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かえりみち

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2006/07/15
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カテゴリ:ヒストリー
「豊川村山田ノ館主、山田喜六なるもの天正年間主家の秋田家ノタメ計ルコトアリ面潟村浦横町ナル浦ノ城主三浦氏ニ出行、 帰路本村小今戸ニ至リシ時、ハルカ山田ノ館ニ火ノ出アルヲ見。始メテ欺カレシヲ知リテ茲ニ自刃シ果テヌ。(下井河村郷土調査)」

このコーナーでは1589年(天正十七年)に勃発した湊合戦に関する記事を特集するコーナーです。そもそも湊合戦とは、秋田の戦国大名、安東愛季(あんとうちかすえ)の死後、愛季の後継、実季と愛季の甥、道季の間で起こった一族間の争いである。この一族間の争いを軸に南部信直、本庄繁長、小野寺義道、戸沢盛安が介入する天正期における最大の抗争であった。

山田喜六は秋田郡山田(現・潟上市山田)の国人領主であった。八郎潟きっての大豪族、三浦氏と運命をともにしていたが、三浦氏の居館、浦城が落ち、喜六は山田に落ち延びる途中、小今戸という場所で遠く自分の居城から火の手が上がっているのを見て、この地で自害することになったのである。小今戸にあるこの石碑だけが戦国の息吹を感じることのできる唯物である・・・

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Last updated  2006/07/15 10:39:23 PM
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