リカオンというイヌ科動物はご存じだろうか。見た目は、まるで毛に泥が付いたような薄汚れた印象で、決して見栄えは良くない(写真)。
◎自分の繁殖を犠牲にして弟妹を世話するヘルパー
かつてはアフリカ大陸のサバンナ的環境に広く分布していたが、今ではボツワナなど狭い地域に押し込められた絶滅危惧種である。
ちなみに僕は、リカオンという正式な名より「ケープハンティングドッグ」という名の方が親しみやすい。僕は7年前に南部アフリカを旅した時、サファリパークで観たことがある(写真;14年1月21日付日記:「南部アフリカ周遊:ライオン・パーク⑦;ヘルパーが弟妹の世話をするリカオンに絶滅の危惧;挨拶行動」を参照)。
20頭前後の血縁関係のある群れで生活する。1つの群れでは、繁殖するのはつがいの雄と雌だけ。後は、その仔で、彼ら、彼女らは繁殖しない。
その代わり、つがいが1度に産む10数匹の幼い仔(写真=リカオンの成体と仔)の子育てを、「ヘルパー」として手伝う。自らの繁殖を犠牲にしても血縁関係にある幼い弟妹の世話をするのは、自分たちの遺伝子を残しやすいからという血縁淘汰の面から説明できる。
ヘルパーが生まれたばかりの仔の世話をしてくるから、群れの繁殖雌の1度の産子数は前記のように多い。これほど産子数の多いイヌ科動物はいない。
◎「くしゃみ」が群れのコミュニケーションの1つ
過日、NHKのBSプレミアムの『ワイルドライフ』で放映されたボツワナ・オカバンゴ大湿地のリカオンの群れを観て、新しい事実を知った。
彼らは、群れの中で行動を起こす時、1頭が「くしゃみ」をし、次々とくしゃみをしていくことで、賛否を募るという。くしゃみをする数が多くなると、最初にくしゃみをした個体の行動に群れがついていく。
むろんくしゃみなど、リカオンの群れを観察する研究者たちも最初は気にも留めていなかった。
ところが何人もの研究者が、群れの個体識別をしたうえで長期間、密着観察続けるうちに、くしゃみで1つの行動の賛否を問いかけるという習性を突き止めたのだ。
◎1頭1頭個体識別してくしゃみの意義を解明した研究者たち
ちなみにリカオンは、一見する限り、茶の毛に黒と白の毛が混じる点でみな同じに見えるが、白の毛の形が1頭1頭異なり、しかもその特長は生まれた時以来、生涯、変わらない。だから全身の体毛の白の毛の模様、位置などで個体識別できる。
リカオン保護のために活動する研究者たちは、個体識別して1頭1頭に名を付け、くしゃみの頻度などを統計分析して、リカオンがくしゃみをコミュニケーションに利用していることを突き止めたのだという。
それは、驚くほど、根気の要る仕事だったに違いない。
リカオンの群れは、仔がある程度大きくなると、巣穴から離れて放浪生活に移る。それを追跡するのだ。見失うこともしばしばで、その時は群れの一部個体の首に着けた発信器の電波で追跡する。
その間、研究者はテントと車の中で生活する。
いくら好きな研究だからと言って、シャワーにも入れない生活を堪え忍ぶ熱意には敬服する。
◎生息域を奪われ、疫病に襲われ、それでも生きる
リカオンは、群れで生活するうえ、前掲日記で述べたように吻部を触れあう挨拶行動から、1頭が病にかかると、群れ全体に伝染する。例えば家畜イヌがかかるディステンパーに、リカオンも感染する。1頭が感染し、そのために20頭前後の群れが全滅、といったケースもあった。
また中型犬並みの大きさしかないから、大型ネコ科、具体的にはライオンが天敵となる。ライオンは、自分たちの狩りの獲物を競合するリカオンを目の敵にして、リカオンを見れば殺してしまう。
そして狩猟する場であるサバンナが、農耕民の手で次々と畑地化されると狩り場を失う。
こんなことが続いて、生息域と個体数を減らしたのが、リカオンの現状だ。
リカオン保護のための情熱あふれる生態調査研究を続ける若い研究者たちの熱意が実ることを祈る。
昨年の今日の日記:「五輪マラソン、競歩の開催地札幌移転は当然のこと、見苦しかった小池東京都知事のゴネゴネ」