【粗筋】
芸者の花代を線香の立ち切る(燃え尽きる)時間で計った頃の話。芸者美代吉が質屋の若旦那・新三郎と恋仲だが、油屋の番頭・九兵衛も美代吉に岡惚れしている。美代吉と新三郎の噂を聞いた九兵衛が責めつけたので、美代吉は苦し紛れに年季が開けたら一緒になるという約束をしてしまう。
美代吉がそのことで新三郎に相談しようと手紙を書くが、同時にアリバイ工作のために九兵衛にも手紙をやる。この中身が入れ替わったのが運の尽き、手紙を読んで怒った九兵衛が美代吉を殺してしまった。新三郎が仏壇に線香をあげると、美代吉の幽霊が現れる。あの世でも芸者として売れっ子になっているという。新三郎の三味線で幽霊が歌っていると、次の間から、
「へい、お迎え火」と声が掛かる。芸者を迎えに来たと聞いて、
「そりゃァあんまり早い、今来たばかりじゃないか」
「仏様をご覧なさい。ちょうど線香がたち切りました」
【成立】
前に紹介した上方版を明治期に東京に移植したもの。二人が互いに「○○命」と彫った入れ黒子(刺青)をしていたので「入れ黒子」という題もみえる。東京では「たちきり」というが、これでは線香を切るという意味になるからおかしいという人もいる。
芸妓の店では料金が時間制になると、線香を立て、それがたち切れると「お直し」という声がかかり、新たな線香を立てて時間延長をし、その場で追加料金を取られる場合も多かった。時計の発達とともにすたれたが、新橋などではかなり後までこの風習が残っていた。(「お直し」を参照)
【一言】
桂文治(6)が、上方の情緒あふれる人情噺を、東京風に芝居噺仕立てで改作したもの。(立川志の輔)
【蘊蓄】
江戸時代までは、「芸者」と呼ぶのは吉原のみ。他の花街では「酌人」と呼んだ。