高市皇子の宮に在りし時に、穂積皇子を思ひてつくりたまひし歌」とある。こういうことを国選歌集に入れるのもどうかと思うが、現代ならワイドショーが飛びつきそうな話題だ。ただし、詳しいことは分からない。






最終更新日  2005年07月16日 02時49分27秒
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2005年07月14日
カテゴリ:万葉集
家ならば 妹が手巻かむ 草枕 旅に臥やせる この旅人あはれ
                       (聖徳太子)


いつのまにやら、投稿内容の加工が簡単に出来るようになりました。私がこのプログを使い出して約三ヶ月,その間の改善が約三回もあった。すごいなあと思う。

閑話休題。ついに出ました,聖徳太子。私「草枕」の枕詞勘違いしていました。旅の枕詞なのですが,草を枕にするような優雅な旅なので,枕になったのだと思っていました。しかし、最初の枕詞で使われたころ,旅はやはり命がけだったのです。旅の途中,本当に屍があちこちにあったのでしょう。聖徳太子の人柄も偲ばれて面白い歌です。






最終更新日  2005年07月14日 19時56分45秒
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2005年07月12日
カテゴリ:万葉集
田児の浦ゆ うち出でて見れば 真白にそ 不尽(ふじ)の高嶺に 雪は降りける
(山部赤人)

この歌も有名だ。しかし改めて読むと「真白」のイメージのなんという鮮烈なことか。「富士山が見えたぞ」仲間の声で部屋を飛び出す。海から競り上がるように見えてくる巨大な聖なる山、映画にもそんな場面が確かあった。極めて映像的。

ということで、気になったのでまた後で調べたら、「浦ゆ」の「ゆ」は「~から」という意味らしい。私のイメージは長い航海の果てに港に着く景色だったのだが、実際は港から出てくると、しだいに富士の全体像が見えてきて、(あのような大きい山だと港からは全体はかえって見えないのかもしれない)富士の山頂が見えたという歌らしい。映像的であるというのはその通りなのだが、意味は全然違った。訂正してお詫びします。

私の解釈はあくまで自流なので、あまり「信頼」されると痛い目にあうかもしれません。してないとは思いますが(^^;)






最終更新日  2005年07月13日 02時16分57秒
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2005年07月11日
カテゴリ:万葉集
あおによし 奈良のみやこは 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり
                     (小野老)

韓国語で「国」を「ナラ」という。どう考えてもこれは偶然の出来事ではない。日本語の「奈良」が先にあって、朝鮮半島の「ナラ」という単語ができたのではなく、その逆であろう。それほどに、7Cの倭のクニでは渡来人の影響が大きかった。別の言葉でいえば、天皇の祖先はずばり渡来人であった、という学者は何人もいる。この歌で、「奈良」を外来語だと思い、使っているという雰囲気はない。となるとナラが奈良(あるいは国という意味)になったのはいったい何時のころだったのだろう。






最終更新日  2005年07月11日 13時16分25秒
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2005年07月10日
カテゴリ:万葉集
春過ぎて 夏来るらし 白妙の 衣乾したり 天の香具山
持統天皇

「エレニの旅」という映画を観た。現代のギリシャ神話ともいうべきこの作品に何度も出てくるのが鮮やかな白いシーツの群。悲劇の連なりの間の晴れ間。時間が過ぎて行く中でこの鮮やかさのみ記憶に残る。なぜか共通点が多い。天皇が歌う香具山の歌なのでこれも政治文章ではある






最終更新日  2005年07月11日 13時01分05秒
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2005年07月07日
カテゴリ:万葉集
大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ うまし国そ 蜻蛉島 大和の国は 
                            (舒明天皇)

島根県に田和山という小高い山がある。病院を作ろうとしたら,三重の環濠が見つかり,弥生時代後半の祭祀上神聖な山だったに違いないと言うことになり,住民運動の結果保存が決ったところである。この山について、幾人かの考古学者が「国見」の場所だったに違いないと言っていた。--つまり「国見」とは単に,思いつきで裏山に登って,煙が立っているからわが国は豊かだなあ,と「感じた」だけの話ではないのである。れっきとした国家行事だったのだ。つまりこの歌は正式な国家文章だったのである。国家文章だから実際香具山から見えるはずもない,「海原」も言葉になるだろう。政治家の言葉はいつもそのまま受け取ってはいけない。そういう時登る山は思いつきの山ではない。平野にぽつんと盛り上がる小高い山,「かむなび」(聖なる)山である。「あきづ島」も面白い表現だ。銅鐸にもよく蜻蛉の絵が描かれている。豊作の象徴だったのだろう。






最終更新日  2005年07月07日 18時21分52秒
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2005年07月06日
カテゴリ:万葉集
淡海の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ
(柿本人麿)

先ずは「夕波千鳥」が「感傷」に結び付く、1400年前の人とは思えない、繊細な言葉への感性。
それと「夕」と「千」は漢語ではないのか。(専門的なことは分からないが)これは柿本人麿の造語ではないのか。美しい造語を作っている。
と、思って調べてみると,「ゆう」も「ち」も立派な訓読みでした。夕の音読みは「せき」ですね。と、なると「ゆうなみちどり」は人麿の発明ではない可能性がある。しかしどちらにせよ,言葉に対する感性は天才的。






最終更新日  2005年07月06日 19時39分11秒
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