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長押 綴

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2010.08.13
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カテゴリ:◎2次裏書
ぼくの父さんは殺人鬼らしい。


 ひとりめ、育ての親のような人。
 彼を仲間7人総出で殺したそうだ。

 ふたりめ、見ず知らずの他人。
 彼らに疫病の疑いがあると引き金を引いたそうだ。

 さんにんめ、弟分のカタキの娘。
 彼女を虐め倒して逃げられた先で、彼女が水流に飲み込まれたのを見ても助けなかったそうだ。

 どうだ、悪い男だよな?


 そんな父さんはぼくが産まれてすぐに死んじゃった。
 何か危険なものを取り扱っている最中、それが爆発したせいなんだそうだ。
 父さんの死体は原型を留めていなかったらしい。
 
 父さんに庇われて、父さんの相方である義父さんは生き残った。
 父さんの遺骸は義父さんと墓守さんが埋葬して、そしてぼくが忘れ形見として遺されたってわけだ。


 だからぼくが具体的に父さんについて知っているものといえば、父さんにソックリと言われるこの顔くらいだ。


 父さんについての悪評は聴くけど、どうしてそんな人になったのかなんて誰も教えてくれない。父さんの事を理解や共感しようとするのは危ないからだそうだ。
 父さんについてどころか、父さんの携わっていた仕事すら碌に教えてもらえなかった。
 父さんのようになってはいけないからだそうだ。

 親と呼べる人が居ないのは俺達も同じだったからと、義父さんはぼくと、義父さんの本当の子である兄さんを同じように扱って育てた。他の子の親には、その様子が先生と生徒みたいだと称された。
 もともと兄さんとぼくは母さんも住んでいる家も同じだったから、何が変わるというわけでもなかった。
 本当に、ぼくの父さんだけが唐突に家から、村から、この世界から消えただけだった。
 ぼくの父さんの悲劇は、『ヨソモノ』と呼ばれる人や一部の人からは惜しまれていたみたいだけど、ぼくが物心つくころまでにはその声もだいぶ減っていた。

 義父さんと兄さん以外からもっと話を訊きたかったのに。

 だけどぼくは積極的に父さんの話を訊きに行けるほど村の皆と仲がいいわけでもなかった。

 …ぼくに対して村の皆が、何かを隠してもいたせいもある。

 生まれつき声を出すことが出来ず、下手な知識を与えてはいけないとまともに何かを教えてもらうこともなく、ぼくは平和な馬鹿なまま育っていった。

 そんなぼくの状況を温室、と村長さんが誰かと話していたのを聞いた。
 まるで険しい山や井戸の中、大海を知らず育てられているようなんだってさ。



*10



 ぼくの最初の記憶は、兄さんの名前を呼んだことだ。

 薄暗い部屋の中、兄さんの見開いた目の赤と、兄さんの背後の青空が網膜に焼き付いている。
 その後飛び込んだ暖かな腕の中は、今でもぼくの一番安心できる場所だ。

 兄さんはぼくよりもぼくの父さんのことを知ってる。
 兄さんはぼくをみんなの冷たい目から守ってくれる。

 そんな大好きな兄さんは、ぼくとも母さんとも似てない。
 兄さんは、兄さんの父さんとそっくりだから。

 兄さんの父さんはそんなぼく達を微笑まし気に眺める。
 まるで昔の俺達みたいだって言う。
 母さんが酷く力なく笑っているのを気にも留めないで、実に嬉しそうに笑う。

「本当に良かった」
「お前のお蔭だ」

 安心しきった顔で笑う兄さんの父さんの腕の中、母さんは泣きだしそうに笑う。


「…何かが間違ってる」


 兄さんの言うことはいつも半分も理解できない。



*13


「お前の髪はいい色だ」
「短くしてればもっと映える」
「俺達と違うからって恥じるな」

 兄さんの父さん。義父さん。
 ぼくにとっては育ての父である彼は、事あるごとにこっそりとぼくの父さんの昔話をする。
 ぼくにそう育ってほしいのかなと思った。
 ぼくが男の子に生まれていたらもう少し似られたのかな。

「目元もそうだ」
「だから、隠さない方がいい」

 だけど母さんは、ぼくの父さんを思い出すからとぼくの顔を見たがらない。

 だからぼくは前髪を伸ばし始めた。少しずつ後ろの髪も。父さんに昔助けられたからと、たまにぼくに話しかけてくれるあの人のように黒く真っ直ぐで長い髪を、結んだり編んだりしてみたかった。

「……お前は髪を切らなくていい」

 兄さんも、義父さんの言う事を聴くなと次第に言うようになってきた。

 そして普段から、段々と息を切らせて、長い睫毛に縁どられた眦を吊り上がらせて父さんが何か喋るごとに遮るようになった。

 どうしてなんだろう。

 そう思いながらも、ぼくは何も出来なかった。

 ぼくは、そんなご飯の時間中、自分が喋れない事に感謝してもいた。
 免罪符をぼくは持っていた。

 どうせなら、耳も聴こえなければよかったのかもしれない。
 日ごとに薄暗くなっていく視界のように、余計なものを取り込まないで済むから。

 ……今より出来る仕事が限られていたとしても。


*15


 僕は、誰にでも出来る仕事しか出来ない。
 それ以外に何も求められないからだ。

「誰か助け………お前か…」
「……」
「…ああ…ありがとう…」
「……」

 こくりと頷くと、相手は困ったような笑みか、真顔で別の所に行く。
 僕は家族以外とは、そうした繋がりしかなかった。
 兄さんや義父さんは温かく迎えてくれるから大丈夫。そう思うことで自分を支えていた。
 …母さんも、顔さえまともに見せなければ僕と接しても平気だったのに、義父さんが数年間伸ばしっぱなしにしていた前髪を切ってしまった。お蔭で今は僕と接する時だけ母さんは盲目になる。

 だけど義父さんがこの前怪我したのも前が碌に見えない状態のせいだろうと言うから、従うしかなかった。ついでに、枝に引っ掛けて怪我の原因になってしまった髪も切ることになった。もう伸ばすなよと笑う顔に、誰のせいでと一瞬苛立ちが沸いた。
 それに、義父さんも母さんも兄さんもふわふわした銀色の長い髪をしていて僕より余程引っかかりそうなのに、なんて書いて、髪を引っ張って示したけど無駄だった。

「俺達の髪は切れやすいけど、お前の髪は強いから」
『それでも』
「短くしておいた方が楽だって、あいつもよく言ってた」

 僕はそういう誤魔化しが嫌いだ。

 容姿に関することを話に出されたり、それを指示に使われるのが嫌いだ。

 僕は自分の顔が嫌いだ。
 家族の中で唯一白い肌、黒くて硬い髪、吊り目とも垂れ目ともつかない右目の下には泣き黒子。

 父さんと鏡写しの顔。

 事あるごとに村の皆が僕を見て気まずそうにしていた理由は、年を重ねていく中で実感していった。
 …夜の水面も灯りに照らされた鉱石も夕暮れ時の磨かれた石達もそんな僕を写すから嫌いだ。

 義父さんは僕の顔をよく嬉し気に眺めるけど、僕はそんな時の義父さんも嫌いだ。

 義父さんを愛し、義父さんに抱き締められて嬉しそうに笑う母さんに似たかった。
 最近生まれた弟が、母さんに似ているというそれだけで僕は羨ましくて妬ましくて、その光のような笑顔をなくしてしまいたいとさえ考えた。
 消えるべきは僕なんだろう。滅びるべきはこっちなんだろう。父さんのように。

 だけどもし母さんに似ていたら、こんな目に遭わずに済んだのに。
 父さんと僕は違うのに。

 言って求めて自分の有用性を先回りして強調してないと手に入らない仕事。
 着かず離れずの距離で見守って、誰にでもする仕事として僕を助けてくれる大人の人達。
 たまに仲良くしてくれるけど、基本的には僕を全ての数に入れない他の子達。
 特に墓守さんの息子は足こそ悪いけど頭が良くて優しくて、僕をたびたび助けてくれたけど、そんな彼でも皆の方についた。
 当たり前。

 当たり前に、無視以上、嫌悪未満の立ち位置に僕は居る。

 一番の僕と父さんの違いは多分そこらへんだ。

 幼い父さんは、何でも頼られて、一番に色々なことを任されるリーダーだったらしい。
 幼い父さんは、先生の中でも評価されたり、たまに生意気だって殴られたりしていたらしい。
 幼い父さんは、沢山の同じ年の子達に頼られていたらしい。
 幼い父さんの隣にはいつも、親友が居たらしい。

 そして、大きくなってからも父さんは、劇薬のように人を傷付けながらも人を救い続けた。

 父さんは、父さんにしか出来ないことを沢山やり遂げたらしい。
 今この村に居る、他の国からやってきた人々や沢山の書物、資材、果ては他の地域の気候、風土、地形のメモなどは、父さんが導いた証だった。


 透明な僕とは大違いだ。


 何か色が欲しい。
 どす黒くても濁っていても極彩色でも灰色でも何でもいいから色が欲しい。


 安らげる居場所が欲しい。
 これが僕だと言える何かが欲しい。

 何もない。

 僕は、『父さんに似た人間』以外の何の意味も持たなかった。
 それが嫌で堪らなかった。
 それ以外になりたかった。
 それ以外になんてなったら今度こそ家族からさえ見放される役立たずになるかもしれない、唯一認めてくれる大人の父さんにさえ要らないと言われるかもしれないって分かってても、この薄暗い隅っこで縮こまる僕自身を誰かに見て欲しかった。

 兄さんに頼り切らなくても、平気だと笑える日がいつか来ると思いたかった。



*17



 僕はそれでも僕の父さんに似てしまったみたいだ。

 義父さんがいつものように洞窟に探索に行って、酷く幻覚酔いして帰ってきた時事件は起きた。

 最中ずっと僕は、義父さんはずっと父さんにこうしたかったんだろうななんて考えていた。





 自分の身に余るものを抱えた僕は、兄さんに連れ出されて村の外に出た。
 義父さんは追ってこなかった。
 だけど、僕達はずっと何かに追われるような心地でいた。
 逃げている最中ずっと兄さんは泣いていた。
 兄さんと義父さんはそっくりだけど、似てないなと思った。
 髪の毛の感じは似てると一度言ったら寒いのに髪を根こそぎ切ろうとしていたから止めた。頭が寒いのは僕だけで十分だ。
 兄さんのふわふわした頭はマフラー代わりになって、…大昔、二人で充てのないままさまよっていた頃の義父さんと父さんはこうして温まったのかと思った。





 村の唯一の墓守兼、皆に色々なことを教える役を果たしていたあの人は、背中を向けて逃げる僕達に標をくれた。

「以前なら墓のすぐ裏手っていうところやったけど…灯台下暗し、ってな。流石にそれやと、好奇心旺盛な子供らまでは防げんからなあ」
「…?…ありがとうございます」
「…!」

 声を出せない僕は、見えてないとは知ってたけど頭を大きく下げた。

 その標の先は少し奥まったところにあったけど、目印と、何回も通った跡があったからなんとか行き着くことが出来た。
 天然の要塞のような所で、目的がなければ近付かないような場所だった。
 四季折々の緑が生い茂り、見えない何かに守られているような空間。

 明けてきた朝、金色の光に焼かれながら、僕達とそこの主は出会った。


*18


 初めて見る人だった。
 だけど、ずっと前から見慣れた顔だった。

「……これか?…案外、慣れると生きていけるもんだ」
「前にも同じように右側が使えなかったこと、あるし」

 その右半身は焼け爛れていて、義父さん達の言ってたことはあながち嘘じゃなかったんだと知った。




「……ただいま」
「……オカエリ」

 気が付けば当たり前のように兄さんがこの人の世話を焼くようになっていて、けれどその頼る姿は酷く自然で、この人が義父さんに少し前まで介助されて生きていたと聴いてやっぱりなと思った。
 その日は、父さんが酷く幻覚に酔って遅くに帰ってきた日だった。
以降義父さんはここにはやってこなかったそうだ。

「やっと見捨てられたかと思ったんだ」
「オレ一人ならどうにか生きていけるし、誰かと成し遂げたいことは大体やった。……だから、このまま忘れ去られてもいいと思ってた」
「……だがお前達は、オレのせいで嫌な思いをさせてしまったから……それを、償わなくちゃいけないな」

 ここまで聞いた兄さんはこの人を締め上げた。
 だけど殴ることも詰ることもできず、「あんたのせいで」とつぶやくだけだった。
 その涙と降りかかるふわふわした髪をこの人は甘んじて受け入れた。


 あんたのせいで。

 そうだ、この人のせいだ。

 きっと僕も、兄さんも、この人のせいで、この人のお蔭で生まれた。

 そして今……僕も兄さんもこの人も、掃き溜めの生き物同士、放っておかれた者同士支えあってくれと義父さんに願われているんだろう。

 全くどこまで義父さんは自分勝手なんだ。

 母さんの泣いて僕を拒絶した姿、どうにかして愛そうとした姿と、目の前の全てを諦めた人の姿が重なる。

 やっと分かった。
 母さんとこの人は愛し合ってはいなくて、だけど、義父さんの為に、僕を作らないわけにはいかなかったんだ。

 義父さんの不器用で傍迷惑な愛の形がこれなのか。
……僕は、義父さんの不器用な理性と、根源的な欲求の塊だった。

 ではかつての母さんが抱いた得体のしれない不安のように、今僕が抱えているものは何だろう。





 一人だけじゃないなら、簡単な話だった。





 村からはみ出した人、別の場所で生き残って流れ着いた人、色々な人達を義父さんと同じように愛して受け容れればいいと僕は開き直った。

 兄さんは”父さん”の右腕となりながら、そんな僕を痛々しいものでも見るような目で見ていた。
 ”父さん”はといえば、たまに僕達で関係出来ない問題を助けてくれるけど、僕の行いについてはしかめ面でだんまりを決め込んだ。


 だけど今、ここを僕は楽園と呼べる。

 世界は美しくて、茂る緑越しの日は優しくて、木々の間を通り抜けて海から届く風は涼しくて、岩の間から見える月の下は安らげて、ここが僕らの居場所なんだと胸を張って言えるから、過去よりも未来を目指せるから、僕達はきっと間違ってない。


 残った左腕をどうにかして利き手のように矯正した”父さん”は、ここの子供達の頭をくしゃりと撫でる時、とても幸せそうな顔をする。
 まるで利き手の左手で、僕達をくしゃりと撫でた義父さんを思い出す顔。

 だから、きっとこれでよかったんだ。





【幕】





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最終更新日  2018.02.05 17:18:27
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