キリスト教やイスラム教はその元となっているのがユダヤ教であるのは、これらの宗教は神の名前はそれぞれ違うが、一神教であるのは共通です。現在においては、イスラム教においては創始者マホメットが、そしてキリスト教においてはキリストやマリアあるいは多数の聖人とされる、神以外の崇拝するべき対象を持つ宗教となって、本来の一神教の形が失われている。その中で本来の一神教的性格を最も残しているのが唯一ユダヤ教で皆さんご存知の事と思う。
神道は、大変古い宗教で日本に神道が渡来する以前、大陸では古くから信仰されていた宗教らしい。この神道系の宗教は、古来西アジアにまで広がっていた可能性があり、その証拠として、原始ユダヤ教は日本の神道と非常に良く似てい。その事はユダヤ人自身が証言している確かなことなのです。
意外な事と思うかも知れないが、神道はこれまで日本人の殆どは、多神教でであると思っておりました。神道においては崇拝されべき個々の神は存在せず、その全体としての神を崇拝する宗教でありました。これは最も原初的性格を持つ一神教の萌芽ともいえる形の宗教ではないでしょうか。私はこれまでの神道における神の概念の解釈をさらに深化させた、言霊の概念を取り入れれば、神道は一神教的性格がより明確になってくると考えます。私が解釈する神道の神の概念では、神は多神教的な部分と一神教的な部分の両方を持つ事になります。私達が個々の情報や言霊として認識できるものは、神と言う存在のほんの一部分の形を表現するものでしかないのです。個々の言霊は、神の言葉であり神の意志を表すものです。言霊はまたそれ自体が神そのものでもあるのです。全ての言霊は有機的繋がりを持ち全体として、一つの神として認識されます。私達のこの魂を含めて、この宇宙の全ての存在は神を構成する部分であり、全体でもあります。この宇宙そのものが一つの神であると私は認識しています。
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Last updated
2006.03.22 00:38:43