普香天子 宮沢賢治
普香天子(ふこうてんし) 宮沢賢治 お月さま東の雲はもう石竹のいろに燃え丘はかれ草も銀の雪もすっかりあかるくなりましたがおぼろにつめたいあなたのよるはもうこの山地のどの谷からも去らうとしますひとばんわたくしがふりかへりふりかへり来れば巻雲のなかやあるいはわづかにかすむ青ぞらにしづかにかかっていらせられまた黎明のはじまりには黄いろの古風な孤光のやうに熱しておかかりあそばしたむかしの普香天子さまあなたの近くの雲が凍れば凍るほどそこらが明るくなればなるほどあなたが空にお吐きになるエステルの香は雲にみちますおつきさまあまたはいまにはかにくらくなられます 月は日が昇る朝のために、エステルの香ですべてを浄化して、そして消えていきます。そんな黎明の自然界のドラマを深い感動をもって宮沢賢治は詩に書きました。明け方の月を「月天子」ではなく、「普香天子」と言っているところも宮沢賢治にしかできない表現なのではないだろうか!