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多くの大人が「子どもは嘘つきだ」と思っています。
実際、子どもは約束を守りません。「約束よ、分かった?」と聞けば、いつも「分かった」とはっきりと返事するのに、その約束が守られたことがありません。守ろうとした形跡もありません。 また、いつもあり得ないこと、デタラメなことを言っています。 ですから、この状態を大人の常識で判断すれば、必然的に「子どもは嘘つき」ということになります。 でもこれは全くの誤解なのです。 実際には子どもは「嘘」がつけないのです。そもそも「嘘」というものの存在すら知りません。だからこそ、子ども達は大人の言うことを簡単に信じてしまうのです。 5才ぐらいから社会性の目覚めと共に、少しずつ「嘘」というものが分かってきますが、それでも7才前の子どもは、「疑う心」よりも「信じる心」の方が圧倒的に強いのです。 なぜなら、その「信じる心」は「大人や世界を肯定する心」の現れであり、子どもの成長や、生きる意思や、能動的に行動する意欲や、自分を信じる心や、自己肯定感を支えてくれているものだからです。 じゃあなぜ子どもは「約束」を守らないのかというと、「約束」ということの意味が分からないからです。 「約束」とは社会的な取り決めです。そして、7才前の子どもはその「社会」というものが理解出来ないのです。「社会」が理解出来ないのですから、「社会的な取り決め」の意味も理解出来ないのは当然です。 だから、お金の価値も、時間の意味も、「ちゃんと」、「きちんと」、「早くしなさい」という言葉の意味も分かりません。 言葉そのものは知っていても、その中身を知らないのです。 じゃあなぜ、「約束よ、分かった?」と聞くと「分かった」と答えるのかというと、お母さんが「分かった」という言葉を求めたからです。 そして、「分かった」と言わないと許してくれないからです。子どもはその後のことまでは全く考えていません。「ゴメンナサイ」も、「おしっこ大丈夫?」も、「知ってる?」も、みんな同じです。 子どもは常にお母さんに肯定されていたいのです。だから肯定されるためにお母さんに合わせるのです。 ただ、本能的、生理的に、知らないこと、出来ない事まで要求されても、その要求には応えることが出来ません。 芋虫に「空を飛びなさい」と要求しても無理なんです。 でも、大人は、「さっき、“飛ぶよね?”と聞いたら“飛ぶ”って言ったじゃない、嘘つき」と子どもを否定します。 そして、そのように大人に否定される続けていると、子どもは次第に「自分を信じる心」を失っていきます。 自己肯定感を失っていくのです。 そして、自分を守るために「嘘」をつくようになります。 大人は相手をだまして何らかの利益を守るためにも嘘をつきますが、子どもは「自分を守るため」にしか嘘はつきません。 だから、大人の嘘には簡単に引っかかってしまうのです。 最近よく、親も学校も「知らない人、おかしな人には近づかないように」と子どもに指導していますが、子どもには悪意を持って子どもに近づいてくる大人の嘘を見抜く能力はありません。 人を疑う能力を持っていないからです。 そのため、子どもは「おかしな人」を「見かけ的におかしな人」と理解します。そして、ホームレスの人や障害を持った人を「おかしな人」と意識するようになります。 また、知らない大人の人全般に対して不信感を持つようになります。道に迷った人が子どもに道を聞こうとしただけで不審者扱いされることもあるようです。 今の子ども達は、「自分の親」と「友達の親」と、「先生」という少数の大人との関わり合いしかありません。 だから、他の大人に対して恐怖心を与えると、簡単に閉鎖的な意識を持つようになってしまうのです。 でも、「大人」というものを信じることが出来ない子ども達は、自分の成長にも希望を持つことが出来ません。 自分もやがて「大人」になるのですから。 また、学ぶことにも支障が出ます。人は、信じていない相手から学ぼうとはしないからです。 先生をバカにする子どもがいっぱいいますが、そのような子は先生から知識以上のものを学ぶことが出来ません。 でも、その「知識以上のもの」がないと、自立して生きて行くことは出来ないのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013.09.08 06:33:37
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