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ぼくは、小舟を漕いで、海に咲いている花を追っている。確かに花なのに、色も形も大きさも分
からない。ぼくは、必死になって、遠く離れていく花を追っている。 舟には、誰かが一緒に乗っている。女の人だ。誰だろう。ぼくは、目を凝らして見ているけど、分 からない。いつの間にか舟が大きな波の上にいた! 「危ないーっ!」 叫んだのは、母さんの声。 波は、小舟をすうーっと、頂上から下ろし前に押し出した。ぼくは、一瞬、転覆してしまうかと思 った。その時、 「明日、帰らなくちゃいけないの」 そう言ったのは、由布子さんだ。母さんではなかった。 「でも、あの花、追いかけなくちゃ。見えなくなってしまうから」 ぼくは、必死で漕いでいる。 また、波が来た。盛り上がった、山のような波だ。今度は、本当に巨大だ。襲い掛かろうとしてい る!呑まれてしまいそうだ。波しぶきが、ぼくに降りかかる。舟がぐらりと揺れ、ぼくは、舟から 飛ばされそうになった! 「ぎゃーあー」 父さんが、ぼくの腕をがしっと捕まえてくれた。 「塁、塁。どうした!」 腕を揺さぶられて目を開けた時、おじいちゃんがそこにいた。 「塁、塁。おっかない夢、見たのか」 ぼくの心臓が、だくんだくんといっている。ぼくは、大きく目を開けて、おじいちゃんを見た。 おじいちゃんがぼくの側にいるのは、本当に、ほんとのことなのかと、思って。 「おじいちゃん、ぼく、怖い夢見てたんだ」 「そうか、夢でよかったな。夢で、よかった!ありがたい、ありがたい。塁が無事なのが、一番 だ」 おじいちゃんは、しんみりと言った。おじいちゃんは、自分の息子を失っているから、もう、ぼ くたちを、絶対に失いたくないと、思っているのだ。心から、心配している。ぼくには、それが分 かった。 ぼくは、トイレにいきたくなった。耕ちゃんは、おねしょ、してしまってたらしい。 「西瓜、食べ過ぎたな、耕ちゃん。あはは」 おじいちゃんは、眠っていたのを起こされて嫌じゃなかったのだろうか。パジャマと布団を夜中 に替えるの、面倒じゃなかったのだろうか。笑っていられるなんて、凄いと、ぼくは思った。ぼく なら、そんなこと、できない。 「もう一度、寝よう。塁、じいちゃんも、一緒に寝ようか。三人で寝るか?」 「うん。三人で寝たい」 「そうか。そうしような」 布団が三枚並んだ。 おじいちゃんは、布団に入ってからも、 「塁、大丈夫か」と、短く訊いた。 「おじいちゃんがいてくれるから、ぼく、大丈夫。生きてゆける」 ぼくは、本当にそう思った。 「よしっ。じいちゃんも塁のために、長生きするからな。どんなに短くたって、塁が成人になるま では生きるから、な。塁は、十一になったか?」 「なったよ、ぼく」 「そうか。なったか・・・。塁、もう寝ような」 「おじいちゃん、お休み」 「うん・・・」 おじいちゃんは、またすうーっと眠ってしまった。 ぼくは、夢の中に出てきた花のことを、考えていた。どんな色かも、形かも、大きさなのかも、分 からなかった。 あの時、何故、由布子さんがいたのだろう。何故、ぼくの舟に乗っていたのだろう。明日、帰って しまうなんて、とても、寂しい。 つづく お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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