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カテゴリ:.1次題
笑介はいつも笑顔で、先輩の覚えめでたく、後輩にも尊敬される男だ。
よく噛み付く後輩は笑介の言うことなら聞くし、厳しい先輩も笑介には優しい。 しかし笑介と一人だけどうしようもなく相性の悪い男が居た。 それは笑吉。新卒で入ってきた笑介と同じ頃に中途入社し、質の悪い冗談、暴言と捉えられても仕方のない、恐喝すれすれの言葉を平気で吐く男だった。 笑吉は、笑介に言ってはいけない言葉を言った。 のみならず、直属の上司と部下でなくなってさえ、貶し続けた。 笑介を馬鹿にすることがさも自分のアイデンティティであるかのように。 それは自分が有能であり会社に居なくてはならない人財だからという傲慢さと、取るに足らない存在として笑介を位置づけ力関係を明示したい大人げなさから来るものだった。 それに、何があっても笑吉にはやり返せる自信があった。 何故なら笑吉は全部正しいから。 事実を盛ることや、曲解することはあっても、ぎりぎりの所で訴えられるようなことは避けていたから、大丈夫な筈だった。 * 正攻法では勝てないと笑介は分かっていた。 だから、ありとあらゆる手を使い、笑介は部下や上司を味方に付けた。 その全てに少々オーバーな表現を用いて笑吉を表現した。 勿論相手は選んだ。口止めもした。 そうして数年経った頃、笑介には、笑介の為に笑吉と闘える兵隊が居た。 笑吉のもとには、笑介と面識がなく、また笑吉の暴言に耐えられる強さあるいは鈍さを持った人間が残った。 兵隊は笑吉のもとに行く。そうして退職するか、噂の種から実体験と裏読みと悪意を持って育った憎悪を隠しもって他の上司のもとへ行った。 「どうしてそんなことになってるんだ」 笑吉は言うが、笑介の下に居たことのない人間にそれが分かるわけもない。 笑介の下に居た人間は、笑介の為にそれを黙っている。 笑吉に退職させられた人間は、笑介がそれを予期していたのかもしれないとは思いつつも、力及ばなかったのは、笑吉のもとでやり切れなかったのは自分の責任だと考えた。 「本当はいい人なのにね」 そう、笑吉の同僚は言う。 けれど笑介の後輩に取ってそれはきれいごとでしかない。 そうしてインフルエンザのように笑吉への悪意は蔓延していった。 * 数年後、笑吉は夜道で刺された。 笑吉のもとで笑顔が消えていた部下は笑顔を取り戻した。 笑吉に退職させられた元部下は笑顔を取り戻した。 勿論表には出さなかったが。 しばらく入院することになった笑吉のもとに、笑介は見舞いに行った。 「お前がやらせたようなもんだよなぁ」 「悪い冗談言わないで下さいよ」 「お前、俺が居なくなったら、今度は誰と闘うんだ」 「なんのことか分かりませんね」 にこにこと互いに笑顔を向け合う二人。 「何に対しても喧嘩を売っていたじゃないですか、貴方は。それでどうしてただで済むと思っていたんです。俺が何もしなくても、こうなるだろうこと、貴方は予測できたんじゃないんですか」 「言ってろ」 病室を出た笑介の口、病室の中の笑吉の口にはそれぞれ歪な笑みが浮かべられていた。 * 更に十数年後二人は社長派専務派として笑いながら対立することになるが、それはまた別の話。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.11.14 20:08:55
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