あなたのつばさ*川上健一「翼はいつまでも」*
川上健一初体験。 「翼はいつまでも」は,本の雑誌の2001年のベスト本だそうです。 昭和30年の終わりくらいの,東北に住む少年と少女の物語なのかな。 勉強も野球もぱっとしない中学生の神山くんは,ある日米軍ラジオから流れてきた「プリーズ・プリーズ・ミー」にすっかりやられ、世界が広がるような気持ちになる。 引っ込み思案で目立たなかった神山くんが,教室でその曲のすばらしさをみんなに伝えようと歌うのだ。 みんなばかにしたように笑ったけれど,ひとり,斉藤多恵という,無口で影のある女の子が、「もう一回歌って」と声をかけて,「いい曲ね」と笑った。 「プリーズ・プリーズ・ミー」は,神山くんの背中に翼を与えたように、彼をめぐるちいさな世界のなかで,力で制圧しようとする先生に対しての憤りに声をあげて行動したり,野球部の仲間同士の亀裂に奔走したりする。 3年生最後の夏休みに,神山くんは,日本一処女を失う場所!十和田湖にひとりキャンプにでかける。 もちろん,初体験するために(笑) 十和田湖で,偶然,ホテルで働く斉藤多恵に出会う。 朝早い湖で裸で泳ぐ彼女を、ヤマメのようにきれいだ、と思いながら。 学校でけっして歌おうとしなかった彼女が、うつくしい声で歌い出し,神山くんはくらくらしてしまう。 交通事故でからだに傷跡が残る彼女を,ヤマメのようにきれいだったといい,彼女の声がクラスメートたちや先生,世界中のひとたちに教えてあげたい,とも思う。 3日間のキャンプで,神山くんと斉藤多恵は心をうちとけ,神山くんはひとを好きになるこころよい感情に身を浸すのだ。 斉藤多恵の事情を聞き,彼女の手を握って励ます神山くんの心は,ビートルズの「お願い・お願い・わたし」←と彼は心でいってるのだがいつも響いて,みずみずしい少年に成長してゆくのだ。 少年はたった3日で,なんて心豊かに翼を広げゆきたい空を駆けることができるのだ。 大切に心を重ねてゆくふたりが愛おしくて,途中から泣きっぱなしだった。 平凡な時間にあるとき「お願い・お願い・わたし」と出会った神山くんに勇気の翼を持ち,その翼は斉藤多恵にもう一度世界をうつくしく思えるように,自分を愛せるように包んでくれたのだ。 勇気の翼は,神山くんにひとを愛しいと思うこころよさを与え,父へのわだかまりを解放し,野球部の先生にも後々まで影響を与えるのだ。 ひとは誰にでも,その背に翼があるのだ。 疲れたひとには,その翼をそっとなでてあげてね。 そして,あなたの翼も,錆びついてないか,ちょっと誰かに触ってもらえるといいかも。 あぁ,幸福な時間だった! 思わず,高校生の頃の自分を久しぶりに思い出しました。 好きなひとがいる,それだけで,瞬時に胸がやわらかくなるんだね。 ありがとう,川上健一! またすばらしい物語を生みだしてくださいね。