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「大丈夫ですか、先生」
「あ、ああ……そ、そうだ、なんてことはない、別に連れ出されずとも少し時間が経てば慣れられたのだ、あのようなもっ、・……」 言っていてまた思い出したのか、先生がまた吐き気を堪える涙目で震え始める。 言わんこっちゃない。 「別に虫が苦手な人なんて世の中に大勢いるじゃないですか。俺だってそうですし」 「嘘だ!他の田中は割とばくばくと食べているじゃないか……っ私には聞こえているのだぞ!」 先生の耳は、大きい分だけ少し離れた場所でも音を感じ取ってしまう。その分聞き取りやすい音域が変わって、俺達の声のほうが聞き取りやすくなったと言っていた。 「……俺は俺、あいつらはあいつらですよ」 そう、俺「達」の。 結局この人の感覚は、俺が高校生の時となんら変わっていないのだ。 外見にどうしても目が行く。最初の観念から動けない。 「…そう、だな。今、私のそばに居るのはお前だけだし」 ……面倒だとは思うが、それでも存外子供っぽいこの人の面倒を見ることで気を紛らわすことができていた。 それは、 「なんだか、保父さんと児童みたいですねっ・・・・・・、て、あ」 やばい。ついうっかり口を滑らせてしまった。気を悪くしただろうか…… 「……そ、そうだな」 ……何故そこで嬉しそうな顔をする?…… 自立心が強いと言うか、割とマイペースだと思っていた先生のそれに、不意打ちを食らったような気持ちになる。 「は、はは、じゃあ、ごはん、俺また作りましょうか。他の材料で」 この会話を終わらせたくて、冗談にしたくて、立ち上がる。 「いや、いい、ここにいてくれ……」 俺の服をガッと掴む手は震えていて、そういえば外の虫の行進の音が、部屋の隅では特によく聞こえると今更ながら認識する。まずい、だがしかし部屋の中心部で虫を食べているあいつらに近付けるのも、キッチンでまだ残っているかもしれない材料の残りを片付けることなく近付けるのも、リスクが高い気がする。 「……はい」 俺が一緒なら、我慢できるのだろうか。 そう思って、俺の服の端をお守りのように握りしめる先生の手を、外側から包み込んだ。 俺の手は小さくて、先生の手を守るには到底足りなかったけれど。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.07.31 13:18:52
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