田中久美子『世界でもっとも美しい装飾写本』
~エムディエヌコーポレーション、2019年~
著者の田中先生は文星芸術大学教授で、ご専門は中近世フランスの美術史です。
本書は、フルカラーで、最初期から終焉期までの写本の挿絵を、いくつかのテーマに分けて紹介してくれる、眺めるだけでも楽しい一冊です。
本書の構成は次のとおりです。
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序章 写本のはじまり
第1章 ケルト装飾写本の世界
第2章 黙示録の世界
第3章 パリの装飾写本
第4章 時禱書の世界
第5章 写本の中の動植物
第6章 イニシアルの世界
第7章 写本の終焉
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序章は、現存する古代の写本として最古の『ウェルギリウス・ウァティカヌス』(5c)、そして6世紀の『ウィーン創世記』を中心に紹介します。
第1章は、渦巻き文様を特徴とするケルトの装飾写本の紹介。
第2章は、黙示録を描く写本の中でも特に重要なベアトゥス写本群を中心に紹介。
第3章は『教訓聖書』や『聖ルイの詩編』などのパリの写本を紹介。
第4章は本書の中でも最もページ数が多く、有名なベリー公の『いとも豪華なる時禱書』をはじめとする時禱書の紹介です。個人的な祈りのために作られた時禱書ですが、余白に狩りの様子が描かれているものもあれば、お菓子やら魚や貝やらが描かれていたりと、祈りにあまり関係のなさそうなものが描かれている写本もあり、興味深く眺めました。
第5章は写本に描かれた動植物に焦点を当てます。動物については、ミシェル・パストゥローの著作などで触れていましたが、割と写実的に描かれた植物についてはあまり見たことがなかったので、こちらも興味深く見ました。
第6章は、装飾イニシアルを紹介します。4世紀には、すでに一番最初の文字だけを大きく書いて目立たせるという写本もありましたが、イニシアルが装飾される最初期の例は6世紀のもののようです。動物や人間が文字をかたちづくる形象文字といわれるタイプや、巨大な文字の中に物語が描かれる「物語付き装飾文字」といわれるタイプがあります。
第7章は、印刷技術により写本が作られなくなる前夜の時代を扱います。すでにテキストよりも挿絵の方が中心的となってきたり、絵画とテキストの関係が疎遠になってきたりした状況があり、これを著者は「装飾写本の内部において解体が始まり、自ら終焉へ向かっていった」(278頁)と評しています。この時代、テキストを中心にして、挿絵との関係も密だった写本(いわば伝統的な写本)がどの程度あったのか、そうした数字的なデータも示されていれば、著者の指摘がより説得力をもったのでは、と感じました。
その他、適宜コラムが挿入されています。個人的には写本の制作過程の絵が紹介されているところが面白かったです。羊皮紙を準備し、羽根ペンを削り、羊皮紙を裁断し、テキストを筆写し……と過程が続くのですが、「写本の完成」の絵で、できた写本を指さしている人物が描かれていて、印象的でした。
割と大判で、300頁近くありながら、ソフトカバーであるためか値段は税抜き2900円と優しい設定で、書店で見つけて即買いました。記事冒頭にも書きましたが、眺めるだけでも楽しく、これは良い買い物だったと思います。
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