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森へ行こう(心とからだと子育てと)

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森の声

森の声

2013.10.10
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カテゴリ:カテゴリ未分類
昨日のブログにも書きましたが、最近の流行語のようになっている「倍返し」とか「やられたらやり返す」という言葉に私は強い違和感を感じています。

それは、その言葉が「自分を守ることばかりに夢中になっている現代人の意識」の現れのような気がするからです。

確かに、現代人は自分を守ることに必死です。

それは、家族や仲間や地域とのつながりを断たれ、小さいときから比較され、競争に追い立てられ、評価され続けてきたことの必然的な結果なのでしょう。

確かに家族は一緒に暮らしています。でも、一緒に暮らしているからと言ってつながっているということではありません。

「つながっている」ということは、そこに「共感」や「対話」があり、お互いに「思いやりの意識」によって支え合っているということだからです。

どんなに素敵で素晴らしい衣食住と、教育と、仕付けと、おもちゃを子どもに与えていても、親と子の間に「共感」と「対話」がなければつながっているとは言えないのです。

そして、「共感」と「対話」がないところに支え合いはありません。


その「つながり」は「聞く」(聴く)ことによって生まれます。お互いに聞き合おうとするときに、「共感」と「共に支え合うつながり」が生まれるのです。

「聞く」(聴く)という能力には、単に情報を得るためだけでなく「つながる・つなげる」という働きもあるのです。

どんなに表現力があって、どんなに上手に自分を表現することが出来ても、その表現に耳を傾けてくれる人がいなければ誰ともつながることが出来ません。

また、自分を表現するばかりで人の言葉や想いに耳を傾けない人もつながることは出来ません。



古代の人たちは予測不可能・理解不可能な自然現象に翻弄されながら、「神様の意志と意図」を聞こうとしました。

そこで「神様」とのつながりと宗教が生まれました。

また、「ものがたり」(物語)も「聞く」(聴く)ことによって生まれます。

ちなみに「匂い」や、「味」や、「触覚」などの感覚も「聴く働き」とつながっています。

「視覚」だけが特別なんです。


「風」の声に耳を澄ましていると「風」が語り出します。すると「ものがたり」が生まれます。

「水の音」「大地の声」「生命の声」などに耳を澄ましていると、それらもまた語り出し、「ものがたり」が生まれます。

ですから、古来から伝わる「ものがたり」は人と、そのような「もの」とのつながりの形を表したものでもあるのです。


古来「ものがたり」とは「鬼(もの)がたり」と書いたそうです。

「鬼(もの)」とは目に見える世界の裏側にいて、目に見える世界に強い影響を与えている存在(働き?)のことです。

シャーマンのような人がその鬼(もの)の声を聴き語ったのが「ものがたり」だったようです。

ちなみに「物知り」という言葉の語源は「鬼(もの)知り」で、その「目に見えない世界のことに詳しい」ということのようです。

でも、現代人は見ようとするばかりで聞こうとはしなくなりました。

それは子育てや教育の場や、人間関係においても同じです。

見ることに依存しているから比較したくなり、比較すれば競争がうまれ、また支配したくなるのです。


実は、「見る」という能力は「つながるために必要な能力」ではなく、比較し、監視し、観察し、調べるために必要な能力なのです。

だから科学では「聞く」(聴く)ことよりも「見る」ことの方を絶対的に重視するのです。

そして、現代社会はそのような能力によって支えられています。テレビやネットはそのために使われています。

そして人々は聞かなくなりました。耳を澄ますことをしなくなりました。

その「聞く」(聴く)という文化を失ってしまったから、人と人がつながることが困難になってしまったのです。

当然のことながら目で見ることが出来るのは物質の世界だけです。「心」は見ることが出来ません。「心」は「聞く」(聴く)という働きによってしかその存在を確認することが出来ないのです。

また、聞く(聴く)ことを大切にしている人は比較などしません。聞く(聴く)という世界には「比較」というものが存在しないからです。


生まれたばかりの赤ちゃんは言葉を話すことが出来ません。だから現代人は赤ちゃんを見ることはしても、赤ちゃんに耳を傾けることはしません。

でもだから、赤ちゃんとつながることが困難になってしまうのです。

赤ちゃんも「声にならない言葉」でいっぱい語っているのです。その言葉に耳を傾けるとき、赤ちゃんの語る「ものがたり」を聞くことが出来ます。

その時、お母さんと赤ちゃんはつながるのです。

ちなみに、宮崎駿の作品では、どの作品でもこの「聴く」という働きが重要に扱われています。だから人の心を打つのでしょう。

また、「気質」とのつながりで言えば「粘液質」や「憂鬱質」の人は「聞く」(聴く)能力に優れていますが、「胆汁質」や「多血質」の人は「行動すること」や「表現すること」には優れていますが、「聞く」(聴く)能力においてはあまり得意ではありません。

でも、現代人は、「聞く」(聴く)ことよりも、「行動すること」や「表現すること」の方に価値を感じているため、「粘液質」や「憂鬱質」の人でもその能力がないがしろにされています。

だから孤独を感じるのです。




**************

ゆうじんのかめおかゆみこさんが「聴く」というワークショップをいっぱいやっています。

「聴く」ことに興味がある人は是非、かめおかさんのワークに参加してみて下さい。

私が言っているところの「聴くことはつながることだ」という意味がお分かりになると思います。





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Last updated  2013.10.10 10:02:04
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