カテゴリ:西洋史関連(日本語書籍)
ジャック・ルゴフ(池上俊一/梶原洋一訳)『アッシジの聖フランチェスコ』 (Jacques Le Goff, Saint Francois d'Assise, Editions Gallimard, 1999) ~岩波書店、2010年~ 西洋中世史研究の大家、ジャック・ル・ゴフ(Jacques Le Goff, 1924-。仏語の綴りでLe Goffは分かれているので、私はル・ゴフと表記します)が一人の歴史的人物の焦点を当てた著作の2作目の邦訳です。第1作は『聖王ルイ』で、邦訳で1,200頁を超える大部の著作です。一方本書は4本の論文からなる論文集で、全体で 280頁ほどの本です。 本書の構成は以下のとおりです。 ーーー 序文 年表 フランチェスコの主要著作および主要な伝記一覧 1章 封建世界の変革と重圧に挟まれたアッシジのフランチェスコ 2章 真実の聖フランチェスコを求めて 3章 アッシジの聖フランチェスコと十三世紀のフランチェスコ伝記作者たちにおける社会的カテゴリーの語彙 4章 フランシスコ会運動と十三世紀の文化モデル 訳者あとがき 参考文献 原注 ーーー 3章については英訳版で読んでいたのですが、今回の邦訳で全体を通読することができました。 著者序文をふまえると、本書は前半2章がフランチェスコの生涯にスポットをあて、後半2章がフランチェスコと彼が創始したフランシスコ会の歴史的意義を分析する論考となっています。 まず第1章は、12~13世紀、フランチェスコの生きた時代に起きた多くの変革の簡潔な要約・整理を提示します。同時代の多様な変革とそれによる状況を描き、フランチェスコが直面したいくつかの問題を浮き彫りにすることで、本書の導入的な章となっています。実際にはフランチェスコ自身のことはあまり論じず、彼の生きた時代背景を描く章です。 第2章は、本書の中で最もページ数も多い、本書の中心となる論考です。1章をふまえた、ル・ゴフが解釈するフランチェスコの伝記という位置づけです。 本章は大きく、4つないし5つの部分に分けることができます。あえて節分けするなら、次のようにできるでしょう。 序 第1節 史料の問題 第2節 聖フランチェスコの生涯 第3節 聖フランチェスコの著作 第4節 聖フランチェスコの歴史的意義 後半2章にも通じますが、ル・ゴフは、フランチェスコ自身の著作やフランシスコ会士らによる伝記等の史料がかかえる問題点を丹念に指摘し、きわめて注意深く論を進めていきます。フランチェスコの著作全集に含まれている史料についても、いくつかはそれが本当にフランチェスコ自身による著作かどうか分からないという点を指摘するなど、興味深く読みました。 また本章では、フランチェスコが伝統的な価値観と革新性を併せ持つこと、そして彼の革新性を「聖なる革新性」と位置づけられることが強調されます。 後半2章は、特にフランチェスコやフランシスコ会士らの著作の「語彙」に着目しながら、彼らの歴史的意義を分析します。 第3章はタイトル通り、社会的身分に関する語彙についての分析です。上にも書きましたが、私は英語版でこの章は読んでいました。まさにフランチェスコが生きた時代、「身分別説教集」(sermones ad status)という、それぞれの社会的身分(聖職者、修道士、騎士、農民、商人、既婚者などなど…)にふさわしい説教を提供するための説教の範例集が誕生しました。私はその代表的な著者であるジャック・ド・ヴィトリという人物について主に勉強してきているのですが、その勉強の過程で本書の議論はとても参考になりました。ただ今回邦訳で再読してみて、いままでの自分の読みが浅かったことを痛感しました。まだまだ勉強が足りません…。 それはともあれ、本章では、家族というモデルがフランチェスコの理想であったという点が強調されています。 第4章もとても興味深かったです。 ここでは、複数の「文化モデル」を想定し、それらに対するフランチェスコたちの考え方や態度、行動を分析します。たとえば…。 空間と時間の認識に結びついたモデルとして、都市、教会、家など。 本来の意味での文化に結びついたモデルとして、学問、言葉、俗語、計算など。 聖なるものの伝統的モデルとして、夢と幻視、奇跡、妖術など。 このように、全8つのモデル(項目数は合計30ほど)が検討されます。 もちろんモデルやその中の項目の選択・強調の置き方については、紙面の問題もあり恣意的なところもあり、またもっと深く分析できる余地も残されているように思います。ですが、分析の方法としてはとても興味深いですし、また各項目に深い分析ができきれていない分、今後の研究を促す要素が強いようにも思います。勉強になる論考でした。 良い読書体験でした。 (2010/09/13読了)
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Last updated
2010.09.26 07:48:10
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