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耕ちゃんとたあちゃんは、競争のように、つま先だって花火を高くあげている。きゃっきゃ騒い
でいる。 「あぶない、あぶない。花火を下にさげて、さげて!たあちゃん、耕ちゃん!」 たあちゃんのパパは、あわてて叫んでいる。 花火は、周りを賑やかにする。 ぼくは、花火の炎を見つめながら思っていた。この炎は、人を引きつけ、人を集め、人を楽しくさ せる。周りを華やかにする。そして、何十秒かで消えてしまうんだ。 「塁くん。遠慮しないで、もっと花火やっていいんだよ。ほら、これ綺麗なやつだったよ」 たあちゃんのパパは、ぼくに長い大きめの花火を渡しながら言った。ぼくは、話しかけられると 思っていなかったので返事ができなくて、頭だけ下げた。 「由布ちゃーん。頂いた西瓜、みんなで食わなーい?のど、潤そーよー」 たあちゃんのパパは、家の中にいる由布子さんにそう言った。 *由布ちゃん*、たあちゃんのパパは、由布子さんをそう呼ぶんだ。*由布ちゃん*、ぼくは心の 中でそう言ってみた。どきんとして、ぼくは思わず花火を落としてしまった。 「そう思ってね、用意したんだぁ」 由布子さんは、大きなお盆に切った西瓜をのせて運んできた。 「早速、頂きますね」 由布子さんは、おじいちゃんにそう言った。 「甘いといいんだがな」 おじいちゃんは、嬉しそうだ。 みんなで、縁側に座って西瓜を食べた。みんないい顔をしている。笑顔とおしゃべりで、夏の夜は 過ぎて行く。 いつの間にか、たあちゃんが静かになっていた。由布子さんの浴衣の端を握って眠っていた。 耕ちゃんは、一人で、余っていた花火を最後までやってしまった。ちょっと、図々しいかもと、 ぼくは思った。 「ああ、楽しかったな。もう、お暇しような。今日は、ほんとに世話になりました。あれ、花火、 残さずにやってしまい、申し訳なかったです」 おじいちゃんは、深々と頭をさげた。ぼくも、小さな声で、お礼を言った。耕ちゃんは、大きな 声で、ありがとうございましたあ、と言ってそれをみんなに褒められている。耕ちゃんは、花火も 残らずやってしまっても、やっぱり誰も、不快にさせないのだ。ぼくと、どこが違うからなのだろ う。 たあちゃんが、目をこすりながら、「帰っちゃだめー」と、言った。 「また、今度、遊ぼう」 たあちゃんのパパが言うと、たあちゃんは、パパの背中におんぶしてしまった。また、眠ってし まいそうな目だ。 由布子さんと、たあちゃんのパパがたあちゃんをおんぶして、門のところまで来て、見送ってくれ た。 「明日、おれたち、帰っちゃうっす。また、来ます」 たあちゃんのパパは、おじいちゃんにそう言った。そして、今度は耕ちゃんに、 「耕ちゃん、また、たあちゃんと遊んでくれるかい?」 「いいよ、遊んであげる」 耕ちゃんは、本当に、まんまだ。ぼくには、えばっているように聞こえる。 おじいちゃんは、家に着くと 「楽しかった、楽しかったな」 と、言った。 でも、しばらくすると、耕ちゃんは、 「ぼくも、母さんと一緒がいいー。母さんと一緒に寝るのぉ」 と、言い出した。 「耕ちゃん、今日、ずうっと楽しかったでしょ?だから、無理言わないでよ」 ぼくは、ちょっと頭にきて、そう言った。 「やだ、やだぁ。ぼく、やだよぉ」 耕ちゃんが愚図り始めた。 「耕ちゃん、今からじゃ、無理なんだよ。分かってるんだろ?耕ちゃん賢いから、な」 おじいちゃんが言った。 「ぼく、賢くても分かってないよお。母さんと一緒じゃなきゃ、やだよぉ」 耕ちゃんは、泣き出している。 「よーし。じいちゃんが取って置きの、凄い話してやろう。それとも、止めるかな。耕ちゃん泣い てるから、やっぱり止めとこう。泣いてる子には、もったいなくて話せないな」 耕ちゃんは、いつの間にか泣き止んでいる。じっとおじいちゃんを見ている。でも、おじいちゃ んは、何も言わない。 これはもう、おじいちゃんの勝ちだと、ぼくは思った。 「おじいちゃん、なーにぃ?」 耕ちゃんは、乗ってきた。催促している。 「泣いてる子には、話せないな」 「ぼく、泣いてなんかいないよ、おじいちゃん!」 「どれどれ、ほんとだなあ。耕ちゃん泣いてないな」 「ほらね、ぼく、泣いてないでしょ?」 耕ちゃんは、何て可愛いのだろうと、ぼくは思っていた。 「それじゃあ、凄い話しようかな」 おじいちゃんは、のんびりと言う。 「はじまり、はじまりーい」 耕ちゃんは機嫌を良くして、もうおじいちゃんの話に入ろうとしていた。ぼくは、おじいちゃん がとても、凄い人だと思っていた。 「もう、何百年も昔の話さ。海に咲いている、大きな花があったんだ。今じゃ、誰も見たことがな いんだぞ」 おじいちゃんは、話し始めた。 つづく お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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