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あたしの祖母、小百合には妹が居たのだと言う。
彼女は言う。清く正しい人になりなさいと。兄のようにはなるなと。姉のようにもなるなと。 一方で。彼女は私達に世の中で生きていけない綺麗さを押し付けながらも、あたしの兄には生き抜く為だけの強かさを要求する。あたしの姉には見せかけの美しさでその中に隠れた醜さを隠すことを要求する。 そのことを追求したら、小百合はヒステリックに取り乱し、あたしの顔を焼いた。 これでもう清らかに生きるしかなくなるでしょうと。 普段穏やかな小百合の急変。 あたしはどうしようもなく怯えて、従うことにした。 けれど学校では避けられ、一族…特に姉からは同情と蔑視の目で見られ、あたしの性格は歪んでいった。 学校の下らない噂話に小百合が思うような混じり方をする事はなかったけれど、その分題材にされた。 あたしはくじけなかった。 内側が歪んでようと、美しいものとしては扱われなかろうと、面白い人間であればいいと。 その内、学内の他の面白い人と、面白さを重視する人と、あたしはつるむようになった。 その中には小百合のような人も居たから、あたしは人に笑う事を要求する事で、大らかに振る舞う事で、臆病さを隠した。 * しかし小百合のそれは、代々続いてきた神隠しにあたしを送る為のものだった。 それを知ったあたしは逃げ出した。 汚く醜く反吐が出そうな戦場でなら攫われないだろうと。 ばかばかしい戦いだろうと、名前も知らない顔も知らない考えていることも分からない神とやらに、お家の興盛の為贈られるよりはましだった。 …なのに、その神様とやらは随分粘着質なようで、あたしは神隠しに遭ってしまった。 神隠しとは、異世界に飛ばされることのようだった。 異世界に着いてすぐあたしは保護された。その人はどこか小百合に似ていて、怯えたあたしに彼女は優しく言った。 「あなたは、次女かな?」 「……え?」 何故唐突にそんなことを訊くのか。 「私もそうよ。……もしかして、だけど。小百合の孫かしら?」 「!」 何故それを知っているのか。もしかしてこの人も送られてきたのか。 この20代くらいにしか見えない人が。 問う間もなく、あたしは手当と温かいスープを貰ってから、着いてきてと言われ歩き出す事となった。 連れて行かれたのは、小さな神殿のようなお堂。そこの黒い壁には、あたしを保護した人…あたしの大叔母、小百合の姉たちの歴史が美しい流線で描かれていた。 なんということか、異世界に飛ばされたあたしの叔母達、いいえ、真なる意味での祖先は異世界で立派に生き抜いていたそうなのだ。代々……代々。そのきっかけとなった最初の一人……ミチルは呪いにかけられた原因だそうだが、その人もまさかこうなるとは思っていなかったんだろう。 あたし含めて、その名前にはいつも、チとルが入っていた。 チルチルミチル。国は違うけれど、幸福の為の名前だ。 きっと居なくなった人の面影の為につけた名前が、いつの間にか識別の為の名前になっていた。 けれど神様にも、あちらの世界の過干渉の一族にも負けることないお守りにもなっていた。 あたしは同情と親近感を、小百合の姉に抱いた。 その絵画に見入っている間、見守っていた彼女は優しく話しかけてきた。 「名前を訊いてもいいかしら」 「チヅル。…千の剣と書いて、千剣です」 「強くて、綺麗な名前ね」 「ありがとうございます」 あたしは、聞き流すようにしながらもそれを心にしまった。 あたしのような人から好かれづらい人間には、ちょっとした幸せを大事にする回路がきっと備わっているんだろう。後で人生に耐えられない時に引っ張り出して縋る為に。 「私はサチル。幸が留まると書いてサチル。これからよろしくね」 「……ええ。」 「…ねえ。小百合は、どうしていたかしら。私の中ではいまだに小さな子供なのよ」 傷付けたい。 この何も知らず優しくたくましく生きている人を傷付けたかった。 「……あたしに、神隠しに遭うくらいに清らかに生きるようにと、あたしの顔を焼きました」 「…………」 幸留は悲しそうな顔をして、あたしを撫でた。 ぼろりと涙が零れた。 「小百合は……私の面影を追っていたのかもしれないわね。 ごめんなさい」 「いいえ、謝らないでください」 あたしは、この優しい人のようになれれば、それでいいと思った。 いつの間にか直しようもなく歪んだ場所も、この優しい人を助ける為に使えればと思った。 今では、そうこの生活も嫌いじゃない。 神隠しに遭った時一緒に巻き込まれた戦友もこちらへ来ていたし、あたし達の一族は神様の呪いとやらで年齢を自由に操る魔法を使えるようになっていたから。 ただ、好きな時に生きて好きな時に死ねるということではないらしく、何か大きな大戦でもないと死ねないらしいので…それは巻き込まれた戦友も同じらしいので、少しだけ不便だと思った。 あたし達の呪わしき苗字、藤染。 あたしと幸留の苗字。 あいつらが自分の家の為に捨てた藤染。 藤染御殿とも呼ばれるこのお堂を、あたしはあちらの世界の藤染家よりも、兄や姉なんかよりも、守り、栄えさせてやる。 その為に、生き抜いてやる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017.04.07 07:32:54
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