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カテゴリ:◎2次裏書
数年前、必ず戻ってくると約束した彼らはちゃんと帰ってきた。
頼れる人を連れて。 それは信じとった。 俺の息子が助かるか否かも、それに懸かっとったから……余計に。 帰還の日の朝、息子を目覚めさせる日の朝。 彼女に力を貸してくれと柄にもなく祈った事を、覚えとる。 ******* 至要な能力 ******* 息子は幸い、軽い障害で済んだ。 少なくとも心配されとったほどではなかった。 順調にすくすく育っとる。 問題は、一緒に詰められた子と癒着して、使い物にならなくなっとった足。 引きずるようにして歩くその様子を見て、彼ら、特に彼は、複雑そうな顔をしとった。 彼らのせいやない。 むしろ、ちゃんと『起きる』ことが出来ただけ行幸やったから感謝しとるくらいや。 毎日毎日徳を積んどるおかげかもしれんと仲間からは言われたが、それよりも俺は人の力のお蔭やと思うた。 少し前に、彼の相方に子供が生まれたと聞いとったから、子供達が成長した時、仲良くやれるようにと祈った。 彼女も笑っとる気がした。 * あれから7年が経った。 うちの子は満足に歩くことができんけど、車椅子みたいなんを作って、他の子に押してもらっとるからええ。その内二人は、あの時一緒に目覚めた子や。 顔はといえば、彼女ー…俺が奥さんにしたかった人、に日に日に似て来る。そして賢さも。俺より一枚も二枚も上手な気ぃする。 車椅子やから俺や彼女の勝手とは少し違うてるけど、弓矢も扱える。 流鏑馬みたいでかっこええやんと言うと、息子は嬉しそうに笑うた。 問題は、そんなうちの子でもどうにもできんこと。 脳裏に後ろ姿が過る。 黒くて少し長めの髪。 父親と同じ顔、手先の器用さ、人との接し方の不器用さ。 うちの子と接してる時は、お互いに少し嬉しそうやったんやけど。 最近はそれも少なくなってしまっとる。 考えてる内、数メートル先でがさりと揺れる葉。 また何かの動物かと思い身構えーーーーー。 あ、あかん。 「ああ、なんやすまんな!あんたか!!」 「……!」 つがえた弓矢をすぐに降ろす。 危ない危ない。 …この子にそないなことするんは特にあかんやろ。アホか自分。 この子は村で疎外感を感じとる。 それに、……どういうわけか、この子にも、欠けとる能力がある。 声を出すことができん。 何の外傷もなさそうやのに。 精神的ストレスで声を出せんのかも、とうちらのお医者さんは2人揃って言うた。 …確かに、この世界で生まれた赤子は揃いも揃って皆静かやった。 やから、うちの子が泣き喚いてなかなか寝付かんかった時は、周囲を警戒しつつも皆少し呆れたように笑うとったんやろう。 それが、この子の場合強かったということやったのかもしれん。 薬師のあの娘がまた調合した薬を試そうとしとったが止めた。 同時期に子供が生まれとったからうちの子の乳母になってくれたんはありがたかったけど、やからってそういうことまでは絆されん。 やけど、ダメ元で試してみた方がよかったんかなと時々思うこともある。 「…どうしたん?また何か材料を集めとったんか?」 「……」 この子はじっと俺を見詰めて首を振る。 その静かな空のような目には見覚えがあった。 「そうや、言いそびれとったんやけど。この間うちの子の車椅子直してくれておおきにな」 「!……」 ぱっと顔が明るくなる。かわええかわええ。 自己主張しないタイプで、喩えは悪いかもしれんが忍者のように気付けば仕事を終えとるこの子。俺は嫌いやなかった。 ……どっかの誰かさんも、心配しとった。 同じように不器用な者同士、何か手話でも身振り手振りでも話してみれば気が合いそうやのにな。 足りないものがある。失ったものがある。 補う為に頑張る姿は嫌いやない……が、強がりは見てて心配になってまう。 「ああ、ナイフにできそうな石集めとるんやね。料理や採集で使い潰してしまっとったからありがたいなあ、おおきに」 「……!……!」 「せやな、他にも何かええもん見付けたらまたおっちゃんらに見せてえな」 俺がこうしとるとたまに何人かに睨まれてまうけど、俺はそういうキャラやからと許されとる。ある意味感謝やな。 * 朝食前、いつものように経を上げに行くと、墓所に少女が経っとった。 朝焼けの中、一人、実父より少し長い髪をなびかせて。 少女の唯一の過去と繋がる場所。 実父の親友、そして、実父が眠っとるー…と言われとる所。 ……俺が、あの隠蔽に付き合わされた所。 * 『治せ』 『お前…俺は医者やないで!?坊さんや!』 『だったら死体は見慣れてるだろ?』 『ひっどい偏見やな』 言いつつも応急処置。薬師のあの娘、動物捌きに手伝わされた経験がそういう生き方をするとは思わんかった。 『……うちの医者は嘘が苦手なんでな』 『…は?…』 『こいつを、死んだことにする』 『はぁあ!?』 俺の言い分は全部却下されてもうた。 いや、確かに色々あったんやろうけど、知らん間に子供出来とったとかびっくりなんは分かるんやけど、彼が逃げようとする理由があったように俺らの場合と色々違うてるみたいやけど……それでも、実父と義父とで子を守り育てるっちゅう選択肢はないんかいな? そう思いつつも応急処置をした。 ……ぱっと見て分かるのは右腕、右脚の喪失やけど、恐らく右目と右耳も、もう。 その代わり、左側だけは嘘みたいに綺麗で。 彼は何かいつも半分だけ奪い去られる運命にあるんやろかとふと思った。 ざくろみたいな右側と逆に左側は青白くなっとるから、そちらまで失わんようにと止血、輸血、強心剤もどきの投与に呼吸経路の確保。 蜘蛛の糸がまた役立った。 もう居ない彼女が何度も頭を過った。 応急処置がひと段落して、3人共体力の限界になっとった。 死んだように眠る彼を見詰め、ぼろぼろの無表情であいつは言った。 『……ここじゃ、こいつは生きる気力がないままだ』 『……』 霞む目をさまよわせ、回想。 そういえば。 最近ことに、墓の前でぼーっとしとることが多かった気いする。 手を合わすこともなく、不規則な時間に頻繁に、瞬きもせず前を見て。 『子供が出来たら、生きようともっと思えるかと考えたんだが』 『……?』 ……よく分からんかったが、俺はあんまり突っ込んで話すタイプでもあらへんし、取り敢えず目の前の治療に専念せな……と思いながら、俺は意識を失った。 目を覚ましてから、これからせなあかんことにくらっとした。 ぐったりした彼の右腕と右脚を、本読んだり医者の知り合いのグロい話思い出しながら治療したり、ぼろぼろになった右側の残骸を切除したり、包帯取り替えたり、あの娘が怪我した家畜につけとる医療用蛆をこっそり拝借してきたり、こっそり集めた薬草を差し入れたり、あいつと交代で発作が起きんか見守ったり、墓場の近くに隠れ家を造ったり……。 確実にあれで俺の医療レベルは上がったと思う。そして睡眠不足に耐える力も。 しかもあの後外部に連れ出すことやあいつの外出理由隠蔽にも使われとるからもう。 まあええねんけどな。 息子助けてくれたし困った人ほっとくのは嫌やったからええねんけど。 やけど、そっちと息子の知的好奇心に付き合う仕事と、普段の狩りやら経やらをこなすんはきつかった。 * ……ともあれ、目の前にあるんは彼の死体やなく、肉だった煤に塗れる骨を埋めた場所。 少女は時折瞬きをしながら、そこに立っとる。 「……」 声を出せんかった。 この少女もいつか、外に行くんやろうな。 ずっと前、少女とうちの子が話してた時を思い出す。 外への憧れ。 馴染めない世界を出て。 光と自然に満ちた新しい世界。未来。 その資格と能力を、連れ出す力を、きっと子供達は持っとる。 それを俺達は見られるんやろか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017.11.14 01:22:21
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