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長押 綴

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2012.06.15
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カテゴリ:◎2次裏書
「---」
「-」

それは僕の名前じゃない。
もうとうに死んだ人の名前。


なのにどうしてどぎまぎしてしまったのか。
かつて呼ばれた名前だったからなのか。

……返答次第で、相手が此岸と彼岸、どちらに行くかを決定づけると悟っていたから、なのか。






この記憶は多分夢だ。
夢だから、誰にも語る必要がない。
夢だから、再び確認した時には何の痕跡もなかった。
夢だから、怖くない。






そいつは死んだように眠っていた。


右半身を包帯と薬草と布とで覆い隠し、左半身はその余波に侵されていた。
その姿はかつてそいつらの世話になっていた自分自身を思い起こすようだった。



おそるおそる触れた。
怖いモノ見たさというよりは、それが夢や幻覚であるということを確認したかった。

ーいや、もし本物だとしても。
それを、大人になって、そいつらと殆ど変わらない身長になった自分なら克服できると確認したかったのかもしれない。

とにかく僕はそれに触れた。

そうすると、そいつが、死んだように、人形のように眠っていたそいつが静かに目を開けたのだ。

あの頃と変わらない、鬼火のような眼光を目に宿して。

「ヒッ……」
「……---?」

痩せて汚れて、ぜひゅうと一つ呼気を漏らした喉がかくりと動いた。

喉仏は火葬されてもなかなか燃えない、仏の形をしているらしい、そんな無駄な知識が頭を過っている間にそいつが体を捩った。

僕は逃げた。

あの男にしてはあり得ない程痩せ細った喉から捻り出されたのは、かつて嫌というほど耳にした名前。持ち主の姿を目にしたことはなくても、そうであれと叫び押し付けられた名前だから、こびりついている。お蔭でその名前に似た言葉を日常生活で聞くたびに拒否反応を起こすほどだ。


これは悪夢だ。早く目覚めなくちゃいけない。

走って抜ける直前、どん、と誰かにぶつかった。これもだ。これもかつての悪夢のような生活と同じ。

助けてと今度は言わなかった。だってこいつもまた鬼なんだから。

逃げようとする僕を、急な眠気が襲った。

ーああ、よかった。これで起きられる。

そう思う僕は、響く誰かの独り言を無視した。

だってこれは夢なんだから。
夢の中の人物に、意志なんて、あるはずがない。

こいつも、横たわっているそいつもみんな、悪夢の住人だ。

繰り返し見た、僕が頼りに思ったあの人も見ていた悪夢の住人、怯えの体現、本当は大したことのない、いや片方はこの世に存在すらしていない。





目が覚めて僕は三日三晩うんうんと熱に魘された。

大人になってもこんな姿見せるなんて、と僕は酷く落ち込んだけど、でも好きな娘がお見舞いに来てくれたから、まあいいか。


「……酷く魘されてましたね」
「…ううん、大丈夫」


……間違っても、やつらの夢を見た、だなんて言わない。

……この娘は、僕の見た悪夢の根源であるそいつが居なくなった時悲しんでいたから。


「まったくひ弱よね、情けないったら。またお化けがなんとかっていうつもり?」
「……言わないってば」


全くこいつとは大違いだ。

「またお祓いとか私やこの子やあの人に頼むつもり?」
「だから頼まないってば!」

こいつは墓守さんや、親戚のこの子が絡むと何故か決まって現れる。墓守のあの人やこの子は優しくて好きなのに、こいつは本当にどういうことがあればこんな性格に育つんだろう。

……だけど、そうやって言い合っている内に、気が付けば気分の悪さはどこかに行っていた。

視界の端では、想い人がふふ、と笑っていた。






幼いその子が一人ぼっちで頑張るその様子は、誰の目にもきっと痛々しく映っていた。あいつに容姿がそっくりで、……あいつ自身が、親子というものを負債の存続の縁と捉えていた記憶が新しくとも、その子自体は無実だった。
…喩え、あいつがもしも記憶喪失にでもなって、一人頑張っていても、きっと痛々しく見えていただろう。

……だけど、あいつが、記憶を失わず生きていたら、どんなに酷い怪我をしていようとも、どんな苦境に立たされていても、僕達は同情なんて出来なかっただろう。


あいつが死んだ今だからこそ、あいつの全てを冷静に耳にすることが出来る。
あいつの記憶と眼差し、そして僕達への接し方は強く結びついていて、だからあいつに目が片方でも残っている限り、物を掴む手が片方でも残っている限り、這いずる足が片方でも残っている限り、……あの地獄の底を求めるような声が残っている限り、どうしようもなく恐ろしくてたまらない。


たとえそれが夢の中の住人であろうとも。





あいつが生きていたと言われて、ああそうだろうとも、あいつがそう簡単にくたばる筈がなかったと思うと同時に安堵してもいた。
お蔭で、夢をようやく見なくなった。亡霊が魘される原因だったわけじゃない。僕自身の怯えが原因だったんだ。

あいつ自身はこちらには、やって来ない。
亡霊なら来られるかもしれなくても、生身ならきっと大丈夫だ。


そう思っていた僕は甘かった。





餓えた状態ならば何でも頼る。この世界のルールだった。

かつて僕が、毒を盛られても逃げ出せなかったように。


だけど、頼った先から人が欠けていくなら話は別だ。
新たな現実という悪夢。
……人手がどんどん減っていき、ついには、あいつに直接恨みを抱く者だけが残される……なんてことが、あり得そうで。……それを防ぐには、手段なんて選んでいられない。

「……私達が行くしかないんでしょうか」
「…やっぱり、若い者だけに任せるのは無理があったか」


任意にしろ、任意でないにしろ、人は返してもらわなければ。





bgm/my lost city-embers





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最終更新日  2018.02.12 06:27:09
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