【粗筋】
老夫婦の大家に音さんが店賃を届ける。律義に毎月送れずに持ってくるのだ。久し振りの休みだというので話をするが、かみさんが別嬪だという言葉に、昔は苦労を掛けましたが、少し生活が楽になると、割り方捨てたものでもないと力が入る。いい所のお嬢さんだろうと言うと、斎藤家で女中奉公も務めていたと素性を明かす。
音さん、昔は斎藤家に出入りする俥引きだった。7人の車力が交代で務めたが、ちょうど女房になったお咲に当たる。宿下がりかと思って「どちらへ」と言うと「高石まで」という返事。これが音の故郷。両親が死んで帰っていないので訪ねてみると、どの家がどうなったというのを良く知っていて……
「まあ、それで一緒になりました」
「音さん、俥だから走ったんではあかん。もう少し詳しく聞かせてえな」
話を聞くと、一時的な宿下がりではなく、故郷に帰って嫁入り支度だと言う。これだけ別嬪さんなら引く手あまただろうと言うと、縁談は持ち込まれるが、帯に短し襷に長しで断っていて、実は好きな人がいると言う。音が、「もし俺があんたのような嫁が来てくれたら、仕事なんぞさせずに、床の間へ上げて嬶大明神と朝夕拝みます」と言うと、何と、お咲が好きな人というのが音さんだと言う。思わず手を打って喜ぶと……
「お待ち、お前さん俥を引いておるのじゃろう。どうして手を打った」
「それでお咲さん仰向けにひっくり返って……」
まあそれで一緒になったが、博打に誘われて病みつきになり、勝てば飲み歩く、負ければ仕事もやる気が出すにやけ酒を飲む。それで夫婦喧嘩の堪えぬ家になってしまった。
今年の正月、金が無くて酒どころから食う物もない。それで仕方なく俥を出すと、乗った紳士が名を聞くので答えると、「それは不幸な名前だ。一生貧乏で泣いて暮らす」と言う。姓名学の先生で、「門中音蔵では、門に音で闇の字になる。それより喜びを集める男という意味の喜参郎にしろ。女房の咲も、門の中を割くという意味になるから、夫婦喧嘩の絶え間がない。喜び久しい喜久と変えろ」とアドバイス、名前を変えることで心も変えて、人の何倍も働けと言ってくれた。それから早く目が覚めたら、そこから働き始めるという風にした。その先生に弟子入りして、姓名学と易学を学んでいると言うと、
「鬼門は怖いというが本当か」
「本当です。鬼門に宿替えしてはならぬ、鬼門の方の医者にかかってはならぬといいます」
「そうか……それではやはりあかんかったかな」
「何かおますので」
「風呂を建てたんやが、それが鬼門に当たるのじゃ」
「ああ、それは大事おまへん。他のもんは怖おまんねん。けど風呂だけはかまいまへん」
「どうして」
「入る時、みな着物(鬼門)を脱いでしまいますから」
【成立】
橘ノ円都が演ったという。記憶には、人力で手を打った途端ひっくり返して、娘が暴れるので白い足が、根元の方まで……と笑わせて終わったのを覚えている。誰だったんだろう。