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「俺には何もないのかもしれない」
望む未来も、行きたい所も、生かしたい場所も、生きる目的も。 「きっとあるよ、いつか見付かるよ」 変わりたい姿もないけど、このままで居るのも嫌で。 「無理だ、そんなの幻想だ」 愛せる人は居ないのに、誰かを大事にしたいと思う。 「今はまだ生きてきた時間が短いだけだ」 我儘だろうな。 これだって、全て俺の独り言なんだから。 脳の断面 犬のココはある日突然姿を見せなくなった。 姉貴は毎日ヒステリー、妹は家に引きこもり。 父さんは家業守るのに必死、母さんはこの前怪物にされて、暴走した挙句、警官に撃たれた。 あーあー、何なんだろうな俺の人生。 俺は何の為に頑張って来たんだっけ。 小さい頃は確かもっとたくさん夢があった筈なんだけど。それこそ笑われるくらいに沢山。 だけど今じゃ、一つも思い浮かばない。医者?血が苦手な俺が?作家?読み専の俺が? 保父?笑うと指名手配犯って言われる俺が?教師?コミュ力皆無の俺が?科学者?忍耐力のない俺が? 無理に決まってるじゃないか。 一度きりの人生、慎重に決めなきゃいけないのにそんな夢物語語ってられない、危ない橋は渡らない。 そんなことばかり考えていたら、一つも残らなかった。 「……進路調査、か」 適当に、公務員とでも書いておこうか。いや、駄目だな。高校2年のこの時期、そんな曖昧なものを出すわけにはいかない。 「受かる大学に入って、入れる会社で働きたいっつったら駄目なのかな」 独り言をぶつぶつと、特等席で呟く。友人の伊藤に「俺はまだ青春を謳歌したい、大人になりたくない」と言ったらはたかれたけど、あいつも俺の言っていることを冗談だと思っているんだろうな。 ……本当に、俺はなりたいものがないんだけど。 『もういっぽーん…!』 野球部で熱心に練習している伊藤の声は、ここまで響く。 ふと羨ましいと思う。小学校からずっと野球を続けて、大人になっても野球を続けたい、出来れば選手になりたいなならなくちゃ絶対なってやると言っていたあいつの、きらきらした目を思い出す。 俺には見えないものを見ている目が、羨ましい。 「俺がもし沢山居たら」 絶対にありえないけど、 「姉ちゃん宥めて、妹の勉強助けて」 そしたら沢山失敗できるのに 「父ちゃんの仕事継いで、人間の怪物化を直せる研究して」 そしたら沢山のものを捨てないですむのに 「あとついでに世界の色々な問題を解決するスーパー田中軍団でも結成すんのにな」 やりたいことが、やらなきゃと思うことが全てかなえられないとしても、挑戦できれば、俺は…… 「……田中、くん?」 「うぉっ!!?」 びっくりした。ここには誰も来ないってのは甘かったか、くそ。 ばくばくばくばく心臓の音がうるさいが、必死に平静を装う。 「……あ、あの、びっくりさせてごめん、ね。私、同じクラスの佐藤。……大丈夫、だよ?ひとりごと言ってたとか、絶対他の人には言わないから……」 下から聞こえる声は恥ずかしげで、何か返事をしなければと思うのに何も出てきはしない。伊藤とばかり喋っていたことの弊害か。 「いや、こっちこそ、その、なんだ、ごめん。」 高いほうの校舎の展望台のそば、機器を置く為に更に一段上がったところに俺は居た。 展望台に来る人自体が少なく、更に機器に上るような人はもっと居なかった為、俺はたまにここに居座っていた。ある程度で切り上げて帰らないと、また姉貴の雷が落ちるってのは分かっていたが、晴れた日の夕暮れの風はどうしても時間を忘れさせるから。 「……田中くん、自分が沢山欲しいの?」 「……うん、その、なんだ、悪い、出来れば忘れてほしいんだが……」 俺さっきから同じ言い方ばかりだな、情けない。 しかし佐藤も佐藤だ、どうしてこんなことわざわざ聞いてくるんだ。中二病の痛い奴だと思うならさっさと離れてくれ、そういうのいじる奴だったのか佐藤は。 うんしょうんしょと今にも崩れそうなはしごを上ってくる佐藤。 ……待て、それは、 「え?」 「あ」 やばい。 そう思った瞬間、佐藤の腕をつかんでいた。 「う……う」 「いいいいいいいか、落ち着け!俺の腕を掴め、そんでゆーーーっくり、梯子にかけてる体重を減らすんだ、大丈夫、大丈夫だからな、安心しろよ」 「う、うん……ううううう……!」 中の鉄がぎしぎし言っているから、俺は毎回飛ばしていた梯子の15段目、16段目。 痛んでいた16段目を折ってしまった佐藤は、続いて15段目も折れ、体重のかかった両手が剥がれたペンキを擦った拍子に両手の力も緩んでしまっていた。 俺の手はどうにか落ちかける佐藤を食い止めはしたものの、佐藤の足は14段目に激突してしまい、彼女に苦しげな顔を浮かべさせていた。 14段目と壁の間に妙な感じに挟まった足を佐藤がゆっくり抜いていく。 「は、はぁ、はあ、あは、はあ」 「佐藤、大丈夫か。足は痛むんじゃないのか」 慌てる俺を、佐藤がおしとどめる。 「大丈夫。……私、怪我とか治るの早いから」 「……それでも………」 どうしたものかおろおろしている俺を、佐藤は見上げた。眼鏡越しの垂れ目が微笑む。 「大丈夫」 「……!?」 俺の見ている前で、信じられないことが起きた。 赤く腫れていた佐藤の脛、そして擦り傷のあった手がまたたくまに治っていく。 「……ほら」 ・・・・・・・・・・・ 「……あのさ。お前って妹居る?」 「居るけど、それがどうかした?」 「妹から俺の話聞いたから、やたら「俺」に絡んできてるのか?」 「……やっと気付いた?」 にこりと笑う佐藤(兄)は、今更かというように「やれやれ」という仕草をしてみせる。いらつく。 「うちの妹は、幼い頃から体が弱くてね。僕はあいつを丈夫にしてあげたかった」 「…………」 「結局、やりすぎてしまって妹は気味悪がられてしまったけど。僕はよく分かっていない妹を自主休校させた。」 いつもふざけている佐藤の顔に、悔恨が滲む。 「あいつの超回復を見て避けなかったのって、僕以外では田中君が初めてだったから、久しぶりに学校に行った妹がすごく嬉しそうに話してくれたのを、よく覚えてる。それで僕は、君に興味を持った」 「それが何で断面見せろって話になったんだよ……」 「あはは、何でかな?」 「誤魔化すな。……あと、妹はどうし、た……」 そう言った途端、佐藤の顔付きが変わった。 「…………ごめん。その話は、また今度でいいかな」 「……あ、ああ」 「おーい突っ込み、佐藤ーーー…二人とも、先行くぞー」 「ごめんごめーん、待ってー」 「あ、今行く!」 目を見開いて、口の端を笑っていないのに吊り上げて、それでも眉はぴくりとも動かない。 ……どうした、って、いうんだ。 俺は何故か、こいつの頭の中を覗きたくて仕方が無かった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.06.15 03:28:45
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