日常風景
どろり どろり どろり ドアを開けると、いつもの面子が集まって、取り留めの無い雑談をしている。そんな彼らに一声かけて、自分の机に荷物を広げる。肩が凝ってしょうがない。腕を一回ぐるんと回す。今日の時間割はなんだっけと級友に聞いたら、嫌いな授業が入っていた。最悪だと叫びながら笑う僕を見て、彼も笑う。粘土は高熱を加えれば固まるらしいが、“それ”が溶けていくのは誰にも止められない。熱を加えようとも、冷気を与えようとも、“殻”は地面に染み込んでいく。ホームルームが始まったけど、退屈なこの時間に喋らずにいられない。隣の席に座る気の良いあいつと、小声でこそこそ昨日見たテレビの話をしていた。でも、先生は目ざといから、すぐに僕を注意する。僕は立ち上がる。いやいや先生、これは将来のためにマスコミュニケーションで得た情報を交換しているのですよ。決して、昨日見たお笑い番組の話をしていたわけではないのですよ。先生は苦笑いして、いいから黙って座れと言う。僕は失礼しましたとわざとらしく言って、大げさに席に着くのだ。彼は笑っている。皆も笑っている。先生も笑っている。和やかな雰囲気に、教室が包まれている。強いて言うならばゲル状。それも、粘度の高いものだ。それが、端から端からどんどん溶けていく様子を想像してもらいたい。中心に鎮座する黒い塊は、虎視眈々と外気に触れる時を待っている。授業中、一生懸命勉強する人を尻目に、不良さんは気だるそうにガムをくちゃくちゃ噛んでいる。窓からカスを吐き出した彼に、そんなことをしちゃいけないよ、と注意した。彼はひと睨み。僕は身がすくんで、それ以上何も言えない。先生が僕を注意して、また授業へと戻った。融解が速度を上げた。地面が溶けカスを吸収し、その身を黒く染める。“塊”が出てくるにはまだまだ猶予はあるが、それもいつまで持つか分からない。ぷしゅっと一回煙を出し、表皮は取り除かれていく。休み時間、彼女が話し掛けて来た。僕は笑顔で挨拶する。隣の席の彼にからかわれるが、僕たちはそんな関係ではないし、恋心を抱いているわけでもない。ただ、楽しいだけだ。少しふざけ合って、彼女は自分の席に戻る。男子も皆、あれくらい品があれば良いのに。粘度が増してきた。少しずつ固まっていく。しかし、それもその場しのぎに過ぎない。どうせまたすぐに溶け始める。後退し続けるのだ。三歩下がって一歩進んでまた二歩下がる。それを繰り返し続けている。喜劇だ。クラスメイトにさよならを言って、帰りの電車に乗る。耳にイヤホンをつけて、CDを聞き始める。ふっと一息、吐く。今日も“塊”は外の世界を拝むことは無かった。しかし、いつか外壁は取り除かれる。増えることなく、減る一方なんだもの。勝ち目の無い戦い。谷底への落下。確実に訪れる恐怖。ヒィ。こうやって、いつもどおりの僕の一日は終わる。また明日も、いつもどおりの一日を過ごすのだろう。どろり どろり どろり