32.ギムレット(Gimlet)
【現代の標準的なレシピ】 (容量の単位はml) ジン(45)、ライム・ジュース(15)、シュガー・シロップ0.5~1tsp(お好みで) 【スタイル】 シェイク
ギムレットと言えば、レイモンド・チャンドラーの推理小説「長いお別れ」(The Long Goodbye 1953年発表)に登場することでも有名で、現代のバーでも不動の人気を誇るカクテルです。
「長いお別れ」に出てくる有名なセリフ「ギムレットにはまだ早すぎる( I suppose it's a bit too early for a gimlet )」が、その名を広めた立役者とも言えます(ただし、このセリフ、主人公の探偵フィリップ・マーロウの言葉とよく紹介されがちですが、実は、マーロウの飲み仲間であるテリー・レノックスのセリフです)。
ギムレットに関しては、「1890年頃、英海軍いた軍医トーマス・D・ギムレット卿(Sir Thomas D. Gimlette 1857~1943)が、酒の飲み方を知らない新人将校の飲みすぎを防ぐために、ジンにライムを混ぜて飲むことを提唱したことから、彼の名がカクテル名で定着した」という有名な逸話が伝わっています。ギムレット卿は実在の人物ですが、残念ながら、こうした逸話を裏付ける資料・データは見つかっていません。
なお、「カクテル ホントのうんちく話」(2008年刊)を著した石垣憲一氏によれば、「現存する一次資料に登場する最古のギムレット(またはそれに類した名前のついたカクテル)は、1917年に出版された「!73 Pre-Prohibition Cocktails」(Tom Bullock著)に収録されている「ジレット・カクテル(Gillette Cocktail)・シカゴ・スタイル」で、そのレシピは、「オールド・トム・ジン1.5ジガー、ライム・ジュース2分の1個分、バー・シュガー0.5tsp(ティー・スプーン)」です。これが実質、ギムレットとほぼ同じカクテルであることに異論はないと思います。
石垣氏は「ジレット(Gillette)という綴りはGimletとは違うが、考案者と伝わるギムレット卿(Gimlette)の名前とは一文字違うだけ。生のライム・ジュースを使っている点は異なるが、だからこそシカゴ・スタイルという言葉を添えたのかもしれない」と推測していますが、僕もまったく同意見です。いずれにしても1910年代に、米国の大都市にもギムレットは伝わっていた傍証になります。
カクテル名については、「飲む人の体を突き刺すような鋭い味わいが、工具の錐(きり)=ギムレット(Gimlet)(コルクスクリューのような形をしている)を連想させた」ことから、その名が付いたという説もよく紹介されます(出典:Wikipedia英語版ほか多数)。また、当時の電報で「Give My Love To」の略語として使われていた「Gmlt」が転じて「Gimlet」となったという説(出典:Wikipedia英語版)もありますが、裏付けるデータは明示されていません。
なお、今日のギムレットは、生ライム・ジュース(好みでシュガー・シロップも少し加える)でつくるのが一般的ですが、誕生当初のレシピは、プリマス・ジン(Plymouth Gin)とローズ(Rose)社のコーディアルライム・ジュース(甘口系)が半量ずつというレシピ(ステア)でした。現代とは違って、かなり甘口だったことが分かります
【ご参考】 現在販売されているローズ社のライム・コーディアルは、甘さがかなり抑えめになっています。故に、「オリジナル」ギムレットを再現するためには、シロップを少し足してやる必要があります。
ハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)の「ABC Of Mixing Cocktails」(1919年初版刊)も、この誕生当初のレシピに従っています。従って、このレシピの「ギムレット」というカクテルは1910年代のロンドンやパリではすでに登場していたことは間違いありません(マッケルホーンは現行版の「Harry’s ABC …」でもこの等量レシピを採用していて、違いはステアがシェイクに換わったくらいです。生のライム・ジュースは使わず、ライム・ジュース・コーディアルにこだわっています)。
この頑固さについては「The Savoy Cocktail Book」を著したハリー・クラドック(Harry Craddock)も同じで、収録されているギムレットのレシピは、オリジナルを守っています(しかし、現在のHarry’s New York BarやSavoy HotelのAmerican Barでは、今なおライム・コーディアルを使っているのでしょうか? どなたか飲まれた方はおられるでしょうか?)
ちなみに、1930~50年代の主なカクテルブックに登場した「ギムレット」は、どういうレシピだったのか、ひと通りみておきましょう。
・「The Savoy Cocktail Book」(Harry Craddock著 1930年刊)英
プリマス・ジン2分の1、ライム・ジュース・コーディアル2分の1(ステア)
・「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年刊)米
ジン1グラス、ライム・ジュース1個分、パウダー・シュガー1tsp、シェイクしてお好みでソーダを加える。※1920~40年代はギムレットにお好みで炭酸水を加えるレシピも普通にあった
・「The Artistry Of Mixing Drinks」(Frank Meier著 1934年刊)仏
ジン3分の2、ライム・ジュース・コーディアル3分の1(ステア)
・「The Old Waldorf-Astoria Bar Book」(A.S.Crockett著 1935年刊)米 → 収録なし
・「Café Royal Cocktail Book」(W.J.Tarling著 1937年刊)英
ジン3分の2、ライム・ジュース・コーディアル3分の1、シェイクしてお好みでソーダを加える
・「Trader Vic’s Bartender’s Guide」(Victor Bergeron著 1946年刊)米
ジン5分の2、ローズ・アンスイートンド・ライム・ジュース5分の2、シュガー・シロップ5分の1、シェイクしてグラスに注ぐ。 ※同書には、ローズ・ライム・コーディアルを使ったギムレットも掲載されている。
・「The Bartender’s Guide」(Patrick G.Duffy著 1948年刊)米
ジン2分の1、ローズ・ライム・コーディアル2分の1、ステアしてグラスに注ぐ。
【ご参考】 同書には「Gimblet」という名のカクテルも併せて掲載されています。レシピは「ジン4分の3、ライム・ジュース4分の1、ステアしてグラスに注ぎ、ソーダを加える」です。
日本にはおそらくは戦前に伝わっていたかと思われますが、文献に登場するのは、意外と遅く、戦後の1950年代になってからです。
【確認できる日本初出資料】 「壽屋カクテルブック」(1955年刊)。そのレシピは「ジン3分の2、ライム汁3分の1(シェイク)」となっています(この「ライム汁」とはこの時代、おそらく合成のライム・ジュース、またはライム・コーディアルでしょう)。
※生ライムがとても貴重で高価だった日本では、70年代末までは、オーセンティック・バーでも合成ライム・ジュースを使うところが一般的でした。生ライム・ジュースに換わるのは、80年代以降です。
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2021/07/04 12:20:32 PM
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大阪・北新地のオーセンティック・バー「Bar UK」の公式HPです。お酒&カクテル、Bar、そして洋楽(JazzやRock)とピアノ演奏が大好きなマスターのBlogも兼ねて、様々な情報を発信しています。
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