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テーマ:猫のいる生活(136641)
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全世界には7,000を越える言語が使用されており、その中の約1/3の言語は使用者が1,000人未満まで減り深刻な消滅の危機に瀕していると云われています。
最も危険な「極めて深刻」が538言語、それに次ぐ「重大な危険」が502言語、「危険」が632言語、「脆弱」が607言語。 1950年以降に消滅した言語はなんと219語にのぼります。 最近では2008年、アラスカ州でイヤック語が消滅しました。 そんな消滅危機言語を一覧出来る世界地図を制作したプロジェクトがあります。 Endangered Languages Project オセアニア、中央アフリカ、中南米の一部に消滅危機言語が集中しているのがよく分かります。 ところがこの地図によると日本にもいくつかの消滅危機言語が存在するとされています。 それは言語ぢゃなくて、方言では? ユネスコの発表によれば、これらは消滅の危機にある日本の「言語」だという。 アイヌ語は「極めて深刻」と評価されました。 つまり消滅の危機に一番近い。 「重大な危険」とされたのが、沖縄県の八重山語、与那国語。 「危険」が、同じく沖縄県の沖縄語、国頭語、宮古語、さらに、鹿児島県奄美諸島の奄美語、東京都八丈島などの八丈語です。 日本の消滅危機言語を守る共同研究プロジェクトのリーダーを務める木部暢子先生によると「言語学的に、同じ言語かどうかというと、まずお互いに通じるか通じないか、かりに通じないにしても地理的なつながりの中で連続的に変化しているかどうかを重視します。 でも、国という概念が入ってくると、もう政治的な背景を抜きでは語れないんですね。 例えば、奄美、沖縄の場合は、言語的な定義からは、本土とは通じませんし、ちょうどトカラ列島を境にしてはっきりと切れている。 言語学的には別言語と呼んだほうがいい。 でも、奄美語、沖縄語といってしまうと、じゃあ、ここは日本じゃないのかというイメージを地元の人たちが持ってしまう。 日本に復帰するかどうかとか、復帰してよかったのかとか議論している時には、そうは言えませんよ。 でも、最近になって、やっと、奄美語、沖縄語と言ってもいいかなって思える雰囲気ができた」 つまり国と云う単位ではなく、言語学的に独立した言葉かどうか、それが問題なのだと。 「日本ではないのか」という議論ではなくて、「言葉は我々の文化」という意識が芽生えてきてから、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語などと、ユネスコから独立言語として扱われても抵抗がなくなったと云います。 こちらは日本の「八丈語」。 表示されているドットにカーソルを合わせると言語名が表示されます。 「言語の保存で一番望ましいのは、地元の方が子どもたちに残してくれることなんですね。 わたしたちに何ができるかというと、手助けになるものをつくることです。 外国語を学ぶのとおなじで、テキストをつくって、グラマー、文法書をつくる。 それから辞書もつくる。この3つで、3点セットって言ってるんですけども、今は素人でもデジタル録音で、質の良い音声を記録できるので、録音資料を残すこともやっています」 「このような大々的な調査は、1年に1地点か2地点くらいが限界ですね。 喜界島と宮古島には40人ほどが行きました。研究者と学生が半々くらいで、それぞれ1週間くらいの滞在です。 調査団をグループに分けて、例えば文法調査する人だとか、音声、発音を調査する人だとか、それぞれ、たくさんの人に方言を聞いたんですね。 喜界島の場合は、80人ぐらい話者が来てくれました。 年齢的にはかなり高齢。 大体70歳以上ですね。 そういう方たちは日常会話では方言を使っていて、すらすら出てくる。 最近使わなくなった言葉をちょっと思い出せないっていうのはありましたが」 消滅の危機にある言語を、なぜ守らなければならないのだろう。 いっそ、世界人類の言葉を、英語か何かの共通語に統一した方が、便利なのではないか? 国際的イニシアティヴをとるユネスコのウェブサイトを訪ねると、こんなことが書いてあります。 「言語の多様性が減ると、生物学的多様性が減少する」 木部先生はこう語ります。 「コミュニケーションツールとして、英語なり共通の言語があるのは、いいことだと思います。 知らない人でも、初対面でも、ある程度の会話ができる。 けれど、それは単なるツールですよね。 言葉というのは、人間が人間であることの証ですから。 つまりわたしたちは、言葉で思考している。 言語がなかったら、多分、考えることもできない」 「人間として根本的な、生きていくための思考。 哲学といったらちょっと抽象的ですけど、色々なことを考える根本にあるのが言語だと思うんです。 それはコミュニケーションツールとは違う、別のものなんですね。 それこそ生活に根ざしたものであるはずです。 まず生まれてから育つまでにいろんな経験をしていくと同時に、それらをあらわす言葉を耳にして、世界を理解し、自分を形づくっていく。 それが、世界共通であるはずがない。 だって、文化が違うし、気候も違うし、周りの社会構造も違うし。無理に世界共通にするなんて非常に恐ろしいことですよ」 中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」 整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。 心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。 すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。 なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。 「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。 そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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