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カテゴリ:続 ごめんね、にゃあ君
第8話
「にゃ~!にゃ~!」 網目の向こうで、にゃあ実ちゃんが必死で叫んでいる。 「大丈夫、大丈夫。」 声を掛けながら、バッグを提げ、部屋を出る。最寄の駅までは歩いて7分。車を避けて住宅街の狭い裏道を抜けて行く。時折通行人とすれ違う。視線がバッグの中に注がれる。にゃあ実ちゃんは視線を感じて声を上げる。本当にこれで電車に乗れるのだろうか。にゃあ実ちゃんをバッグに入れるのに手間取ったため、少々急がなければならない。歩幅は広く、でもバッグの揺れでにゃあ実ちゃんが乗り物酔いをしないよう、できるだけカバンを揺らさず運ぶ。駅に着く頃にはにゃあ実ちゃんの鳴き声も収まってきた。 改札を抜ける。この私鉄はにゃあ実ちゃんの切符は不要だ。階段を一段一段、静かに上る。始発駅なので、電車はすいている。腰を下ろし、発車を待つ。バッグの網目の部分をこちらに向け、中を覗き込む。にゃあ実ちゃんは真ん丸目でじっと見つめ返す。JRの乗換駅まで一駅。乗客もまばらで、にゃあ実ちゃんは怖がることなく無事に着いた。 再びバッグを提げて階段を上る。ここは幾つかの路線が乗り入れているので、混雑している。バッグの中身が急に重くなった気がした。中を覗くと、人混みに驚いたにゃあ実ちゃんが前方を向けていた網目の入り口から離れて反対側の入り口に張り付いていた。後方を向いたもう一つの入り口の穴からにゃあ実ちゃんの黒い毛がつんつんとはみ出ている。にゃあ実ちゃんが後ろに寄り過ぎたため、バランスが崩れたのだ。 「にゃあ実ちゃん、心配しないで。これから一緒に旅をするんだからね。」 JRの改札で購入してあった切符を取り出す。自動改札を抜け、駅員さんのいる窓口へ向かう。先程の私鉄は小動物は無料だったが、JRは有料だ。 「猫です。切符をお願いします。」 そう言ってバッグを持ち上げて見せる。 「はい、手回り品ですね。」 270円支払って荷札のような手書きの切符を受け取った。乗車日と乗降駅が書かれている。確かに「普通手回り品」と書かれている。生き物扱いされていないのか、と淋しく思ったが、人間なら片道5000円もするところを270円で済むのだから文句は言うまい。切符に付けられた極細の針金をバッグの提げ手に巻き付けた。 「さあ、にゃあ実ちゃん。しばらくいい子にしていてね。」 こうしてにゃあ実ちゃんは初めて電車の旅をした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.02.02 13:20:21
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