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テーマ:ショートショート。(1084)
カテゴリ:書き物的なモノ
とある仮面屋のお話
むかしむかし、あるところに、大変有名な仮面屋がいました。 その男が作る笑い顔の仮面をかぶれば悲しみを忘れて笑いこける。 泣き顔の仮面をかぶれば世の悲しみ全てが降りかかってきたように涙にくれる。 でも、男にとってそんなのは序の口でした。 頭が冴える仮面、嘘つきがうまくなる仮面、異性に人気の出る仮面なんていうものから、幸せになれる仮面、商売がうまくいく仮面、果てには英雄になれる仮面を作ったという噂までありました。 そんな仮面屋ですから、とんでもない人気があったのですが、本人は決してどんな仮面も被ろうとしませんでした。 それに、仮面のお代も一風変わっていました。 喜怒哀楽といった単純なものなら普通のお金を受け取っていたのですが、注文が難しいものになればなるほど、お代もまた高いものにつきました。 迷子の子猫を探す仮面を欲しがった子供の場合は、親の形見のペンダントでした。それほどその子猫が子供にとっては大事だったのです。 王様の病気を治す仮面を欲しがった医者の場合は、その孫娘の命でした。 注文に来た医者は何度も他のもので購えないかと泣きつきましたが、仮面屋は言いました。 「命を購えるものは命だけだ」 そうしてもう助からないと思われていた王様は助かり、まだ若く健康だった孫娘は突然亡くなりました。 そんな仮面屋ですから、みんなおいそれとは彼に注文はできなかったと思うでしょう? いえいえ。 誰も見ていない時なら、人は意外なほど大胆になれるものです。 そのくらい願いが強いのであれば。 お代以外の問題で、仮面屋が注文を受けない事もあり、それはそれで人々の噂になりました。 ある男は死んだ妻を生き返らせる仮面を作って欲しいと頼んできましたが、自分の命を差し出すと言う彼の頼みを仮面屋は断りました。死人を生き返らせる事はできないと。 そんな風に理由が明らかになる時もありましたし、明らかにならない時もありました。またこの仮面屋は、一度注文を受けた人からは二度と注文を受けませんでしたので、いっそう人々の関心を引き付けました。 そんな仮面屋に、ある晩、一人の女性が尋ねてきました。 注文は、前の恋人の事を忘れさせてくれる仮面、でした。 仮面屋はじっとその女性を見つめた後、言いました。 「断る」 当然、その女性は理由を尋ね、仮面屋は答えました。 「あんたは忘れたがっていないからだ。望んでいない事を叶える物は作れない」 女性は頑として抗議しましたが、仮面屋の答えは変わりませんでした。 そこで女性は注文をいろいろと変えてみました。次の恋に出会える仮面、どんな男でも魅了する仮面、果ては幸せになれる仮面などなど。 仮面屋はまたじっと女性を見つめ、はっはっはと笑って言いました。 「言ったろう?願ってもないものは叶えられないと?」 「あたしだって幸せになりたいわ!」女性は怒って言い返しました。 そこで仮面屋は笑うのを止め、仕事場にかけてあった鏡を女性に手渡して言いました。 「その鏡に向かって言ってみろ。自分は幸せになりたい。前の恋人の事を忘れて、幸せになりたいと」 女性は勢い良く口を開き、鏡に向かって叫ぼうとしました。 自分の望んでいる筈の事を。 けれども、鏡に映っている自分のひきつった顔を見て、口を閉じました。 何度試しても、結果は同じでした。 「それが今あんたが被っている仮面だ。それが取れるまでは他のものは被れん」と仮面屋は言いました。 「あなたにも外せないの?」と半分悔し紛れに女性が言いました。 「自分の被った仮面を外せるのは己だけだ」 「でも、どうやって外したらいいかわからないのよ」 仮面屋はふと考え込み、まだ何も手を加えていない仮面を手にとって女性に渡しました。 「それを被って鏡を見てみろ」 「でも、これまだ目が開いてないじゃないの?」 それでも言われた通り仮面を被って顔の前に鏡をかざしてみましたが、当然真っ暗で、何も見えませんでした。 「その仮面を被って、鏡の前に映っている自分を想像してみろ。前の恋人の事を忘れて、幸せになっている自分が映っている事を想像してみろ」 そうして仮面屋は、鏡と仮面を持たせたまま女性を仕事場から追い出しました。 「お代は?」 女性が慌てて言うと、仮面屋は、女性が髪に挿していた髪飾りを抜き取り、 「見えるようになったら取りに来い」と言って扉を閉めてしまいました。 「ちょっと、それ返しなさいよ!」と女性は扉を叩きましたが、仮面屋は無視し続けました。それは以前の恋人から贈られた物の中で、女性が唯一捨て切れなかった物でした。 夜こっそりと仮面屋を訪ねた女性が鏡と手付かずの仮面を持たされて締め出された話は、次の日あっという間に街中に広がりましたが、日が経つに連れて他の噂話の前に薄れて消えていきました。 その後ある時、街でも器量良しだったその女性は、良い人を見つけて一緒になり、幸せになったという噂が広まりました。彼女が作ってもらったのはやはり幸せになれる仮面だったと人々は噂しあいましたが、その女性を仮面屋の扉の前で見かける事は二度とありませんでした。 おしまい おまけ:故途乃葉(コトノハ) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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