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長押 綴

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2017.12.15
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カテゴリ:🔗少プリ
恵ちゃんと直ちゃんと優さんの優しくない話SS。直ちゃん視点。




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ある日の鍵屋崎家 



***************



 最近眠気が酷い。
 原因は分かっている、鍵屋崎優に斡旋された研究内容が思った以上に難航し、既存の論文と新たな理論と関係者の妙なプライドが衝突し合っているせいだ。
 本来なら小学校に通っている年齢の子供にどれだけの重荷を背負わせる気なのだろうか。しかし僕はその為にここに存在し在籍している、文句を言う権利はない。
 だが今日はなんとか、夕方までに一段落つけることができた。お蔭で間に合った。

『……ただいま帰りました』
「恵、お帰り」
「!…お兄ちゃん、ただいま」

「……今、門の鍵を開けますので」


 研究所と自宅を兼ねている為人間味はないが防犯設備はしっかりしている我が家で、インターホンと門は城門のような役割を果たしており、その距離が毎日歯がゆいことこの上ない。
 職務に忠実な門番もといお手伝いの彼女の横から、赤いランドセルを揺らし弾むように恵がやってくる。

「お兄ちゃん、研究大丈夫なの?」
「なんとか一段落ついた。それよりも恵、今日は確か楽しみな事があると言っていなかったか?」

 まだごたごたに巻き込まれる数日前、宿題を教えている時にちらりと聞いたことだ。学校であまりいい思いをしていない恵がそう言うのは珍しかったから、その話を後でじっくり聴きたいとおもっていたのだ。

「うん、あのね、今日ね…!…あ、でも、お兄ちゃん、今疲れてるよね…」
「いや大丈夫だ」

 即答する。恵の呼びかけより優先したい物事など存在しない。

「でも…」
「恵と話すことで癒されているからむしろ息抜きとしていいんだ、頼む恵、何の用事なのか教えてくれ」
「……うん、ありがとう、お兄ちゃん」

 僕の都合と体調を慮ってくれた恵の優しさが心に沁みる、それだけで研究の苦労が報われた気持ちになる。あの関係者達にもこの温もりを見習ってほしい。
 靴をスリッパに履き替えた恵と共に、磨き抜かれた廊下を通り恵の部屋に入る。
 白とパステルカラーの世界はいつ見ても柔らかく恵のように優しい。
 瞬きする時間も惜しんでランドセルを下ろし何かを取り出そうとする恵に、研究成果が出た時と同様の、けれどもっと温かい感情を覚える。
 はたして、取り出されたのは。

「あ…あのね。学校の課題で家族の絵、描いたの」
「…!」

 …恵の描いた作品は最高だ。そこには一分の疑念も挟みようがない。もしも疑念を挟む輩が居たら僕が全力を尽くして論破してやる。だが、そこに掲載されているのが僕達の両親である鍵屋崎夫妻であれば僕は手放しで褒めることが出来ない。
 戸惑いを抑え込んでいる内に、白を基調とした恵の部屋にそぐわない鮮やかな青と緑と肌色と黒が僕の目の前に差し出される。
 生命力を体現し人間の善意を凝縮したような絵に思わず目を細める。

「……あのね、お母さんも、お父さんも、こうやっていつか、笑ってくれればいいなって」
「……そうだな」

 絵の中の僕は常と変わらない満面の笑顔。
 絵の中の恵は現実の恵よりも憂いやはにかみがなく、全力で愛を享受している。
 そして、鍵屋崎夫妻……父と母は、髪型が同じだけの別人に見えた。
 けして恵の画力が低いというわけではない。恵の理想を蔑むつもりもない。
 だが、あの研究に全てを捧げている二人がこうした笑みを浮かべるのは、研究で新たな進展があった時くらいだろう。けして家族の団欒でこんな笑みを造ったりはしないだろう。

「お兄ちゃんにあげる」
「……ありがとう、恵。また部屋に飾らせてもらう」
「うん!」

 専門書や書類の山と、恵の可愛らしい絵。僕が目を覚ましてまず見る世界は、日々生きる意味を与えてくれる。

「……こんな所に居たのか。論文は進んだのか?」

 温かい気持ちと切ない気持ちを壊す声が響いた。

「……ええ、一段落付きました」

 固まった顔の恵に、硬い声の僕。頓着せずに鍵屋崎優は言い募る。

「……息抜きも結構だが、早く完成させろ。××博士が…」
「…ええ、今戻ります」

 震え出した恵を見ていられず、頭を撫でて部屋を出る。
 失態だ、僕の行動のせいで恵に負担を与えてしまった。

 磨き抜かれた床が先ほどより随分冷たく見える。

「……ところで、その手に持っているものは何だ?」
「!」

 珍しい。
 鍵屋崎優が、父さんが、研究以外の事に関心を示すなんて。
 ……もしかして、…恵の描いたこの絵は、本当に、ただの夢じゃなくなる時が、いつか、

「…あ、こ…れは、恵が家族の絵を」
「……は?」

 絵を見せるんじゃなかった。
 すぐ横でこちらを見下ろしてくる顔は冷たく強張っていて、理解不能なものを見る目をしていた。
 …半ば予測はしていたが、ここまでとは。

「やはり観察眼がないな。……そんなもの見せるな、興味がない」
「…すみませんでした」

 ならば強張った顔ならば興味を持ったのだろうか。自分の子育てとも呼べない子育ての成果が反映されていると実感できたのだろうか。

 研究内容で行き詰っている事について鍵屋崎優と情報交換をしながら、心の中で問う。当然答えは返ってこない。実際に問うて肯定されても嫌悪感が募るだけだが。

 …いつか、恵と一緒に笑顔に包まれる場所に行きたい。
 そうでなくても僕には恵が居ればいい。そして恵には僕が居れば。

 父と母は、絵の中だけでもいいぐらいだ。





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最終更新日  2018.01.14 17:30:08
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