児童小説

「塁？元気にしてる？寂しくなったりしてない？」

「してない」

　母さんは、やさしく語りかけてくる。そして、もっとぼくが話してくれるのを待っている。それ

が分かっている。でも、ぼくは話せない。母さんに対して、ぼくは素直にはなれない。何故なら母

さんは、ぼくに話さなければいけないことがあるはずだ。それを、隠している。

「・・・。それじゃあ、良かった。耕ちゃん、大変じゃない？」

「ない、よ」

「塁？何か必要なものない？送るから。学校の宿題で使うものとか、何でもいいわ、よ。耕ちゃん

も、何か必要なものとかないかしら？」

「ないよ」

「あ、今度の土曜日ね。母さん、そっちへいくから。必要なもの思い出したら、電話頂戴。持って

いくから」

　母さんは、ぼくに喜んでもらいたいと思っている。ぼくは、半分ぐらいは嬉しい。でも、後の半

分以上は、違う。嘘でも、喜んでいるフリをすればいいのだろうか。

「分かった」

　ぼくは、短く切って答えた。

「それじゃ、おじいちゃんに替わって。塁？それじゃ、お休み。いい夢、見てね。じゃあ、ね」

　ぼくは、おじいちゃんに受話器を渡した。もう、いいのか？と、おじいちゃんは小声で言った。

ぼくは、うなずいた。

「もしもし。こっちから掛けようか？いいのか？今度の土曜？ああ、待ってるよ。耕ちゃんも塁も

大喜びするよ。そうかそうか。夏休み、もらえたのか？何日ぐらい居られるんだ？そうか。みんな

で、待ってるから。気をつけて来てくれ。駅には、みんなで迎えに行くからさ。エフワンでな。あ

はは。車のことなんだよ。耕ちゃんが名付け親なんだ、かっこいいだろっ？あはは、そうなんだ

よ。そうか。分かった。それじゃ、待ってるよ。お休み、な」

　おじいちゃんは電話を切った。

「母さん来るって、な。良かったな」

「でも、来るのはいいけど。母さんが帰る時、耕ちゃん、ね。母さんと一緒に帰るって、きっと泣

くよ、おじいちゃん。大変だよ。せっかく泣かなくなったのに、だよ」

　おじいちゃんは、ぼくの顔をじっと見た。

「おや、塁は母さんが来るの、嬉しくないのかい？」

「いっ、いや。そんなことないよっ。ただ、耕ちゃんに泣かれるのが嫌なだけだよ」

　おじいちゃんは、また、ぼくをしっかり見た。

「塁。母さんと何があったんだ？じいちゃんは、まだもうろくしてないぞ。話せることだったら、

話してくれ。役にたつことだってあるさ」

「何にも・・・。ないっ、よっ」

「そうか、ないか。でもな。話せる時がきたらいつでも、相談にのるから、なっ。塁っ」

　ぼくは、おじいちゃんのその言葉を、ずしりと胸に受け止めた。でも、おじいちゃんにさえ、話

せないことだ。話したら母さんは、ぼくと父さんのことを置いて何処かへ、きっと行ってしまう！

きっと、いつかそれは現実になる。

　その夜。

　母さんは、つないでいたぼくの手を離して、ゆらゆらと歩いて行ってしまう。ぼくは、くじいた

痛い足を引きずって、必死について行こうとする。

「母さん！置いてかないで！待ってようー。母さーぁん」

　母さんは、ふうっと振り向いて、やさしく微笑んだ。ぼくは、ほっとして、足を休めた。痛い足

をさすって、どんなに痛かったかを、母さんに訴えようとした。母さんは、ぼくに背を向けて、や

っぱりゆらゆらと歩いて行く。ぼくが、どんなに叫んでも、声を限りに叫んでも母さんは、もう振

り向かなかった。追いかけても追いかけてもぼくは追いつけない。うっ、うっとぼくは泣いた。

「母さーん！、帰ってきてーっ」

　ぼくは、声を振り絞った！

「塁っ、塁っ。じいちゃんが助けてやるっ。夢の中だって追いかけて助けてやるぞっ。どんなとこ

だって行ってやる！」

　おじいちゃんが、ぼくを抱いていてくれた。

「じいちゃんの布団に行こう。耕ちゃんが目、覚ますからな」

　ぼくは、泣き止むことができない。

「塁。父さんが恋しいのか？」

　ぼくは、うなずいた。何度も何度も。

「ぼく、父さんと母さんと、みんなで、楽しかったのに。楽しかったのに。楽しかったんだよ。お

じいちゃん。何で、こんなになっちゃったの？ねぇ、おじいちゃん」

　ぼくは、泣いていて、自分が何を言ったのか分からない。

「塁。ごめんな。ごめんな」

　おじいちゃんの涙を見た時、ぼくは、おじいちゃんを悲しませてしまったことに気づいた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく