カテゴリ:歌舞伎
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2007/12/post_20.html 十二月の歌舞伎座は、一年の最後を締めくくるのにふさわしい、 豪華絢爛な出演者と、勢いに富む演目で、ものすごいことになっていた。
「菅原伝授手習鑑 寺子屋」 ちょうど、先日テレビでやってた古典芸能鑑賞会で、歌舞伎が「寺子屋」だったので、予習。役者が違うと同じ演目でもこうも違うか、と驚いた。 テレビでは、松王丸が団十郎、源蔵が梅玉さんで、まさにどこから見ても時代物。 で、私はちょっと苦手かも、と思ったのだった。まだまだ入門編の私には、「時代物」は型がまず見えてしまって、感情の移入がイマイチ難しい。 が、今月の歌舞伎座では、松王丸が勘三郎、源蔵が海老蔵。予習しただけにかえってどんなふうになるのか想像がつかない でも不思議なことに、海老蔵に勘太郎といった若い役者さんが、大役の半分を担っただけで、俄然動きというか活気と華やかさが出て、それに、勘三郎さんの情むき出しの表情が加わって、最後まで一気に食い入るように観てしまった。 話の内容自体についていえば、忠義のために自分の子供の命を身代わりに差し出す松王丸も、ましてや他人の子供を犠牲にする源蔵も、ちっとも私は共感できないんだけれど。でも、役者の表情や演技で、ここまで夢中になれるというのは、新しい発見。 海老蔵さんは、よく声について上ずってるとか甲高いとか書かれているけど、私はそう気にはならない。むしろ歌舞伎座全体に響き渡る、通りの良い声に、マイクを使ってるのかしら、と一瞬錯覚するくらい。 それよりなにより、あのスタイルの良さと美しい個性的な顔立ち!立っても座っても、絵になる。こういうのは、努力して手に入るものでないから(笑)、特別な感じ。
「ふるあめりかに袖はぬらさじ」 役者総出演の大芝居。 またもや玉三郎さんにノックダウンだ。 お薗姐さん、しゃべるしゃべるしゃべるしゃべる。 こういう主人公の女形が、ひたすらしゃべるのは歌舞伎のお話のひとつの型らしい。 先々月の「牡丹灯篭」に続いて、役者玉三郎を存分に味わう。 お薗は流されながら嘘もつくけれど、気風が良くて、情けに厚くて、そして何より前向き。 自分の運命を悲観して、ひとをうらやむこともない。そして人を責めたり恨んだりもしない。 その場しのぎでいいかげんでも、悪意がないから気持ちがいい。 これも、少し前に杉村春子の文学座の舞台をちょっとだけテレビで見た。人形作家のホリヒロシさんが、客席に背中を向ける最後の場面の、杉村春子の「うなじ」にインスピレーションを受けて作った人形があるそうだ。それだけ記憶にあったので(笑)、玉三郎のうなじをなんとしても見逃してなるものかと、オペラグラス使いっぱなし。 見終わってへろへろだった。今までで一番真剣に観たかも。 他の役者も最高で、遊郭の主人の勘三郎は、映画でも見ているようなテンポのよさ(てれすこか!)。 七之助さんは、まさに消えかかったろうそくの火、のようなはかなく美しい遊女亀遊にぴったり。久々の獅童さん、真面目な通訳の青年をものすごく自然に演じていて、玉三郎さんんとのせりふのやりとりも、あんまり熱演な役者さんなんかがやるより良かったような気がする。 福助さんをはじめとする、唐人口の遊女役の皆さんは、ものすごい有様だったけれど、その中で、しのぶさん、相変わらず楚々として、どぎつくてもどこか可愛らしかった。 そして、今回初めてで楽しみにしていた春猿さん。せりふはほとんどなかったけれど、うつくし~。宝塚の男版みたい(笑)。
今回は、友人の当てた新聞社招待券での観劇。 他の当選者の方々(皆さん、ご常連のようで、時間つぶしの読み物や折りたたみ椅子をしっかり持参。その慣れた様子がお見事。)と、2時間以上前から並んでの入場。おもしろかった~。また、当たると嬉しいです(笑)。よろしくお願いします あっ、そういえば、間の「粟餅」。三津五郎さんと橋之助さんの、軽妙で品のある踊り。大芝居に挟まれて、もったいない気もしたけど、見事に緊張感と目の息抜きができたのは、やっぱりお二人の踊りの上手さがあってのことなんだろう。
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