【粗筋】
大阪・南に菱又という川魚料理の店があった。親父が偏屈で、時化でみな店を開けずにいる時に、自分だけでも店を開けようと、長堀川へ出掛けるが、釣れる訳がない。捕れるのは「ヌルマ」と呼ばれる鰻ばかり。縁起が悪い魚で、年回りが悪いと見ただけで即死するといわれ、食用にするなど考えられない。親父、頑固に料理に取り組むが、刺身で煮ても駄目、焼いても変な匂いがしてとても食べられない。今のかば焼きを工夫したのだが、近所の者はヌルマだと分かっていても鼻をひくつかせた。
新町の廓で、浪速五人男の一人・布袋市右衛門が西国の侍と喧嘩となり、菱又の親父が止めに入って丸く収めた。手打ちに店に連れ帰るが、出す物がない。仕方無く女房のお谷さんが、ヌルマのかば焼きを出した。布袋はヌルマと知って顔色を変えるが、食わねば男がすたる。えいっと目をつぶって口にしたので、西国の侍も仕方なく食べると……これがとてつもなくうまい。
「これはお内儀(小名木)の料理か」
と尋ねたので、「うなぎ」と呼ばれるようになった。名前は出来たが文字がないので、魚偏に「菱又」、ひしまたを「日四又」にして「鰻」という字になった。嘘でない証拠に、南へ行くと鰻谷という地名がある、これはお谷さんがおったんでつきましたんや。
【成立】
大阪市南区、心斎橋の辺りに鰻谷という地名がある。分からない地で演っても通じない。東京深川の運河、中川船番所から隅田川へ出る小名木川は江戸の書籍には「宇奈岐川」という文字も見える。鰻かどうかは不明。新宿市ヶ谷には鰻坂がある。名古屋には蒲焼町がある。