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カテゴリ:REALIZE スピンオフ
「あれぇ~そうだったっけ?」
「君は自分のしたことに責任が持てないのか? ミスは誰にでも起こりえる。だけど、大事なのはミスに気付いたら、すぐさまそれに対応することだ。誠意をもって対応するか、放置するかで、結果は大きく変わってくる。」 「ええ~、じゃあ田代係長が上司なんだから、代わりに謝りに行くべきでしょう。俺、昨日は腹痛で早退でしたし。」 こんなことを言われたら、今までの僕だったら下を向いてしまっただろう。だけど、今日は違う。 「会社を早退したのだから、当然病院には行ったんだろうな。領収書のコピーを提出しておくように。社会人として、責任のある行動を取りなさい。腹痛で早退した人間が飲みに行くなんて、おかしいだろ。僕は君の上司だから、君の勤務態度に問題があれば、自分の上司に報告する。それが仕事だ。管理職だからね」 「昨日は栗林課長が早退していいって言いました」 「栗林課長は君の伯父にあたるそうだね。課長の判断が間違っていたなら、課長も罰せられるかもしれないね。少なくとも、まだこの会社で仕事をしようと思うなら、ミスが起こらないようやり方を考えるべきだ。これからの君の頑張りを見させてもらうよ」 不思議なぐらい、すらすらと言葉が出来てきた。自分が常日頃思っていることをこんな風に言ってしまえることなんて、今までなかったのに。 僕は、佐伯を残して先に会議室を出た。すると、他の部下から声がかかった。 「係長、隣の課の課長から佐伯に呼び出しがかかってるんですが…」 僕は、会議室にいることを伝えて静観することにした。どうやら昨日階段の踊り場で騒いでいた新人たちは隣の課の連中だったらしい。午後には栗林課長まで呼び出された。何があったんだろう。隣の課の木村にラインを送る。木村は僕と同期で隣の課では、係長をしている。 すると、驚くような話が舞い込んできた。 昨日、あの後、栗林課長が佐伯達と合流して飲み会に興じ、他の客といざこざを起こしていたという。その中心にいたのが佐伯だった。しかもケンカを止めることもせず、課長はさっさと引き上げていたそうだ。ああ、それなら今朝の佐伯の態度も納得できる。 いつかこうなるような気はしていたけど、なんともお粗末な話だ。 退社時間になり、席を立つと、佐伯が戻って来て僕のところにやってきた。 「係長、昨日は申し訳ございませんでした。係長の言う様に、今後は自分の行動に責任を持てるように努力します」 「そうか、がんばれよ。 あ、いや。僕もまだまだだから、お互いに頑張ろう」 社屋を出て、真っ先に思った。今日はHalf Moonに立ち寄ろう。歩いていると、後ろから木村が追いかけてきた。 「田代、今帰り?今日は大変だったな。」 「ああ、びっくりだよ。そっちは落ち着いたか?」 木村は楽し気にふふっと笑った。 「毎年、学生気分が抜けない新人には手を焼くけど、今年は手ごわくて困っていたんだ。なぁ、どこかでお茶でも飲んでいくか」 「そうだな。じゃあ、Half Moonでよろしく」 カランとカウベルの音とともにいい香りに包み込まれる。 「いらっしゃいませ」 いつものマスターの声に重なって、元気な女の子の声も響いた。木村としゃべりながらも、女の子がちらっと視線をよこすのを感じて、会釈で返す。 「それにしても驚いたよ。うちの課の新人たち、田代のことをすごい人だって口をそろえて言ってたんだ。」 「ええ?」 根耳に水で声がひっくり返った。 「あの佐伯が仮病で逃げたのに、無理をさせないようにって、労わるような言葉を掛けたって。個人の感情に流されずに部下の体調管理までしているんだなぁって、田代係長は神だ!とか言ってたよ」 「ぶはっ」 僕は思わず吹き出して笑った。 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」 「じゃあ、俺はアイスコーヒーね」 「僕はブラジルコーヒーをホットで」 今日もメモ帳にひらがなでオーダーを書き留める。今日はブラジルの文字も間違わずに書けている。それを指摘すると、彼女はにんまりと笑った。 「はい、ちょっとだけ賢くなりました」 「この前はヒントをありがとう。とっても役に立ちました」 僕がそういうと、彼女は文字通りぱっと明るい表情になっていた。 「こら、またお客様のお邪魔をして。すみません。」 マスターが彼女を回収しようとするので、今日は思い切って声を掛けた。 「あの、昨日彼女にヒントをもらったおかげで、頑張れたんです。ありがとうございました」 マスターはちょっと驚いた表情になったが、それならよかったですといいつつ、彼女をつれてカウンターに戻っていった。 「おい、ヒントってなんだよ。」 木村が興味深々で尋ねてくる。 「ふふ、仕事に必要な心得をね、彼女に教えてもらったんだ。」 「はあ? おい、田代。大丈夫か? 係長の仕事はきついけど、無理するなよ。もうすぐ子供も生まれるんだろ?」 木村は本当にいいやつだ。また、一緒にここに来よう。そのうちに、こいつにも、僕の言っている意味が分かるだろう。 マスターがコーヒーを運んでくる。木村はさっそくアイスコーヒーを一口飲んで、驚いていた。 「うまい!」 「ありがとうございます。うちのアイスコーヒーは水出しコーヒーなので、後口も爽やかですよ」 「へぇ」 木村は実はコーヒー通なので、喫茶店はどこでもいいというわけではなかったのだ。でも、ここなら大丈夫だと思っていた。 「さて、帰ろうか。明日も仕事だ。がんばろー!」 「おー!って、ホント無理すんなよ。また、なんかあったら話ぐらい聞くからな。その時は、Half Moonでよろしく!」 やっぱり木村もこの店が気に入ったようだ。駅で別れてそれぞれの電車に乗る。今日は笑顔で帰れそうだ。 おしまい お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
May 24, 2022 07:48:17 AM
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