おかえりさない
大久保のこぶたラボへ。 半年以上ぶりに,まゆみ先生のヨガ。 一ヶ月半,奄美で過ごし,巡る自分自身の感情と向かい合い、整理してきたまゆみ先生。 まゆみ先生は,インド舞踊のオリッスィーの踊り手でもある。 二年前から股関節痛を患い,踊ることに支障がでてきての静養。 はじめに,先生は生徒さんの前で,休養をしていた間のことを淡々と話した。 ユタさんと呼ばれる神様の声がきけるひとに,(あちらにはそういうひとがたくさんいるんだ)両親に感じている負の感情を手放してあげることや,胸の内にあるこだわりをほどくためにいまできることをひとつずつ,やっておきなさいといわれたそうだ。 20数年ぶりに,このひとだけは謝りの言葉を伝えたいと,奄美から電話して声を交わしたり,海にむかって,うつくしい月にむかって,満ちたりひいたりする潮を感じながら,ガシュマルの樹の下でその葉を手ですくって,流しても流してもよせてくるかなしみを,ただただ感じていたという。 島唄や三味線をならい,日が暮れるまでうたっていたんだって。 久しぶりのまゆみ先生のヨガは,以前と伝えていることは同じなのだけれど,なにかがあきらかに違っていて,クラスの間,それがなにかはわからなくても,体中が感動していた。 それは,もう目の前にまゆみ先生がいるということもあるけれど,どんな動的な,センターや軸を意識して,といってもやはり外側のちからも使いがちな,がんばりすぎてしまう癖のあるわたしたちの内側に意識を向けること,ほんの微細な動き,座骨が開いたり,近づいたり,骨盤が開いたり,閉じたり,といったシンプルな感覚,仙骨や丹田にエネルギーを満たす,それを感じる,人の手のぬくもりで自分のエネルギーのつながりを感じる, 自分の真ん中から,自分のエネルギーを巡らせる,まゆみ先生のヨガに,感動していたし, 一番後ろにいたわたしは,まゆみ先生のリードで,みなさんのからだが楽になってゆくのが見えて,それにも感動していた。 ヨガが終わって,大久保の韓国料理店で,まゆみ先生とコラーゲンスープをのみながら,なんで感動したのかを,考えていた。 それは,開脚前屈のときに,いつまでもやっていたいほどに気持ちのいいポジションを感じる,というものだったのだけれど、そのときに,痛みがあるのは駄目なのだと。内股もやわらかで,股関節もまわるところ,座骨が開いている感覚のあるところが,いまのベストポジションなのだと。 それはきっと,いま生きている場所で,やわらかさをキープして生きてゆけばいいということなのだ。 自分のいまをうけとめて,やわらかさをさらに伸ばしてあげる。 痛みがあるというのは,無駄なエネルギー(特に外側ね,あぁ!)を使っていることだから。 いつかその痛みの重なりは、自分を追いつめて麻痺させてしまう。 いまの自分を肯定してから,次にゆくのだ。 そんな、エネルギーの純粋なつながりに,感動したのだ。 そのことを,まゆみ先生の顔や声を見たり聴きながら,すとんと胸におちた。 そして、コラーゲンスープをのみながら,あぁよかったと,先生とこうしてあたたかみを共有できて、よかったと,鼻水とか涙とかばしばし流しながら,笑っていった。 まゆみ先生は,これから治療に入ってゆく。 どんな過程を経るかわからないけれど,それでも,まゆみ先生がこうしてかえってきてくれて,それだけで,自分の中にエネルギーがやわらかになんどもなんども生まれてくることに感動して,鼻水だとか涙だとか何度も流して,ありがとうと言葉を重ねていた。 わたしの感じたよろこびは、その何倍ものかなしみを経験したまゆみ先生の,それでもひとは戻ってこれるのだという,せつなさと慈しみだ。 このひとのことを,いつもまにかこんなに愛していたのだなと,やっぱり泣きながら思った。 雨上がり,淡い水色の傘を持ってホームに佇むまゆみ先生を電車の窓から見送った。 先生はやはり水色のように淡く在って,やわらかで,ちいさくて,愛おしいひとに映った。