テーマ:自転車(12739)
カテゴリ:自転車の話とか
僕は滋賀県の高校を卒業後、大阪の枚方市にある大学に入学し、卒業後も枚方に居ついて、結局10年間枚方に住んでいました。ひとくちに枚方といってもそこそこ広いのですが、僕が住んでいたのは牧野というところで、東に行けば樟葉(くずは)、樟葉を過ぎるともう京都府八幡市という、そんなロケーションです。
サイクリストになった今、本当にうらめしく思うのは、僕が枚方に住んでいた10年間、僕の周りには誰一人、サイクリストの友人がいなかったということです。もし大学時代に一人でもサイクリストの友人がいたとしたら、きっと彼は僕にこう言ったでしょう。 「お前、梅田や京都まで よう電車で映画見に行ってるけど、 電車賃がもったいないで。 自転車で行き。 淀川の河川敷を走っていったら 1時間で行けるで」 悲しいかな、大学時代の僕は原付バイクに乗っていて、自転車は原付を盗まれた時に一時ママチャリに乗っていたことがある程度。自転車で梅田や河原町まで行くなんて想像すらしませんでした(原付でもせいぜい守口や伏見あたりまでしか行かなかった)。しかし、これでも大学時代はアメリカンフットボール部でランニングバックをやってましたから、体力は今よりはるかにあったはず。それに牧野から電車で梅田や河原町まで行こうと思えば、当時でも往復800円近くは交通費がかかっていたはずなので(所要時間もドアtoドアで1時間くらいか)、貧乏下宿生には節約できるならぜひとも節約したい金額です。 もし大学時代にサイクリストの友人がいたとして、勧められて一度試しに自転車で淀川の河川敷を梅田や京都まで走ってみれば、僕はたちまち自転車の可能性に目覚め、今頃はとっくに、年期の入ったベテランサイクリストになっていたことでしょう。 あれから20年経ち、毎週のように淀川の河川敷を毛馬こう門から樟葉まで自転車で走るようになった当初は、「なんで誰も教えてくれへんかってん!」といつも本当に悔しい思いをしていました(もっとも、20年前の淀川河川敷がどんな感じだったかは知らないのですが)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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