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8月15日。終戦から65年経った。次第に戦争を知らない世代が増えていく。私もその一人だ。
祖父母や母から戦前・戦中・戦後の話を聞くが、戦争は人の心を亡くす。いや、人の心を亡くさないと戦えない。勝つか負けるか、殺すか殺されるかの二者択一だ。相手の事を思っていたら、殺されてしまう。 言うまでもないが、戦争は起こさないに越した事はない。でも戦争は相手あっての事である。どんなに誠意を持っても、社会常識が全く通用しない人がいる様に、世界の常識が全く通用しない国もある。いくら話し合いを重ねても、どうしても理解し合えない国もある。その様な国に蹂躙され続けても、黙っていられる人も国もないだろう。 でも戦争は普通に暮らしている多くの人達を巻き添えにする酷さがある。どうしても戦争は避けたい。 戦争を避ける為には「外交」が大切だ。外交というと聞こえは良いが、『飴と鞭との両輪』で、相手と対等に折り合いを付けていく事だ。『飴と鞭』の両方を使い分けるには、相手の事を知るのが最も大切だ。端的に言えば、相手の弱みと強みを知る事だ。それには諜報活動も必要で、時には汚い手も使わざるを得ない。理想を語ればきりがないが、現実はドロドロしており、単純ではない。 第二次世界大戦では、日本は外交も下手だったし、相手国への情報量も少なかった。真珠湾攻撃もアメリカに事前にバレテいた事も知らず、また物量的に圧倒的に不利な事も知らずに、日本軍は戦争に邁進した。もし、様々な情報を得ていたら、ひたすらまっしぐらに戦争に突入しただろうか?また仮に戦争をしたとしても、悲惨な末路を辿る迄、戦争を続けただろうか?おそらく、戦争回避の方向へ進んだのではないだろうか?また、戦争をしていたら、どこかで終結をはかったのではないだろうか? 祖父は戦後、アメリカに行った。かつて敵として戦った将校達と会いに行った。帰国後、「日本は余りにも無知だった。情報も物量も無い中で、精神論だけで多くの部下と国民を犠牲にした。」と、日本軍の過ちを語った。 その祖父は今はもうこの世にいない。祖父がいたら、もっと当時の話を聞きたいと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.07.23 02:32:47
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