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カテゴリ:◎2次裏書
私は痛かったからあいつを殴った。
だけど、目の前のこの娘はあいつをきっと強くは殴れないんだろうな。 それも含めてあいつにとってこの娘が必要だったんだろう。 * 「それで、どうして私にその話を持ってきたの」 「私と彼らはもう無関係なんだけど」 「無関係だからこそ…です」 「…仕事も一段落付いたところだし、きいてあげたら?」 ……余計なことを。 …私の目線や、冷たい対応に屈しない所は認められるけれど。 * 他所の事情は知らないけど、私とあいつの関係は一般の関係よりも随分とドライなものだったのは確かだ。 私はもともと他人に引きずられ泥を被るのも、痛い目を見るのも嫌いだった。 あいつも同様に人に縛られることが嫌いだった。だから気が合ったんだろう、たまの実験や共同作業以外で度を越してべたべたとする必要がなかった。 それが心地よかった。実験や共同作業もギブ&テイク、どちらかが乗り気でなければ打ち切る程度の勢いで続けていたから気軽でもあった。 一人で居ながら、独りでないことが都合よかった。 一匹狼。私とあいつは似た者同士だった。 ……彼の『性癖』も、もしかしたら裏返せば私のものになるんじゃないかと思うくらいに。 * …だからというわけじゃないけど、私は彼女には弱かった。 「……まあ、いいけど。手短に済ませて」 「は、はい!」 「…あなたの赤ん坊の話なら、私も同席していい?」 「え…」 「…私は構わないけど…あなたは赤ん坊苦手じゃなかった?」 「別に。『子供を産むこと』が危険だから好かないだけよ」 「……らしいよ。あんたは大丈夫?」 ススキモドキがざあっと風に揺れる。 「……あっ、…その、ハイ、お願いします…」 泣きそうな顔でその娘は答える。 ……私達が怖いのだろうに、恐らく家はもっと怖いんだろう。 だけどこの世界では――特に、親となったのなら――家出なんて、出来る訳がない。 * 緊張した面持ち、その口から繰り出されるのは想像通りの問題。 「……成程、あの人にとっては災難だったわけ」 「うう……」 「相変わらずだね、あいつ」 「あいつらだけで六法全書全部破戒してしまいそう」 俯くその娘をおいて、彼女と顔を見合わせる。 「…ま、絶滅危惧種の保存方法としてはあいつは正しい選択をしたよね」 「そうね。…種を存続させるためにはDNAに多様性があった方がいいし」 「……倫理的にどう、とか言わないんですか?」 「……被害者があの人なわけだろ?」 「別に元の世界の倫理観に合わせる必要はないし、被害者が…以前独裁を強いていた奴なら、尚の事、他の人の都合とかルールに巻き込まれても文句言えないでしょ」 多分他の人達なら色々言うんだろうけど。 「……あなたも、そうした反応を予想してて、私達に相談したんだろ?」 「……」 「まあ、許容できるからといって、私達にはできないことだけど。貴方には出来た。それなら問題ないと思うよ。私はね」 「奴だって半ば諦めてるんでしょう?」 「…毎朝、死にそうな顔で出かけて、毎晩、死にそうな顔で帰って来るんです。……彼だけが、生き生きとして、子供たちを撫でて、あの人にも触らせる…」 「…本人同士がいいなら、いいと思うよ。私は。…それとも、問題があると言ってほしいわけ?」 「……誰かに、止めてほしいのかもしれません。……でも、誰も止められないだろうし、…巻き込めないんです」 「……巻き込まれたくはないね、確かに」 「下手なことすると敵対に繋がりそうだし、面倒だわ……ただ、生まれた子に罪はない……気にはかけておきましょう」 「…概ね、同意」 露骨な拒否がなければ、許容したのと同義。この世界ではわがままは言っていられない。 別に生まれた子が誰との子であろうと、私は別に態度を変えるつもりはないし。……非効率的で、無意味で、…何より、どうでもいいから。 何故、人のごたごたに振り回されて馬鹿な振る舞いをする必要がある? 「……気質がどこまで遺伝するかにもよるけどね」 「あれは育ち方…経験と知識の問題も含んでるんでしょう?あなたたちの話によると」 「そうだね。昔はもう少し…協調性も、寛容さも、穏やかさも持ち合せていた気がする」 人を妙な行動に走らせるのは、知識だ。 「余計な衝撃を与えなければ、問題はないんじゃないの」 「あいつがおかしくなった原因、きっかけ何もかもを与えないようにするってこと?」 「…そうなるね」 そう、赤子のように無垢に保てば、何の問題もないだろう。 そして通り一遍の育成条件、生存条件のみを、満たしてやればいい。 * 「…ちゃんと寝てるの?」 「……なんとか…私が寝てる間に、…彼や、あの人があやしてくれたり、…するので…」 「ほら、寝ない寝ない。しっかりなさい。これからまた家に戻るんでしょう?」 「……あたしより、赤ん坊、あの人の腕の方が安心できるみたいだし…」 「それでも帰りなさい。……代用の乳も、もっと分けてあげるし、今度長話の時間くらいはとれるから」 「……よろしくお願いします」 ありがとうございました、と頭を下げて彼女は去っていく。 「…ハンドクリームやアロマもどきもあげればよかったかしら」 「そうだね。……今度、あの子に家に届けてもらう?今もたびたび遊びに行ってるんだろ」 あの子もたしかあの娘のことを心配していた。 ふわふわとした髪や濃い色の肌で分かりにくいが、彼女の容貌は相当荒れている。 ストレスは体調に直結する、体調は生死に直結する、一人の生死は、この世界では全員の生死に繋がりかねない。 だから昔のあの場所と違って、皆でフォローしあわないといけない。 「……うちのあのこも、子供が出来た時は肌荒れ髪荒れが酷かったんだけど…あれはそういうのと少し違いそうね」 「……早速調達?」 「何よ、悪い?丁度時間も空いてるし…何よ、何笑ってるの」 「いや、別に」 彼女は案外情が深い。 * 現在の私にとって、最も「家族」の定義に近いのは、彼女だ。 あいつがあの人に向ける執着や、あいつがあの娘に向ける所有欲ほどじっとりはしてないけれど、彼女が彼女の結ばれる相手との間に子を設けるなら、子供を可愛がってやりたいと思う。育つに相応しい環境を与えてやりたいとか、彼女に似ている部分が育っていくのを見守りたいだとか、そういった感情は理解できるようになってきた。 ……あいつはそれをこじらせているのかもしれない。 あいつにとって都合のいい、必要な場所を、必要な人々と共に築こうとしているのかもしれない。 私と関わりのないことだけど。 そんなどうでもいいことを考えながら、涼風を置いて、彼女と共に灯りの中へ帰っていく。 すっかり暗くなった薄野の上を、大きな流れ星が通り過ぎていった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.02.10 03:46:20
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