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テーマ:旅のあれこれ(9950)
カテゴリ:お出かけネタ
(.......前回からの続き)
乗車する列車にはこだわった。 私が旅するようになった頃には、SLはとうに営業運転を終えていたが、 SLではなくとも、電気であれディーゼルであれ、いわゆる「機関車」に引っ張られる列車が、 最もお気に入りだった。 「電車」でも「ディーゼルカー」でもない、それ自体に動力を持たず、ただ引っ張られているだけのヤツで、 私は便宜上、こういうのを「客車」と呼んでいた。 なのでここでも「客車」と言う呼び方で、呼ばせていただこうと思う。 で、私が乗るのは、決まって最後尾だ。 というのも、今の客車はさすがに違うが、当時の客車というのはまだ古い車両が多く残っていて、 その最後尾というのは扉も何も無く、ただガラ~ンと開けっ放しになっているのだ。 そして左右の乗車口も、もちろん自動ドアなどではないので、 走行中に自由に開けたりすることができるのだ。 私は列車が走っているときにそういった最後尾のデッキに立ち、 爽やかな風を頬いっぱいに受けながら、後方に過ぎ行く景色を眺めているのだった。 時折現れる車掌さんにも、たまに「危ないからデッキに出ないでください」と注意されることもあったが、 たいていは「気を付けて下さいね~」というだけで、黙認状態。 とにかくこれが私にとっては至福の時間で、何時間乗っていようが、まったく飽きることはなかった。 かといって単に「乗っている」だけでもない。 時にはわざとひとつ手前の駅で降りて、1駅分歩いてみたりもした。 また列車に乗って見た景色があまりにも素晴らしかったので、 思わず発作的に降りてしまった、ということも多い。 日本海沿いのある駅では、あまりにそこの海がきれいだったので急遽降りることにして、 たまたま見つけた駅前のボロボロの「食料品店兼雑貨屋」で海パンを買い求め、 岩場の陰で着替えながら、ひとり悠々と泳いだこともあった。 そういうこともあるから、「地図」は必需品だった。 ただ「地図」の効用はそればかりではなかった。 ここでちょっと話はそれるが、こうやって全国旅しているとよく 「それじゃ、全国のいろんな名物を食べたんでしょうね」ということを言われるが、 どっこい現実は「NO」なのだ。 前にも書いたように、若い頃の私にはとにかく「カネが無い」。 ところがどこへ行ってもいわゆる「名物」なるものの価格設定は、私の基準値に比べてはるかに高い。 まあ当時は、その土地の「名物」などにはあまり関心が無かったということもあり、 とにかく「安く上げる」ことに腐心していた。 駅の「立ち食いソバ」などにも結構お世話になったが、 それでもいつもいつもソバばかりではさすがに飽きが来る。 そこで登場するのが「ホカ弁」、しかも一番安い「ノリ弁」だったりする。 当時はまだコンビニがほとんど普及していなかったので、 食事を安く上げようと思ったらこれしかなかった。 そこで、到着した駅の公衆電話にある電話帳で弁当屋を探し、 その中から最も駅に近い弁当屋を抽出する、その作業に地図が欠かせなかったのだ。 そうして調達した「ホカ弁」を、駅の待合室で食べる。 多少周囲の目が気にはなったが、慣れてくれば何ともないものだ。 さすがにそういう話を他人にすると、何が悲しくて旅先でそんなもの食わなきゃいけないのか、 などということも言われたが、当時はまったく意に介さなかった。 もっとも今同じことをやれと言われると、ちょっと抵抗があるけど........。 (またまた明日以降に続く.......) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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