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傾国の美女が王様から逃げ出したんだってさ。
そんな噂がまことしやかに囁かれてる。 そりゃあそうだろうさ、事実だもの。 「見付からない…見付からない……誰かが…誰かが盗みよった…!絶対に許さない!」 いや、あんたのもんでもなかっただろ。 今日も俺は不機嫌な兄を肴に酒を飲む。 * 申し遅れたが、俺は王の弟だ。 正直言ってどう見ても怯えた様子で一緒に居る彼女が逃げ出すのは時間の問題だと思っていた。 兄貴としてはスラム街から助けてあげたなんて思っていたんだろう、俺にだけは心を許してるとか言ってたけどこうなるなんて全く笑ってしまう。 こっそり彼女に会いに行った時普通に俺にもサービス精神発揮してくれたしな。兄貴だけですらない。 「……んで、君はどうすんの?あー、喋れないか」 七つのベール、その積み重なる中に声をかける。 目の前の彼女はやはり怯えていて、きっと生涯それは消えないのだろうと思った。 「まあ、いいけどね」 喩えこれが原因であいつの国政が荒れようとも全くざまあみろだ。むしろそうなったら高らかに笑ってやりたいところだ。……けれど、彼女の居場所は俺の懐でもないのだろう。 兄貴が与えた、煌びやかな全く実用的でない世界でも、 俺が与えられる、実用的だが血なまぐさい世界でも、 ……きっと彼女は生きられない。 「全くジプシーって一族は」 「……」 俺の母もそうだった。だからベールの中の彼女の腹に宿る小さな命も、きっとその内俺と同じ運命を辿るんだろう。 汚い世界、どうしようもない世界。 それでも、生まれなかった方がいいなんて思いたくないし、目の前のそいつが生まれないべきだとも思いたくない。……兄貴は、一人しか愛せないから、そう思うかもしれないが。 「大丈夫、俺は兄貴ほどお前に執着してないから」 寂しい世界だが、空だけは今日も青い。 これはきっと幸せなんだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017.03.17 23:52:42
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